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軍神マルス第二部 7

第七章 アプサラス

 一方マルスたちは砂漠で迷い、渇きで死にかかっていた。
ロレンゾは何とかして精神を集中させて、地下の水脈を探す呪文を唱えようとしたが、いつからかかっていたのか、魔物の力によって、絶えずロレンゾの思念は掻き乱されているようであった。
 ロレンゾは精神を集中するために、仲間から一人離れて、ある岩陰に座った。
「おい、アンジー、そっちへ行っちゃあ駄目だぜ。ロレンゾが来るなと言っていたからな」
なぜかアンジーがロレンゾの後を追って行こうとしたので、ピエールがそれを呼び止めた。
その声が岩陰にいるロレンゾにも聞こえた。
 ロレンゾは、はっと気が付いた。砂漠に入る前、アンジーが自分たちに付いて行きたいと言った時、自分はアンジーの人柄を確かめるため、アンジーの目を覗き込んだ。魔に捕らえられた機会はその時しかない。自分が相手の心を覗き込んだ瞬間、その隙につけこまれて妖魔に心を支配されたのだ。
「ほほほ、ばれてしまったようね」
ロレンゾの前に来ていたアンジーは、一瞬に姿が変わり、妖魔の実体を現した。
その姿は、ペルシャ風の美女であるが、口元には恐ろしい牙が生えている。
「私はこの通りの魔物さ。おまえ達を砂漠で迷わし、日干しにして殺すため、お前たちの仲間になったのさ。正体がばれたんでは仕方が無い。ロレンゾ、まずお前から殺してやろう」
「愚か者め。相手の姿さえ分かれば、戦いようはある。わしがお前の真の姿に気づく前にわしを殺すべきであったぞ」
ロレンゾの精神の集中力は急激に高まっていた。
「お前の名は、魔女アプサラスであろう! 善神アロエギムの名によって汝アプサラス、および汝が主ガンダルヴァに命ずる。汚れたる黄泉の世界の者よ、速やかに自らの不浄の地に戻り、黄泉の縛めを受けよ。エリ、デヴィリア、ゾンマ、アロエギマ!」
アプサラスは、ぎゃっと異様な悲鳴を上げると、硫黄の匂いのする煙と共に、その姿を消した。
 争闘の気配にロレンゾの所に駆けつけたマルスたちは、目の前でアンジーの姿が妖魔に変わり、それがロレンゾの呪文で消えてしまったことに呆然とした。
「なんてこった、あのアンジーが化け物だったなんて」
ピエールはあきれたように言った。
「そう言えば、あの子、マルスの側には近づかなかったわ。きっとマルスのペンダントで正体が分かるのを恐れたのね」
「いや、何度か近づいたことはあったが、別に光らなかったよ」
マチルダの言葉に、マルスが答えた。
「おそらく、マルスに近づいた時には、あの女は邪気を発していなかったのだろう。アプサラスという魔物は、妖魔ではあるが、男好きなのだよ。おそらく、マルスが気に入っていたのだろう」
ロレンゾの言葉に、マチルダの目がきらっと光り、マルスを睨んだ。
「へえ、いいわね、マルス、化け物とはいえ、あんな可愛い子に好かれて嬉しいでしょう」
「何を馬鹿なことを」
「さっき、アンジーに何度か近づいたって言ってたわね。どのくらい近づいたの。私の見てないところで何してたのよ」
「近づいたって、普通に話しただけだよ。それに、今はそんな暢気な話をしている場合じゃないだろう」
「あら、マルスにとってはこんなのは大した話じゃないんだ。成る程、よーく分かったわ」
二人の痴話喧嘩の間に、ロレンゾは再び精神を集中し、地下の水脈を探った。
「ここだ、この真下に水はある。ここを掘るんだ」
マルスとピエールは歓声を上げて、ロレンゾの示した岩陰の砂を掘り始めた。
だが、掘っても掘っても水は出てこない。
「おい、爺さん、どこまで掘りゃあいいんだよ。水なんて出てこねえぜ」
「まあ、気長に掘ることじゃ。老人と女は、こういう力仕事は苦手じゃから、わしとマチルダは少し休ませてもらおう。その代わり、疲れたら、疲労回復の呪文を唱えてやるからな」
マルスは不平も言わずにせっせと掘るが、ピエールの方はぶつぶつ文句を言っている。
「あの爺さんの呪文って奴はあてになるのかよ。だいたい、魔法使いなら、こんな面倒な事をしないで、魔法で地面に穴を開けるか、天から雨を降らせりゃあいいじゃねえか。大体、自分の都合のいい時だけ、自分は老人だとかなんだとか言いやがって。俺よりよっぽど頑丈な体をしているくせに」
 だが、二人の苦労は報われた。
 地表から五メートルほど掘った辺りから砂に湿り気が出てきて、さらに二メートル掘ると、砂から水が滲み出してきたのである。
 水は見る見るうちに穴の底に溜まり、数センチの深さになった。最初は細かい砂粒で濁ったような水だったが、やがて泥は沈殿し、上澄みはきれいな水になった。
 マルスとピエールは水を皮袋に入れ、穴の上で待ち兼ねているマチルダとロレンゾに渡した。この穴掘り作業で少しも働かなかった二人が、最初に水を飲む栄誉を担ったわけである。
「よし、大丈夫じゃ。飲めるぞ。大いに飲むがいい」
ロレンゾの言葉でマルスとピエールも溜まり水に口を付けて飲んだが、あまり慌てすぎて底を掻き乱し、砂粒も多少飲み込む事になった。だが、命が救われた事に比べれば、砂粒混じりの水くらい、どうという事はない。一同大満足で渇きを癒したのであった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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