第三十四章 スオミラの陥落
レントに来てから二週間ほどが経ったが、マルスの父親の行方はまったくつかめなかった。アルカードのような田舎だと、外来者は滅多にいないから一昔前に来た旅人の事もよく覚えているが、レントのように開けた国では、人の移動も多く、覚えていられないのだろう。
マルスはとうとう、レントでの父の捜索を諦めて、ひとまずアスカルファンに戻ることに決めた。バルミアのジーナの家族が、戦乱でどうなっているのかも気がかりだったからである。
だが、マルスたちが帰国の決意を王に告げる前に、思いがけない知らせが宮廷に届いた。
グリセリードの軍勢がアルカードに侵入し、アルカードのすべての町が、グリセリードの支配下に置かれたということである。
スオミラから辛うじて脱出してレントに逃げ延びてきた数人の者から報告を受けて、アンドレはさすがに悲痛な顔になった。
「父上は」
「ご無事です。だが、監禁されております。アンドレ様には、今すぐは町には戻るな、機会を見て、スオミラの救出を謀り、無理なようなら、そのまま外国で生きていけと告げるようにおっしゃってました」
「そうか……」
横からマルスが聞いた。
「ギーガーはどうなった」
「ギーガー殿は……戦死なさいました。敵が現れた時に、この前のように町の門を閉じて篭城したのですが、ギーガー殿の部下が町を裏切って敵に内応し、門を開けたのです。入ってきた敵と戦って、数人の者が殺されました。その中にギーガー殿も……」
マルスはギーガーの、乱暴で粗野だが、人のいい顔を思い浮かべた。
「その、裏切った部下というのは、この前の野盗の捕虜か」
「そうです。よく言う事を聞くので、ギーガー殿が信じたのが誤りでした」
マルスは、スオミラのある参事の老人の言った、(狼はどう飼いならしても犬にはならぬ)という言葉を思い出した。
マルスたちが、アルカードに戻る事を告げると、王は思いがけない事を言った。
「アンドレはここに残るがよい。私の軍事顧問にしよう」
アンドレはほんの一秒考え、首を横に振った。
「私はアスカルファンに向かい、彼らと共に、グリセリードと戦います。もはやグリセリードがアスカルファンに向かうことは確実ですから」
「お前が行ったところで、一兵卒としてしか扱われないぞ。それに、私がお前を軍事顧問にするのは、グリセリードと戦うためだ」
マルスたちの顔はぱっと輝いた。
「だが、準備が要る。グリセリードが山を越えてアスカルファンに着くのに、マルスやオズモンドの話からすると、一週間はかかるだろう。しかもそのほとんどは軍馬も無しだ。いかに強大なグリセリードの軍でも、歩兵ばかりでは、進軍速度は遅い。幸い、レントは船をたくさん持っておる。二日のうちには軍勢を集め、食糧を準備してアスカルファンに向かわせよう。オズモンドたちは先に行って、戦況を確かめ、アンドレに報告するがよい。それによって、こちらの出方を決めよう」
「はっ、有難いお言葉です。これでアスカルファンは救われましょう」
オズモンドが感激して頭を下げ、礼を言った。
王の言葉に従って、アンドレはレントに残り、マルスたちだけ先にアスカルファンに向かうことになった。
「我々は二日遅れで君たちを追う事になる。その二日の間に戦況を調べておいてくれ。アスカルファンの諸侯の動向もな」
アンドレの言葉に、オズモンドは、分かった、とうなずいた。
レント軍とは六日後にアスカルファン西南にあるエレギアという小島で合流する事を決め、マルスたちはすぐに船に乗って出発した。
王妃ロミーナはマルスたちとの別れを惜しんで、国王に頼んで、全員に、見事な武具一揃いずつを贈らせた。武具さえあれば庶民でも騎士にはなれる時代であり、これでマルスもジョンもオーエンも騎士になったわけである。ついでに騎士の任命式も行い、マルスたちはレント宮廷の騎士ということになった。
「おーい、その船、待ってくれ」
マルスたちが、いざ、船に乗り込もうとした時、船着場に現れたのは、ピエールとジャンであった。
「アスカルファンに行くなら、俺たちも乗せていってくれ」
マルスたちはピエールとジャンを船に乗せた。
「あんたたち、アスカルファンのために戦おうってのかい。物好きだな」
乗せて貰ったくせに、ピエールはそんな憎まれ口をきく。
「アスカルファンのためではない。アスカルファンの人々のためだ」
マルスが答えた。
「ロマニア王朝が治めようが、グリセリードとやらが治めようが、下の者には関係ないと思うがね」
「悪しき平和は良き戦争に勝ると言いますよ。わたしは、多少の不満はあっても、シャルル七世様の下で平和が続いていた事を評価しますね」
ジョンが言うと、ピエールが笑って言った。
「では、これからグリセリードの下で、永遠の平和が続くかもしれんよ。はっはっ」
