ゆうきまさみのツィッターで紹介されていたが、凄い文才・想像力・ユーモアセンスである。看護師などにしておくのは惜しい才能だ。漫画原作者にでもなるべきだろう。
あれだね、これ神様はあれだね。
見てるには見てるけど、見てるだけだね。
には思わず、うんうん、そうだね、と頷いてしまった。(笑)
(以下引用)
2015-12-25
オッケー、キリスト。ところで、あたしの誕生日の話も聞いとく?203
ハッピーバースデイ、キリスト。
キリストってあれだね、誕生日がクリスマスなんだね。
誕生会がうやむやになるアレね。
あ、違うの?
キリストが生まれたから、クリスマスになったの?まじで?
生まれて35年。
ほんとキリストじゃなくて良かったと思う。
自分の誕生日がクリスマスになるとか、もうね。
プレッシャーすごい。
一応ね、私もちょっとした10月が誕生日だったわけなんですけど。
もー繰り越したい。
携帯料金のように、使ってない誕生日は繰り越したい。
なんだかんだで35回目なわけですよ。
正直ね、予定がない。そうそう35回も、予定入れらんない。
家庭もなければ、彼氏もいない。
待ち人なんてね、来たためしないわけです。
いやね、諦めてない。
来るの、きっと来る。
あの貞子だって、なんだかんだで、もう5回くらい来てるわけですから、
35年待ちに待った白馬の王子だってね、もうそこのタバコ屋の角まで来てると思う。
白馬なんかで言えば、もうギリ寿命ですよ。けど来るの。
なんなら王子がスーホ状態で死んだ馬の馬頭琴かきならし、ベビベビベイビーつって布袋みたいに登場するんです、あの角から。
その日をもってね、わたくしの誕生日としたい。
なんならそれをクリスマスとしてくれてもいい。
でもね、とりあえず、今年は来なかったよね。うん。
いやいやいやオーディエンスオーディエンス。
いるでしょ1人くらい。
世界人口70億人ですよ。
この世界の半分は男性でできているって聞いてるんですけど。
あれかな、バファリンの半分なのかなってくらい実感ないんですけど。
なのでね、もうだいぶ前から誕生日はひっそりと暮らしてたわけです。
就職してからも必ず仕事も休みにして、息をひそめて、家でガラスの仮面を一気読みしたりしてたわけです。
「ウ・・ぅぅうぅ・・ウォオぉタァァアアー」
とか言って、マヤとヘレンの演技対決をしたりしてたわけです。(ガラスの仮面「炎のエチュード」より)
で、今年ももちろん休み希望を出しましたよね。
仕事をすると、大抵怒られるので、誕生日に怒られたくないですし。
ところが、そんなささやかな私の願いが、ついに今年は叶いませんでした。
ことの発端は2011年にさかのぼります。
割と遡ります。
逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ・・・!
って碇シンジくんも言ってたんですけど、
私の仕事はエヴァンゲリオンじゃなくて看護師ですし、
しかももう看護師になって13年くらいたつはずなんですけど、
いまだに初めてEVAに乗りこむシンジくんのような気持ちで仕事してます。
病棟の使徒の詰め寄りが、すげくて。
使徒っていうか、よく見ると師長なんですけど。
はたまた、先輩ナースとかなんですけど。
こえーこえー。
もう病棟という名の第3新東京市はここじゃない?
