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軍神マルス第二部 1

第二部 第一章 平和な日々

年が明けてマルスは十七歳になった。
体も一回り大きくなり、胸や腰も分厚くなって、今や一人前の大人、いや、堂々たる勇者の体つきである。しかし、顔つきにはまだ幼い無邪気さが残っている。
彼は相変わらず、ケインの店で弓作りをしていた。石弓はほとんど作らず、昔ながらの普通の弓ばかりである。
今では、国王軍の弓部隊の四分の三は石弓部隊となり、普通の弓を持つ兵士は二百名しかいない。それも、王の道楽の狩のために残してあるだけである。その他の諸侯も、弓部隊を石弓部隊に変えつつあるから、普通の弓の需要は少ない。しかし、マルスの弓は別で、名のある騎士や有名な射手は争ってマルスの弓を求めた。マルスの弓と矢と言えば、今や、弓には二百リム、矢でも十リムの値がついていた。だから、ケインの店は大儲けをして、今ではマルスの弓作りの下作業に五人の戦争未亡人を雇っていた。これは、マルスの希望でそうしたのである。先のグリセリードとの戦いで、一般人の被害は少なかったものの、兵士の死亡者は千人近く出ている。その遺族の中で、一家に働き手のいない者を優先的に雇い入れたのである。その他の遺族には、王妃から頂いた宝石を売った残りの金を一人五十リムずつ配分したが、それで彼らがどの程度命をつなげるか、心許ないものがあった。しかし、その程度の善行でも、彼らはまるで神の奇跡ででもあるかのように感激した。中には彼を「聖人マルス様」と呼んで、崇める者さえいたのである。
「こんな矢が一本で十リムもするなんてねえ」
女の一人が言う。
「それはマルス様の矢だからだよ。他の店の矢は一本一リムくらいのものさ。マルス様は弓の神様なんだから、当然さね」
「その神様が私たちと一緒に働いているなんて変なもんだね。私は、神様というと、お高くとまって威張っているものかと思った」
「マルス様は別さ。私たちにも優しくしてくれて、ちっとも威張らない。だからといって、お前達、マルス様を馬鹿にするんじゃないよ。あれこそ本当の聖人なのだからね」
と、一番年かさで、女たちのリーダーをもって任じているマルタという中年女が言った。
「見たところはほんの子供なのにねえ」
「しっ、誰か来たよ」
入ってきたのはジョーイであった。彼はレントから帰国し、今はアンドレから貰った一万リムを元手に武具屋を開いて繁盛していた。マルスの所からは矢尻を注文されていて、時々品物の納入に来るのである。
「おばさんたち、マルスがいないと思って、またお喋りしていたな」
「なにがおばさんだよ、自分はまだ子供のくせに」
「これでもジョーイ商店の主人だぞ。マルスのところを首になったら雇ってやるから、いつでも来な。でも、だめだな。マルスのところにはブスしかいねえや。俺はブスは嫌いだからな」
「何言ってんだい。まだチンチンに毛もはえてないくせに」
マルタの下品な言葉に、一座はどっと笑い崩れる。
「ちえっ、下品だな。それより、マルスはどこに行ったんだよ」
「さあね。きっとオズモンド様のお屋敷だろうよ」
「というより、マチルダ様の所さ」
それからひとしきり、マルスとマチルダがどうのこうのという話題で一座は賑わったのであった。

女たちが言ったとおり、マルスはオズモンドの屋敷にいた。一日に一度はここに来て、マチルダやトリスターナの顔を見、オズモンドと話をするのが、マルスの一番の楽しみなのである。
「結局、ポラーノ郡の新領主には、ロックモンド殿がなられるようだ」
オズモンドが宮廷の情報を話した。マルスにはあまり興味のない話題だが、宮廷の重臣を友人に持つと情報面で便利なのは確かだ。オズモンドは、新年から王室の侍従武官となっており、以前ほど自由には行動できないことを嘆いているのだが。
「ロックモンドというと?」
「アルプのジルベルト公爵の弟で、ポラーノの側のアンガルの領主だ。前からジルベルトと一緒に、もっと大きな領地をくれと運動していたのだよ。この前の戦ではろくな働きもしてないんだがな」
「それより、アンドレから消息はないのか」
「ないよ。きっと、トリスターナさんのことも忘れて、レントの女にでも夢中になってるんじゃないか」
オズモンドが、トリスターナに聞こえるように言う。トリスターナは笑って言った。
「あら、アンドレさんはそんな人じゃありませんわ。いえ、もちろん、あの人が他の女の人を好きになったって構いませんし、年上の私を選ぶより、その方がずっと自然ですけど」
「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃないのです」
オズモンドは慌てて弁解した。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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