第三章 ボワロン
命より大事な剣を酒の飲み比べに賭けるような人物に、少々頼りなさも感じたが、マルスは、ともかくロレンゾに従って旅に出る事にした。
ケインに後の事を頼み、ジーナや、ケインの妻のマリアに別れを告げて、バルミアを出る。
知人たちとの別れの寂しさよりも、今は久し振りの旅に、なぜか胸が踊るようだ。それは勿論マチルダも一緒だからである。マチルダを後に残していたら、どんなに不安で、孤独だろう。
バルミアの町を南に下りていくと、港に出る。ここから船でボワロンに向かうのである。
船が出るのは明日の朝だという事なので、三人はここの船宿で一泊することにした。
翌日、三人が船に乗り込み、船が引き綱を解いて桟橋を離れようとした時、港の北の通りから、何頭かの馬が駆け下りてきた。よく見ると、前の二頭に乗っている二人が、後ろの数頭の騎士に追われているらしい。
「おーい、その船待った! 俺たちも乗せてくれ」
追われている二人が、船に向かって声を掛けた。その後ろから二人に向かって、どんどん矢が射掛けられている。
船と桟橋の間は既に三十メートルほど離れている。追われていた二人は、馬に乗ったまま、海に飛び込んだ。
馬を泳がせて船に近づき、上がってきた男を見ると、ピエールである。
「おやおや、また出会ったな。どうもお前さんとは縁があるらしい。ブルルッ。とにかく、何か着る物を貸してくれ。このままじゃあ、凍え死ぬ」
ピエールは愛嬌のある顔に笑顔を浮かべ、マルスにそう言って、頼み込んだ。もう一人の若者はもちろん、ジャンである。
「あんたがた、役人に追われていたようだが、この船に盗賊や人殺しを乗せるわけにはいかん。下りてくれ」
船長がピエールとジャンに向かって無愛想に言った。
「今さら、また海に飛び込めってのかよ」
港との間は既に百メートルほど離れており、ピエールらの乗ってきた馬がちょうど泳いで海岸にたどり着いたところである。役人たちは為す術も無く、こちらに向かって何か叫んでいるが、風に流されて、その声は聞こえない。
ピエールが船長に渡した金が利いて、ピエールらもこの船の乗客ということになった。もともと、この頃の庶民の目には、役人と盗賊にそれほど違いはない。役人の方がかえって始末が悪いくらいである。盗賊は叩き殺しても、それだけで済むが、役人に歯向かうと、暮らしていけなくなる。軍隊を背後にもっているだけ、役人のほうが怖いのである。
「あんたたち、何でまた物好きにボワロンなんか行くんだい?」
乾いた服に着替えて人心地ついたピエールがマルスに聞いた。
「泥棒しに行くんじゃよ」
マルスに代わって、ロレンゾがあっさり言った。
「面白い爺さんだな。ボワロンにどんな宝があるっていうんだよ」
「いろいろあるさ。まず、宝石だけでも、山ほどあるし、黄金もどっさりある。しかし、重たい思いをしてそんなのを持ち帰るまでもない。ボワロンの神殿には、賢者の石がある。この石を使えば、鉄でも銅でも鉛でも、金や銀に変えられるのじゃ。一生金には不自由しないぞ」
「……そいつは眉唾だな。そんなのがありゃあ、こっちにも評判が伝わってるはずだ」
「賢者の石の価値や使い方を知っている者がボワロンにはいないのじゃよ。だから、千年もの間、無駄に眠っておるわけじゃ」
「あんたは何で知ってるんだ?」
「わしも賢者だからな。何でも知っておる」
「賢者が泥棒するってのかよ」
「賢者とは、人の知識を盗み、自然の秘密を盗むものじゃ。泥棒ごとき、何ということはない」
「ははは、気に入ったぜ。おい、おいらたちもあんたたちの仕事を手伝ってやろう。なんてったって、こっちは本職だ。役に立つぜ」
「まあ、人手は足りとるが、仲間は何人いてもかまわんさ。獲物はいくらでもある」
マルスはロレンゾの気持ちを測りかねた。しかし、仲間が多いにこしたことはない。
まだ凍えるような海風の中を船は進む。乗客はほとんど毛布にくるまったきりである。しかし、幸い波もなく、三日の船旅の後、船はボワロンの港に着いた。
港といっても、ただの海岸である。そこには土地の住民が交易の為に建てた小屋があり、船が着くと、どこからともなく数十人の人間が集まってきた。
「ボワロンは初めてだが、みんな真っ黒だな。日焼けにしては黒すぎらあ」
ジャンが言った。
「そういう肌なのさ。世の中には白いの、黄色いの、黒いの、いろいろあるんだぜ」
ピエールが教える。
「あまり女房にゃしたくねえな。闇の中じゃあ、白目と歯しか見えねえんじゃねえか」
「そこがオツかもしれんぞ。おかちめんこを女房にしたらな」
