病院で亡くなった人の死亡診断書とカルテのチェックを10年以上続けていると、全科にわたる疾患の知識と共に、法医学的な知識も豊富になってきます。長期にわたって入院した患者さんが亡くなる場合は、老衰が死因になることは多くない(ゼロではない)のですが、ほぼ心肺停止で搬送された高齢者の方は死亡診断書の死因に老衰が記載されることも多くあります。80台後半以上の方が疾病でなく老衰で亡くなるのは、保健医療においては喜ばしい事で理想は全てのお年寄りが老衰で亡くなる事とも言えます。
死亡診断書の記載は医師でないとできませんが、厚労省の定める「記載の手引き」があり、それに従って記載する必要があります。死因については全ての患者が心停止、呼吸停止で亡くなるので「心不全」「呼吸不全」が直接死因になりますが、必ずその原因が明らかであれば原因を記載し、厚労省の統計に表れるのは原因となった死因の方です。集中治療室で、多臓器不全で亡くなる方の原因は、熱中症であったり、術後感染であったり、ウイルス肺炎であったりするので、主たる死因は多臓器不全でもその原因の記載は別になります。「老衰」は亡くなった状況から原因となる疾患が明らかでなく、高齢でだんだん食事や水分が摂れなくなって衰弱して亡くなった経過が明らかであれば死因とされます。まったく元気で食事もされて活動していた方が突然亡くなった場合は、肺梗塞や不整脈、心筋梗塞などが除外されると「不詳の内因死」と診断されます。
死因のチェックをしていると、救急外来などで、心肺停止で搬送されて亡くなった方や、院内で急変して亡くなった患者さんの死因が「診断書の記載は誤りだ」と気づく場合も時々あります。それは直接死因と死亡に影響した疾患が別であったり、心肺停止で搬送された人の死亡時CT(Autopsy Imaging AI)や血液検査の読み間違えによるものによるのですが、若い医師たちにとって、夜間に通常の救急外来もやりながら死亡診断書も記載するという状況では完全を期する事は不可能とも言えるので仕方ありません。死因に「誤嚥性肺炎」とあってもどう見ても「老衰」だろうということもあり、血糖値7(通常は70以上)で低血糖が死因だという事もあります。血清カリウムは死後上昇するのですが、腎不全を合併して上昇していた場合は高カリウムが死因になりえます。出血がないのにヘモグロビンが3(通常は10以上)であれば明らかに貧血が死因であり、白血球なども減っていれば再生不良性貧血であるし、それらが正常であればウイルス疾患などを契機とした赤芽球癆を考える必要があります。AIで生前に気づかれなかった全身リンパ節が腫脹したリンパ腫が見つかることもあります。
事件性が明らかでなければ、既に葬儀も済ませた患者さんの家族に「死因が違いますよ」と連絡することはありませんが、診断書を記載した若い医師たちには後学のために連絡しています。そのような中、私の母がこの年末に「老衰」で他界しました。認知症もあり、家の近くの施設に入所して世話をしてもらっていたのですが、1か月ほど前から食事が摂れなくなり、量を減らしたり、易消化食にしたりしていたのですが、いよいよ危ないですと連絡があり、嘱託医にもあらかじめ施設看取りの承諾を得ていたので極めてスムーズに老衰による安らかな死を迎えることができました。亡くなることが予想されていた場合は、心臓が止まった時に医師が看取りをする必要などなく、翌朝診断書に記載すれば良いことになっています。しかし看取りの承諾が家族から得られていないと、救急車を要請してルーカスと呼ばれる餅つき機の様な人工心マッサージ機を装着されて救急病院に搬送されることになります。せっかく安らかに老衰死を迎えたのに、人生の最期に機械に心マッサージをされて気管挿管されたうえ無理やり蘇生される(ほぼそのまま亡くなる経過を取ります)事になります。老衰死は「大往生」であり、遺族はお祝いをして天国に送り出す事が亡くなった家族への最大の供養と言えます。老衰を迎えるお年寄りを持つ家族の方は是非「看取り」をしてもらえるようにかかりつけの医師にあらかじめお願いをしておく事をお勧めします。