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軍神マルス第二部 10

第十章 奴隷市

 マルスたちはダンガルの町の中を歩き回って宮殿と寺院の警備の様子を調べたが、やはり宮殿の警護は厳しく、中に忍び込むのは難しいようである。
「ロレンゾ殿は、姿を消す術をお持ちのはずだが、それで宮殿に忍び込まれてはどうでしょう」
マルスはロレンゾとの最初の出会いの時、彼が目の前で消えたのを思い出して言った。
「あれは催眠術じゃよ。お前を瞬間に眠らせて、その間に立ち去っただけだ。お前を少し驚かせてやろうと思っての。相手が一人なら出来るが、何人もの警備兵を相手には難しい。それに、盗みならピエールの領分じゃ」
ロレンゾはあっさり言った。マルスには、ロレンゾが力の出し惜しみをしているように思えたが、それ以上は言えず、引っ込んだ。
「まあ、物事は簡単な事からやるのがいいものじゃ。寺院は警護はほとんどないし、そこに賢者の書があるならそれに越したことはない」
ロレンゾの言葉で、マルスとピエールは寺院に忍び込むことにした。
「賢者の書の特徴は?」
マルスはロレンゾに聞いた。
「分からんな。だが、お前の瑪瑙のペンダントが教えてくれるのではないかな」
夕暮れを待って、マルスとピエールは寺院に忍び込んだ。人の気力が減退し、集中力のゆるむ時刻である。
 寺院に参詣する人々の数も減り、黄色の僧服を着た僧侶たちは、夕べの祈りのために寺院の大広間に集まっている。
 ピエールが先導して、寺院の奥の部屋に進む。長い間の盗賊生活で、獲物のありそうな場所は直感が働くのである。
「この部屋が怪しいな」
ピエールの言った部屋に入ると、なるほど、そこが図書室であった。 
しかし、膨大な書物の中から、どうやって一冊の本を探せばいいのか。
途方に暮れながら、マルスは本棚の間を歩き回った。やがて日がすっかり暮れて、あたりは闇に包まれ始める。
「おい、こう暗くなっちゃあ、探すどころじゃないぜ」
ピエールはいらいらと言ったが、マルスは、せめて本棚の最後の場所まで歩いてみようと思って、それには答えなかった。
 とうとう最後の本棚に来た時には、マルスもすっかり諦めかけていたが、その時、マルスのペンダントが闇の中で、かすかに白く輝き出したのであった。
 マルスはその本棚の前に立って、並んだ本の前にペンダントをかざしながらゆっくりと動かしていった。
 一冊の本の前で、ペンダントは一際明るくなった。
「これだ!」
マルスはその本を棚から抜き出した。
本にはずいぶん埃が積もっていた。このあたりの本は、ずいぶん長い間、ほとんど見向きもされていなかったのだろう。
マルスとピエールは、探し出した本を持って、寺院を抜け出した。
ロレンゾとマチルダの待つ宿屋に戻ると、ロレンゾは待ち兼ねたように本を手に取ってめくりはじめた。
やがて、その顔に失望の表情が浮かんだ。
「これではない。これも確かに珍しい、貴重な魔法の書物だが、これにはダイモンの指輪の呪文は載っていない。詳しく読んでみないとはっきりしたことは分からんが、これではなさそうだ。だが、これも十分に役には立つ。わしも知らないような魔法の呪文が沢山載っている。少し、研究してみよう」
 ロレンゾがその本「光輝の書」を読んでいる間、マルスたちは御用済みということで、ダンガルの町中をのんびりと見物し歩くことになったのであった。 

 ダンガルの町には、あちこちから商人が集まってきていて、様々な取引が行われている。
 中でも目を引くのは、奴隷の売買である。男は頑健さ、女は美貌によって値段がつけられている。奴隷の多くは黒人だが、白人奴隷や黄色や褐色の肌の奴隷も混じっている。
「この男は体は普通だが、算術ができるし、字が読める。差配人として重宝するぞ。この優秀な奴隷をたった百ドラクマでどうだ」
「この女は戦争で負けたパーリ族の皇女だ。見ろ、この美しさ、今すぐ女房にするのもいいし、召使、妾、なんでもいいぞ。こんな美女がたった五百ドラクマだ。誰か買う者はいないか」
 人間が牛や馬並みに扱われ、売買されていく有様を、マルスたちは痛ましい思いで眺めていた。
「マルス、あの人を買って」
マチルダが言ったのは、奴隷商が、これはパーリ族の皇女だと言った娘である。年の頃は二十くらいだろうか。確かに、毅然とした態度には風格があり、顔も美しい。おそらく、戦に負けた後、さんざんに男たちの慰み者になってきたのだろうが、そんな気配は微塵も無い。
マルスはマチルダの意図を測りかねて、その顔を見た。マチルダは悲しげな目で、奴隷女を見つめている。単に、この薄倖の皇女への同情心から、そう言ったものらしい。
マルスは手を上げて、買う意思を示した。しかし、その後から六十くらいのグリセリード人の老人が手を上げて、六百ドラクマの値をつけた。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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