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超訳「老子」1

超訳「老子」

1 真の道は、世間一般で言う道ではない。
  真の名は、世間一般で言う名ではない。
  無名は天地の初めの状態。
  名づけられて万物が生じる。 
  
無欲であって初めて物事の深奥が見える。
欲があれば、万物の表面的な現象しか見えない。
実際は、物事の深奥と表面的現象は同一物だが、名が異なるにすぎない。
名づけられる前の状態を一言で言えば、暗いということだ。
この暗さがすべての深奥の入り口でもあるのだ。

[解説]
「道」とは単純に言えば、「進むべき道筋」のことだ。つまり、人間がより良い生を営むための適切な手段や方針が「道」である。「真の道」とか「真の名」とかいう大げさな言葉に恐れ入る必要はない。要するに、この冒頭は『老子』の中の「名」とか「道」とかをアピールしているだけである。俗世間で言う「道」はみなまがい物だ、として、自分の言う道こそが本物だというアピールである。しかし、「名づけられて万物が生じる」というのは、素晴らしい言葉である。というのは、我々の思考のほとんどは言葉によって成り立っており、言葉にできないものは思考の対象にもなりがたいからである。そういう意味では、人間にとって、名づけられて初めて万物が生じると言ってよい。
第一節の後半、「無欲であって初めて物事の深奥が見える」というのは、人生訓としても成り立つだろう。確かに、我々の判断を曇らせるのは、我々の欲望である。自分という存在を度外視して考察し、判断することが、冷静で客観的な判断となるのである。その判断の前提を「名づける」こととしておこう。つまり、名づけることで、我々は対象を把握可能、操作可能なものにする。ある事柄を名づけ、それに違和感が無い状態を「理解」と言うのである。つまり、我々の実生活で役に立つという理解はこの程度で十分なのだ。その背後には広大な暗闇が広がっている。「玄」は暗闇であるが、暗闇への入り口でもある。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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