なんていうか、いまだに、結構いいペースで怒られます。
その辺の若造にはまだまだ負けないくらいぞ、ってくらい怒られます。
山本昌かってくらいの長めの現役生活。
正直、こんな大人になっても、まだいけるんだなって。
てっきり、自然に怒る側にシフトしていくんだと思ってた。
もはや、ビジュアルとしてはギリ。
病棟で怒られるっていうと、まあ花形は普通は新人で、
それこそ一挙手一投足、箸が転がっても、右も左も怒られるっていう修羅場をみんな越えていくわけですが、
なんていうか、いまんとこ人気を二分してます。
新人と私で、80年代の松田聖子と中森明菜かってくらいに、二分してる。
二分して怒られてる。
なんていうか、あいつ(新人)は私にとったら、永遠のライバルっていうかな。
同じ戦場を戦う同志っていうかな。
こないだ、新人が「なんでこんなやり方してるの!」って先輩に怒られてて、まあ見るからにまるで失敗のやり方だったんで、これはチャンスと思ってね、たまには私もと思って、「ちょっとちょっと、これはこうでしょ!」って看護歴13年の粋を結集して見本を見せたら、昭和かなってくらい思いっきり時代遅れなやり方だったようで、こぼれ球拾いに行って流れ弾に当たるっていう斬新な怒られ方したのね。
ああ、あのSMAPが口酸っぱく言ってた青いイナズマってこれかなってくらい、もうね炎・カラダ・焼き尽くすくらい怒られました。ゲッチュ。
こうなったらね、ミイラ取りが立派なミイラになる瞬間をばっちり見てた新人に、「俺の屍を越えていけ」って必死にウインク送ってたんですけど。
ほんと漫画だったら、「ここは俺に任せろ!」つって。
「俺が怒られてるうちにお前は先に行くんだ!」って。
ただ、まあウインクが下手すぎて、ただのマバタキで、「あれ、加藤さん、なんか泣いてない?」って心配されてて、まあ、うん、ちょっと泣いてもいたんですけど。
で、最終的に、新人にかばわれるっていうね。
そんな寸劇を繰り返してるわけですが。
そもそも2011年。
今から約4年前、私は中規模のアットホームな病院から、なぜか大学病院に転職したわけですが。
リカちゃん電話にかけてみるくらいの軽い興味でね、たまたま電話した転職サイトの人が、すげぇ敏腕の凄腕で。もうね手腕でいうところのボブサップくらいの腕で。
東日本大震災のゴタゴタの中、すげぇ勤め先を見つけてきて、おんぶにだっこで、アレヨアレヨと入職してた。
で、舞い降りた地がまさかの救命救急ですよ。
それこそ農村から渋谷に迷い込んだんじゃないかってくらい。
もういっそ、違う国に来たんじゃ?ってくらい。
そして、病棟のど真ん中でバックパッカーみたいになってる私に、見かねた師長が言ったわけです。
「うんうん。加藤さんはあれだよね、良かったら研修に参加してみない?」って。
まあ、私はね、その時だって9年目くらいの看護師でしたから、中堅研修だと思って疑わなかったわけで、「是非!」なんつー返事でね、喜んで参加したわけです。
びっくりしたよねー。
研修当日を迎え、ぴっちぴちの1年生に紛れながら、講義を受けてて。
完全なる新人研修だったのね。
もうね、紛れながらつったけど、紛れてない。紛れれない。
21とかの中に、思いっきり三十路が飛び込んだからね。
小1の教室に中2がいる感じね。
手遅れ感すごい。
それでもまだ、講義はいい。
地獄はそのあとの、グループワークっていうのかな。
班にわかれて、話し合ってみよう!みたいなやつ。
「じゃあ、配ったレジメを見て、班に分かれてくださーい。
各班に一人ずつ先輩講師が入りますから、進行は先輩講師に確認してくださーい」
なんて言われて のこのこ班に分かれたわけですけど。
右も左もピチピチの20歳たち。
すぐに1番恐れていたことが起こったよね。
全員がね、まあ私を講師だと思って疑わないわけです。
すげぇキラキラした目で、「なにやればいいですか?」みたいな目で見てくる。
「なにやればいいですか、先輩講師!」みたいな目で見てくる。
まあ、この班で如実におばさんでしたからね。
間違いなく。
ファーストインプレッションから決めてましたってくらい、不動のおばさんがいましたからね。
でもまあ私だって私なりに目星をつけてるわけです。
真向かいにね、付けまつげを針葉樹林?ってくらいつけてる子が大人し気に座ってるんですけど、うんうん、私よりは確かに若い。でもおめぇ絶対先輩講師やろ?って。
でも、樹林が全然口を割らないわけ。
超 こっちを泳がせて来る。
クロール25m何秒?みたいに泳がせて来る。
思わず泳いだよね。
全体の進行役みたいな人から「私なりのキラキラ看護」みたいなトークテーマを与えられ、
じゃあ10代真剣しゃべり場的な感じでよろしくとばかりにサイは投げられ、
全員からまるで小堺一機を見るような目で見つめられ、
もしかしたらもしかしたら、私って本当に講師として呼ばれた先輩講師なんじゃない?
