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美文と名文の違い

私は、翻訳者というのを尊敬している。外国語を熟知しているだけでなく、日本語の達人でないと翻訳はできないだろう。だが、先ほど読み始めた、レイモンド・チャンドラーの「湖中の女」は、冒頭の2ページを読んだだけで、頭の中に「?」が幾つも浮かんできて困るのである。翻訳は清水俊二で、映画字幕の専門家でもあったと思う。で、その疑問が原文のせいか、翻訳のせいかは不明だが、日本人が日本文を読んで理解できない以上、その日本語を書いた翻訳者に一応の責任は帰せられるのではないかと思う。
きちんと抜き出さないと説明不十分になると思うが、長い抜き出しは面倒なので、簡単に書く。主人公の探偵が依頼主と思われる化粧品会社社長を訪ねる場面のようだ。

1:一方の隅に背の高い三角形のショウ・ケースがおかれてあった。

ショウ・ケースは立体だが、「三角形」は平面図形である。とすると、このショウ・ケースは、どこがどのように三角形になっているのだろうか。一番該当しそうなのは(三角形ではなく)「三角柱」だと思う。まさか、正面から見て三角形、つまりピラミッド型というわけではないと思う。

2:すべてのシーズンとすべての場合のクリームとパウダーと石けんとトイレット・ウォーターがあった。

これは純粋に私自身の無知によるものだと思うが、化粧品と並べられた「トイレット・ウォーター」とは何なのだろうか。まさか、水洗便所で流す水ではあるまい。「トイレット」が化粧室の意味なら「化粧水」(というのがありそうな気がするが)とでもすべきではないのか。


3:息を吹きかけただけでふっ飛ぶのではないかと思われる背の高い細い瓶に入った香水

これは作者チャンドラーの比喩(彼は比喩が大好きなようだが)が下手なのだと思う。背の高い細い香水瓶は、息を吹きかけたら「倒れる」だろうが「ふっ飛び」はしないだろう。お前は「三匹の子豚」の狼か。

4:(その香水は)咽喉のくぼみに一滴たらすだけで粒のそろったピンクの真珠が夏の雨のように降りそそいでくるだろう。

咽喉に「くぼみ」があるか?それに、なぜ香水を咽喉に垂らすのだ?
まあ、チャンドラーがお得意の比喩をできるだけ奇抜にしようとした勇み足だろう。

5:部屋のすみの手がとどきにくいしきりの中の小さな交換台に小ざっぱりした金髪娘が座っていた。

「交換台」とは何だろうか。そして、交換台とは「座る」ものだろうか。「手がとどきにくい」とは誰の手が何にとどきにくいというのだろうか。電話交換台(?)席の娘に客の手が届きにくいのか?客は何のために娘に手を届かせようとするのか。
 
6:ドアから正面の飾りのないデスクには背が高く、ほっそりした、薄い色の髪の娘が座っていた。

娘は「座っていた」のだから、その娘が「背が高い」かどうかは分からないだろう。座っていても背が高く見えるほど座高が高いとしても、足が短ければ背は低いかもしれない。

ほかにも、どういう情景なのか、はっきりイメージできない描写が多い。チャンドラーは名文家だと見られているようで、確かに良く知られた名セリフが多いが、文飾が過ぎて、読者が明確なイメージを作れないことが多い気がする。


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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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