生チョコぽん酢さんの記事の一部だが、私の経験でも、90歳くらいのお婆さんは可愛い人が多い。高齢男性は、威厳を保とうとするせいか、顔つきが不機嫌で嫌みさが倍増しがちで、愛嬌がゼロという人が多いようだ。私など、黙っていたら殺人犯みたいな顔だろうな、と自覚している。
下の記事とは関係ない話だが、老齢になると、体が小さいことは健康的に有利なのではないか、という気がする。つまり、現代人の大半は、機能的には無意味に巨大化しているというのが私の仮説である。そう考えたのは、先日、スーパーの駐車場で見た小柄な高齢女性の歩く動作が実に軽快な印象で感心したのだが、一昨日、少し遠くまで散歩した時に偶然同じ女性を見かけ、たぶん、同じスーパーからの買い物の帰りだと思うのだが、それが、そのスーパーから2キロか3キロくらい離れた場所だったのである。つまり、毎日のようにそれだけの距離を軽々と歩いているわけだ。
体が大きいことは、スポーツ競技などでは戦闘能力の高さになるが、健康や日常生活の上では不利なのではないか、というのが私の仮説だ。闘争能力抜きなら、生存に一番有利な体型は、140センチ35キロくらいの体型だろう、と根拠なく言っておく。
で、大柄な人間(現代人の大半)の高齢になってからの体の不調は、無意味に大きな体を維持するために起こっているわけである。もちろん、肥満も同じことである。要するに、大型車を動かすにはエンジン(排気量?)も大きく、燃料もたくさん使うということである。身長が高いと、いかに節制しても、その体を維持するのに無意味なエネルギーを要するわけだ。身長180センチで体重35キロというわけにはいかない。
もっとも、小柄でも、使用エネルギーの大きな生活だと食事の量は増えるだろう。そして或る程度運動しないと筋肉量(特に足の筋肉量が重要。)が減り、さまざまな不調を起こす。
(以下引用)
さて、その後私の方ですが、とあるおばあさんをお迎えに行きました。
このおばあさんとは初対面ですが(普段は相方が行っている)、電話応対は何度もしており、会話にならなくて少しイライラしてしまうのですよ。
今回はスケジュール的に私が行くことになりまして、初対面の感想ですが・・・・
めちゃくちゃ可愛いwwww
なにこのおばあちゃん、本当にかわいい。
ずっと一緒にいれそうなくらい愛らしいのです。
人の事をここまで愛らしく思えたのなんていつぶりだろう、心が温かくなりました。
このおばあちゃんは98歳、年相応で耳が遠いくらいで、手押し車で歩行ができます。
もともと息子さんと2人暮らしみたいですが、その息子さんが病院に入院してしまい、その面会の為に利用してくれている感じです。
とまぁここまでは歩きながら聞きまして、いざ車に乗せると、運転席からおばあちゃんが座っている席までの距離感では、おばあちゃんが話す言葉は聞き取れても、私が話す言葉はおばあちゃんには届きません。
でもずーーーっと話しかけてきてくれます。
マジかわいい
話の内容もかわいくて、
「おじいさんが生きてたら今106よ」
生きてたらって何ww
「このへんは随分田舎臭いところみたいね」
それ自分の家なwww
どうやら元々駅の方に住んでたらしいのですが、家賃が高くて、息子さんの定年を境に郊外にある公共住宅に10年前に引っ越したそうです。
高齢になると10年程度では景色が新鮮みたいですねw
アレな人が皆こんなにかわいかったらいいのになぁと思いながら仕事をしていました。
この2件で思うのが、結局自分がどう現実を受け止めるかなんですよね。
アレな人をかわいく思うことが出来れば、ストレスもぐっと減るわけですよ。
理不尽にイライラするような出来事でも、変に戦おうとせず平謝りすれば丸く収まることだってある。
その選択1つ1つは毎回正解にたどり着けないとしても、本当に考えさせられました。
そうこうしているうちに、おばあちゃんの目的地の病院に。
時刻は14時半でした(面会は15時から)。
一緒に受付して、病院の人におばあちゃん預けて、私は帰りまで離れます。
そしたら20分ほどで病院から電話がきました。
病院「実は息子さんの病棟でコロナが発生しまして、急遽面会できなくなったので帰りのタクシーをお願いします」
私「え?あ、はい」
出る前に言えや・・・
面会と同時に発覚するようなことではないですからね。
面会に行ったのに追い返されるって、前にも似たような事がありましたが(最近の病院はよくあるのです)、あんまりです。
うーーーん、やっぱり全部が全部可愛く思うことは不可能ですが、このおばあちゃんも最初こそ怒っていたものの、
私が「あーー、タイミングが悪かったんですねぇ」って言ったら「そうねぇ」と言いながらまた笑顔になって、息子さんにこっそりあげる予定だったキャラメルを3つ私の手のひらに乗せてくれました。
