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春になれば

たまたま私の別ブログに記事を書いたついでに目に留まった別記事だが、わりと的を射た感想群ではないかと思ったので、ここにも転載する。

春になると自殺者が増えるのは寒さが凍結していてくれた思考回路が動き出していろんなものがわかってしまうからなんだろうな

という感慨など、それ自体が純文学的である。いや、けなしているのではない。人間の内面の掘り下げこそが純文学的行為で、それはそれなりに意味はある。だが、大衆の求めるものではない(それどころか劇薬、危険物)だろう、ということだ。あっさり言えば純文学は「暇人の感懐」であるとも言える。

ついでに、エリオット「荒地」の冒頭を載せておく。数人の訳の複合らしい。

四月はいちばん残酷な月だ
ライラックを死の土地から育てあげ
記憶と願望を乱雑にもつれあわせ
ぼんやりした〈根〉を春の雨で[不穏に]活気づける
冬はあたたかに装ってくれた 降る雪が5
大地をおおい 記憶を曖昧に隠してくれた
球根は乾いていて ささやかな人生を享受した
夏には驚きがあった シュタルンベルク湖の方角から
通り雨がやって来た


(以下引用)
なぜ、半世紀も前の芥川賞受賞作(作者はその後、何か書いたのか、記憶にもない。)が今頃「はてな匿名ダイアリー」でネタにされるのか、不思議だが、「純文学」というケッタイなものの正体は何か、という問題提起としてみれば、分からないでもない。

私は「月山」は読んでいないが、その評として

憶測の羅列と逡巡の垂れ流し

というのは、何となくそうだろうな、という気がする。いかにも、純文学的で、選考者たちに気に入られそうである。作者の年齢が当時でもかなり高かったというのが逆に選考でプラスになったのではないか。だが、高齢で芥川賞を取った人間がその後まともな作家活動をした例はほとんど無いはずだ。


森敦の『月山』で春になると道端の雪が溶けてどこぞのうんこがでてくるというくだりがあって気持ち悪くて嫌だったのだが春になると自殺者が増えるのは寒さが凍結していてくれた思考回路が動き出していろんなものがわかってしまうからなんだろうな




記事への反応 - 

  • 俺は森敦の「月山」は辛くて最後まで読めんかった。雪に閉ざされたあの空間のなんとも言えない暗さと意地の悪さやらなんやらリアルで、、地元が田舎だもん。あの感覚が嫌で地元に...



  • 文庫版の帯に「生と死が交錯するアナザーワールド」ってあって令和風で笑った



    • 芥川賞最高傑作とかいう大嘘を帯にしてたころよりはマシだと思う 会話は半分くらい方言なので人を選ぶ ただ地の文の流麗な敬語と会話文の方言のコントラストはよかった


  •   

    「月山」は読み切ったが「こんな憶測の羅列と逡巡の垂れ流しに何の意味があるのか?」と言う私自身の考えが終始頭の中を渦巻いていた。せめて解説を読めば続ける勇気もと思ったが...


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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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