って微レ存にすがるように、そりゃがむしゃらに泳いだよね。
なんていうか、久々の羨望の眼差しだったわけですよ。新人からの。
先輩講師!先輩講師!つって、もうバックパッカーのように暮らしてた私の前にリムジンが止まるような甘い誘惑。
もうね、「しゃべり場?そんな生易しいもんじゃねぇぜ看護ってのは!」つって田原総一朗かってくらい回したよね。切り込んだよね。これは朝まで行くな。って。
でも、私の手腕に目の前の針葉樹林もどさくさに紛れて話だしたから、アレ?つって。おめぇ違うの?ってなって。
もうグループワークっていうか、私の中でちょっとした人狼が始まってるわけです。
そんな人狼開始15分後。
「ごめんねー!遅れちゃって!講師の林田ですー。で、どこまで話いきましたー?」
ってなった時のね、地獄ね。
じゃあオマエ誰?っつってね。
全員がこっち見たよね。
そっからはもう死んだ田原総一朗みたいになってね、まあ「働いてて一番つらかったこと」みたいなトークテーマではね、「今かな」つってたよね。おのずと。
「転職したら救命救急に配属されて、色々あって今ここ」っていう、だいぶ遅めに正体を明かしました。
そんな田原総一朗の遺言みたいなのがね、研修委員の林田さんの心にまさか刺さるなんて思いもしなかった4年前。
そして2015年10月。
使徒っていうか師長に急遽、呼び出されたわけです。
これはいよいよ何かやらかしたかな、と、覚悟を決めていくと、
「6階病棟の林田さん知ってる?」って言われて、
全く覚えがないわけですが、
「研修委員やってる人なんだけど」って言われて、
うっすらとあの日の悪夢がね蘇ってきたんだけど、で?って思って。
すると「実はおめでたってことがわかってね」って言われて、
「それは・・おめでたい・・ですね」つって。
ここまでで、話の流れが全くつかめなかったんですけど、師長がちょっと言いにくそうに、
「で、本人はやる気だったみたいだけど、さすがに体に負担がかかるから研修委員でストップがかかって、加藤さんに代理を頼めないかって話になってね」
「なんの代理ですか・・?」
「研修の。もちろん講師として」
えーーーーーーーーーー!
まさかの講師側のオファー!
正直、満更でもない。
私が講師。
私がセンセイ。
もうね、金八の卒業シーンとこまで想像した。
「まあ1日だけの代理だし加藤さん1人じゃないから。5人いるから、助け合って」
って言われ、もう勢いよく頷きながら
「はい!っていうか何の研修ですか?」
って聞いたら、
「BLS、です」と師長。
・・・ボーイズラ・・・
「BLS。一次救命処置、です」
知ったかしそうになった私に師長が言い直した。
あーそれね。そっちのBLSね。
BLS・・・・・別名、一次・・・救命処置!
あのテレビとか漫画によく出てくるやつ・・ですかね。
海でおぼれた主人公とかに、気になってた男子がやるやつ。
いわゆるひとつの、あれですね。
すごいやつ。
気道確保に始まり心臓マッサージ、そして人工呼吸に続くやつ。
正直、血圧の測り方とか、百歩譲って注射のやり方とかの研修が良かった。
「一次救命処置」の研修は、年間の数ある研修の中でも異彩を放っているって噂を聞くし。
他の研修が「ナースのお仕事」でいうところの「あ~さ~く~ら~!」くらいのテイストだとすると、「一時救命」の研修は「海猿」の「生きて還る!」くらいテイストが違う。
講師陣も阪神大震災経験のあるナースやら、DMAT(なんかすごいやつ)のナースとかで構成されてて、まさに、私みたいなバックパッカーがリュックひとつで参加できるような場所じゃないはず。
「・・・師長・・なんで・・?」
私がカサカサの唇で問うと、
「・・・私にもさっぱり・・」
と同じくらいカサカサの唇で師長も。
「ただ、林田さんが救命病棟の加藤さんって覚えてたみたいで・・なんかすごい語ってたから指導向きじゃないかって・・」
あれかー!あの日の死にかけの田原総一朗かー。
研修委員は病院の中では出世街道の一つで権力があり、そう簡単にオファーは簡単には断れないとのこと。
師長も私も「1日。なんとか1日乗り切ろう!」と覚悟を決めた。
「で、いつなんですか、師長?」
「明日」
「え」
「明日です」
「師長・・・!」
それが私の35回目の誕生日でした。
「明日の休み分は、今月どっかで繰り越すから大丈夫よ」と師長。
師長の力によって、誕生日の休みだけが繰り越された瞬間、
師長に渡されたBLSのテキストを握りしめて私は放課後、研修室へ行った。
ガラリとドアを開けると、まさにアレ。ドラマの。
転校生が初めて来た時みたいな。
人形を囲んでミーティングしてた4人の看護師が一斉にこっちを見たけど、すぐに話しに戻るみたいな。
そこに、研修委員の人が来て
「ああ加藤さんですか?急にすいません。とりあえず、えーっと加藤さんはこの人形で練習してもらっていいですか?」
人形のまわりに、救命道具やらAEDやらが置いてある。
「研修自体は、班にわかれて、各講師のもとに15人くらい1年生がつくので、このテキストの手順通りにすすめてもらって」
人形にはハナコってバッチがついてた。
むこうの4人はもう半年の練習ばっちりで、1年生役と指導者役に分かれて、「じゃあまずは呼吸の確認からやるよ!」「はい」なんつって、すげえテキパキやってる。
ハナコと私のアウェー感すごい。
ハナコと若干見つめ合ってると、
「加藤さんも1年生を教えるみたいに声出しながらやったほうがいいですよ」
と研修委員の人に言われ、
「えっと、大丈夫ですかー・・・意識なしっと、・・・呼吸もなし・・・脈・・なし・・じゃあ」
小公女セーラーかっつーくらいハナコにボソボソ話しかけてたら、
「ちょっとあなたさー、明日もそんな蚊の鳴くような感じでやるつもりなの?」
つって、練習してた4人の中から1番怖そうな人出て来たー。
完全なる泉ピン子。
えっと、蚊の中では、結構声出てた方だと思うんですけど。
「私がさー1年生役やったげるから、ちょっと最初っからやってみて」
すげぇベテランの1年生きたー!