キュン
おわり
下の記事とは関係ない話だが、老齢になると、体が小さいことは健康的に有利なのではないか、という気がする。つまり、現代人の大半は、機能的には無意味に巨大化しているというのが私の仮説である。そう考えたのは、先日、スーパーの駐車場で見た小柄な高齢女性の歩く動作が実に軽快な印象で感心したのだが、一昨日、少し遠くまで散歩した時に偶然同じ女性を見かけ、たぶん、同じスーパーからの買い物の帰りだと思うのだが、それが、そのスーパーから2キロか3キロくらい離れた場所だったのである。つまり、毎日のようにそれだけの距離を軽々と歩いているわけだ。
体が大きいことは、スポーツ競技などでは戦闘能力の高さになるが、健康や日常生活の上では不利なのではないか、というのが私の仮説だ。闘争能力抜きなら、生存に一番有利な体型は、140センチ35キロくらいの体型だろう、と根拠なく言っておく。
で、大柄な人間(現代人の大半)の高齢になってからの体の不調は、無意味に大きな体を維持するために起こっているわけである。もちろん、肥満も同じことである。要するに、大型車を動かすにはエンジン(排気量?)も大きく、燃料もたくさん使うということである。身長が高いと、いかに節制しても、その体を維持するのに無意味なエネルギーを要するわけだ。身長180センチで体重35キロというわけにはいかない。
もっとも、小柄でも、使用エネルギーの大きな生活だと食事の量は増えるだろう。そして或る程度運動しないと筋肉量(特に足の筋肉量が重要。)が減り、さまざまな不調を起こす。
(以下引用)
さて、その後私の方ですが、とあるおばあさんをお迎えに行きました。
このおばあさんとは初対面ですが(普段は相方が行っている)、電話応対は何度もしており、会話にならなくて少しイライラしてしまうのですよ。
今回はスケジュール的に私が行くことになりまして、初対面の感想ですが・・・・
めちゃくちゃ可愛いwwww
なにこのおばあちゃん、本当にかわいい。
ずっと一緒にいれそうなくらい愛らしいのです。
人の事をここまで愛らしく思えたのなんていつぶりだろう、心が温かくなりました。
このおばあちゃんは98歳、年相応で耳が遠いくらいで、手押し車で歩行ができます。
もともと息子さんと2人暮らしみたいですが、その息子さんが病院に入院してしまい、その面会の為に利用してくれている感じです。
とまぁここまでは歩きながら聞きまして、いざ車に乗せると、運転席からおばあちゃんが座っている席までの距離感では、おばあちゃんが話す言葉は聞き取れても、私が話す言葉はおばあちゃんには届きません。
でもずーーーっと話しかけてきてくれます。
マジかわいい
話の内容もかわいくて、
「おじいさんが生きてたら今106よ」
生きてたらって何ww
「このへんは随分田舎臭いところみたいね」
それ自分の家なwww
どうやら元々駅の方に住んでたらしいのですが、家賃が高くて、息子さんの定年を境に郊外にある公共住宅に10年前に引っ越したそうです。
高齢になると10年程度では景色が新鮮みたいですねw
アレな人が皆こんなにかわいかったらいいのになぁと思いながら仕事をしていました。
この2件で思うのが、結局自分がどう現実を受け止めるかなんですよね。
アレな人をかわいく思うことが出来れば、ストレスもぐっと減るわけですよ。
理不尽にイライラするような出来事でも、変に戦おうとせず平謝りすれば丸く収まることだってある。
その選択1つ1つは毎回正解にたどり着けないとしても、本当に考えさせられました。
そうこうしているうちに、おばあちゃんの目的地の病院に。
時刻は14時半でした(面会は15時から)。
一緒に受付して、病院の人におばあちゃん預けて、私は帰りまで離れます。
そしたら20分ほどで病院から電話がきました。
病院「実は息子さんの病棟でコロナが発生しまして、急遽面会できなくなったので帰りのタクシーをお願いします」
私「え?あ、はい」
出る前に言えや・・・
面会と同時に発覚するようなことではないですからね。
面会に行ったのに追い返されるって、前にも似たような事がありましたが(最近の病院はよくあるのです)、あんまりです。
うーーーん、やっぱり全部が全部可愛く思うことは不可能ですが、このおばあちゃんも最初こそ怒っていたものの、
私が「あーー、タイミングが悪かったんですねぇ」って言ったら「そうねぇ」と言いながらまた笑顔になって、息子さんにこっそりあげる予定だったキャラメルを3つ私の手のひらに乗せてくれました。
キュン
おわり
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