命より大事な剣を酒の飲み比べに賭けるような人物に、少々頼りなさも感じたが、マルスは、ともかくロレンゾに従って旅に出る事にした。
ケインに後の事を頼み、ジーナや、ケインの妻のマリアに別れを告げて、バルミアを出る。
知人たちとの別れの寂しさよりも、今は久し振りの旅に、なぜか胸が踊るようだ。それは勿論マチルダも一緒だからである。マチルダを後に残していたら、どんなに不安で、孤独だろう。
バルミアの町を南に下りていくと、港に出る。ここから船でボワロンに向かうのである。
船が出るのは明日の朝だという事なので、三人はここの船宿で一泊することにした。
翌日、三人が船に乗り込み、船が引き綱を解いて桟橋を離れようとした時、港の北の通りから、何頭かの馬が駆け下りてきた。よく見ると、前の二頭に乗っている二人が、後ろの数頭の騎士に追われているらしい。
「おーい、その船待った! 俺たちも乗せてくれ」
追われている二人が、船に向かって声を掛けた。その後ろから二人に向かって、どんどん矢が射掛けられている。
船と桟橋の間は既に三十メートルほど離れている。追われていた二人は、馬に乗ったまま、海に飛び込んだ。
馬を泳がせて船に近づき、上がってきた男を見ると、ピエールである。
「おやおや、また出会ったな。どうもお前さんとは縁があるらしい。ブルルッ。とにかく、何か着る物を貸してくれ。このままじゃあ、凍え死ぬ」
ピエールは愛嬌のある顔に笑顔を浮かべ、マルスにそう言って、頼み込んだ。もう一人の若者はもちろん、ジャンである。
「あんたがた、役人に追われていたようだが、この船に盗賊や人殺しを乗せるわけにはいかん。下りてくれ」
船長がピエールとジャンに向かって無愛想に言った。
「今さら、また海に飛び込めってのかよ」
港との間は既に百メートルほど離れており、ピエールらの乗ってきた馬がちょうど泳いで海岸にたどり着いたところである。役人たちは為す術も無く、こちらに向かって何か叫んでいるが、風に流されて、その声は聞こえない。
ピエールが船長に渡した金が利いて、ピエールらもこの船の乗客ということになった。もともと、この頃の庶民の目には、役人と盗賊にそれほど違いはない。役人の方がかえって始末が悪いくらいである。盗賊は叩き殺しても、それだけで済むが、役人に歯向かうと、暮らしていけなくなる。軍隊を背後にもっているだけ、役人のほうが怖いのである。
「あんたたち、何でまた物好きにボワロンなんか行くんだい?」
乾いた服に着替えて人心地ついたピエールがマルスに聞いた。
「泥棒しに行くんじゃよ」
マルスに代わって、ロレンゾがあっさり言った。
「面白い爺さんだな。ボワロンにどんな宝があるっていうんだよ」
「いろいろあるさ。まず、宝石だけでも、山ほどあるし、黄金もどっさりある。しかし、重たい思いをしてそんなのを持ち帰るまでもない。ボワロンの神殿には、賢者の石がある。この石を使えば、鉄でも銅でも鉛でも、金や銀に変えられるのじゃ。一生金には不自由しないぞ」
「……そいつは眉唾だな。そんなのがありゃあ、こっちにも評判が伝わってるはずだ」
「賢者の石の価値や使い方を知っている者がボワロンにはいないのじゃよ。だから、千年もの間、無駄に眠っておるわけじゃ」
「あんたは何で知ってるんだ?」
「わしも賢者だからな。何でも知っておる」
「賢者が泥棒するってのかよ」
「賢者とは、人の知識を盗み、自然の秘密を盗むものじゃ。泥棒ごとき、何ということはない」
「ははは、気に入ったぜ。おい、おいらたちもあんたたちの仕事を手伝ってやろう。なんてったって、こっちは本職だ。役に立つぜ」
「まあ、人手は足りとるが、仲間は何人いてもかまわんさ。獲物はいくらでもある」
マルスはロレンゾの気持ちを測りかねた。しかし、仲間が多いにこしたことはない。
まだ凍えるような海風の中を船は進む。乗客はほとんど毛布にくるまったきりである。しかし、幸い波もなく、三日の船旅の後、船はボワロンの港に着いた。
港といっても、ただの海岸である。そこには土地の住民が交易の為に建てた小屋があり、船が着くと、どこからともなく数十人の人間が集まってきた。
「ボワロンは初めてだが、みんな真っ黒だな。日焼けにしては黒すぎらあ」
ジャンが言った。
「そういう肌なのさ。世の中には白いの、黄色いの、黒いの、いろいろあるんだぜ」
ピエールが教える。
「あまり女房にゃしたくねえな。闇の中じゃあ、白目と歯しか見えねえんじゃねえか」
「そこがオツかもしれんぞ。おかちめんこを女房にしたらな」
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