レントに来てから二週間ほどが経ったが、マルスの父親の行方はまったくつかめなかった。アルカードのような田舎だと、外来者は滅多にいないから一昔前に来た旅人の事もよく覚えているが、レントのように開けた国では、人の移動も多く、覚えていられないのだろう。
マルスはとうとう、レントでの父の捜索を諦めて、ひとまずアスカルファンに戻ることに決めた。バルミアのジーナの家族が、戦乱でどうなっているのかも気がかりだったからである。
だが、マルスたちが帰国の決意を王に告げる前に、思いがけない知らせが宮廷に届いた。
グリセリードの軍勢がアルカードに侵入し、アルカードのすべての町が、グリセリードの支配下に置かれたということである。
スオミラから辛うじて脱出してレントに逃げ延びてきた数人の者から報告を受けて、アンドレはさすがに悲痛な顔になった。
「父上は」
「ご無事です。だが、監禁されております。アンドレ様には、今すぐは町には戻るな、機会を見て、スオミラの救出を謀り、無理なようなら、そのまま外国で生きていけと告げるようにおっしゃってました」
「そうか……」
横からマルスが聞いた。
「ギーガーはどうなった」
「ギーガー殿は……戦死なさいました。敵が現れた時に、この前のように町の門を閉じて篭城したのですが、ギーガー殿の部下が町を裏切って敵に内応し、門を開けたのです。入ってきた敵と戦って、数人の者が殺されました。その中にギーガー殿も……」
マルスはギーガーの、乱暴で粗野だが、人のいい顔を思い浮かべた。
「その、裏切った部下というのは、この前の野盗の捕虜か」
「そうです。よく言う事を聞くので、ギーガー殿が信じたのが誤りでした」
マルスは、スオミラのある参事の老人の言った、(狼はどう飼いならしても犬にはならぬ)という言葉を思い出した。
マルスたちが、アルカードに戻る事を告げると、王は思いがけない事を言った。
「アンドレはここに残るがよい。私の軍事顧問にしよう」
アンドレはほんの一秒考え、首を横に振った。
「私はアスカルファンに向かい、彼らと共に、グリセリードと戦います。もはやグリセリードがアスカルファンに向かうことは確実ですから」
「お前が行ったところで、一兵卒としてしか扱われないぞ。それに、私がお前を軍事顧問にするのは、グリセリードと戦うためだ」
マルスたちの顔はぱっと輝いた。
「だが、準備が要る。グリセリードが山を越えてアスカルファンに着くのに、マルスやオズモンドの話からすると、一週間はかかるだろう。しかもそのほとんどは軍馬も無しだ。いかに強大なグリセリードの軍でも、歩兵ばかりでは、進軍速度は遅い。幸い、レントは船をたくさん持っておる。二日のうちには軍勢を集め、食糧を準備してアスカルファンに向かわせよう。オズモンドたちは先に行って、戦況を確かめ、アンドレに報告するがよい。それによって、こちらの出方を決めよう」
「はっ、有難いお言葉です。これでアスカルファンは救われましょう」
オズモンドが感激して頭を下げ、礼を言った。
王の言葉に従って、アンドレはレントに残り、マルスたちだけ先にアスカルファンに向かうことになった。
「我々は二日遅れで君たちを追う事になる。その二日の間に戦況を調べておいてくれ。アスカルファンの諸侯の動向もな」
アンドレの言葉に、オズモンドは、分かった、とうなずいた。
レント軍とは六日後にアスカルファン西南にあるエレギアという小島で合流する事を決め、マルスたちはすぐに船に乗って出発した。
王妃ロミーナはマルスたちとの別れを惜しんで、国王に頼んで、全員に、見事な武具一揃いずつを贈らせた。武具さえあれば庶民でも騎士にはなれる時代であり、これでマルスもジョンもオーエンも騎士になったわけである。ついでに騎士の任命式も行い、マルスたちはレント宮廷の騎士ということになった。
「おーい、その船、待ってくれ」
マルスたちが、いざ、船に乗り込もうとした時、船着場に現れたのは、ピエールとジャンであった。
「アスカルファンに行くなら、俺たちも乗せていってくれ」
マルスたちはピエールとジャンを船に乗せた。
「あんたたち、アスカルファンのために戦おうってのかい。物好きだな」
乗せて貰ったくせに、ピエールはそんな憎まれ口をきく。
「アスカルファンのためではない。アスカルファンの人々のためだ」
マルスが答えた。
「ロマニア王朝が治めようが、グリセリードとやらが治めようが、下の者には関係ないと思うがね」
「悪しき平和は良き戦争に勝ると言いますよ。わたしは、多少の不満はあっても、シャルル七世様の下で平和が続いていた事を評価しますね」
ジョンが言うと、ピエールが笑って言った。
「では、これからグリセリードの下で、永遠の平和が続くかもしれんよ。はっはっ」
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