そして最初っからっていうか、もうこれが最初であり最後であり・・・。
「えっとじゃあ、意識の確認から始めます。えっと、・・大丈夫ですかー」
私はハナコを揺すりながら言った。
「意識なし・・っと」
「ねえ、今ので意識が確認できてんの?」
1年生がこわい。
ハナコも意識がないけど、私の意識も方も確認してほしい。
「もう一回やってくれる」
「えっと・・大丈夫ですかー?!わかりますかー!」
「ダメ」
「大丈夫ですかー!!」
「ダメ」
「大丈夫ですかー!!!」
もうブラジルのみなさーん!くらいの声は出した。
手でメガホンも作った。
「あのね、意識があるか叩くときは両肩。脳が損傷してたら麻痺があるかもしれないでしょ」
声の問題じゃなかった。
手でメガホン作っちゃってたのをそっと外す。
「次に呼吸を確認します・・・なし・・っと」
軽く終わろうとしたら、
「ちょっとどこ見てんのよ!」
つってもうね、そんなこと言うのヤクザか青木さやかかってくらいでね。
あと、しいて言えば、怖くてどこも見てなかった。
正解としては胸ね。胸郭の動きを見るそうです。
そして「脈を確認します」と手を伸ばすと、
「頸動脈ってどこにあるの?」と。
もうね、1年生役が強い。
すぐ下剋上しそう。
「ここです!」
言いました。
つーか、怖くてゴー☆ジャスくらいの早さで、指したんですけど。
マダガスカル!くらいに指さしたんですけど。
「解剖学的に言ってくれる?」
とのこと。
ちーん、と音がしたよね。
あー多分、今ね、喪服の人が来たら、間違ってここにお焼香しちゃうと思う。
そんくらいの通夜感。
ねえハナコ。ちょっと私の脈もみてくれる?きっと触れてない。
若干、心停止した私に見かねたピン子が早口で喋る。
「甲状軟骨(コウジョウナンコツ)に二指そえて胸鎖乳突筋(キョウサニュウトツキン)までスライドさせて内側を軽く圧迫。そこが頸動脈!」
いや呪文でしょそれ。
キョウサニュウトツキンて。
「じゃあ甲状軟骨ってどこ」って言われて、一か八かで喉のへんを触って、正解する。
「じゃあ胸鎖乳突筋は?」って言われて、一か八かで乳首あたりを攻めてみて雷落ちる。
首でした。
「脈なし・・と。じゃあ、心マします」
「は?」
「心マします」
「は?」
「心臓マッサージします」
「あなた、心臓をマッサージなんてできるの」
えっと、医療界隈で心マなんてかっこつけて言うと、今や目で殺される時代になったみたいです。生きづらい時代です。
えー江口だって心マって言ってたじゃんようー。
と思いつつ。
心マちゃんは新しいネーミングに変わったみたいです。
それがなんと、胸骨圧迫!
えー。
超ダサイー。
「胸骨を圧迫するから、胸骨圧迫。じゃあ胸骨ってどこ」
胸の骨ですからね、ヒントは多聞にある。
「ここ一帯が・・」
つって広めにとって怒られる。
「じゃあ剣状突起は?」
今度こそ乳首を指すが、不正解。
もう乳首以外に気軽に突ってくるの禁止にしてほしい。超惑わされる。
そんなんやって、やっと胸骨圧迫を開始してね。
胸骨圧迫の早さは1分間に100回くらいなんだけど、上手にやると、ハナコが目を開けて「ありがとう」って言ってくれるんですが。
もうね、うんともすんとも言わねえ。
とんだツンデレでね。
多分、一生分くらい胸骨圧迫した。
でも段々コツがわかってきて、ハナコの胸骨は制した!
ってところで、お許しが出てその日は帰ることになった。
帰り際、ピン子が、
「加藤さんは一次救命処置は何のためにするんだと思う?」
って聞いてきたので、
「確実に命を救うため・・ですかね?」
なんつって、ちょっと照れながら言うと、ピン子がちょっと遠い目をしながら、
「命ね・・。一次救命処置は、素早く的確にすることで脳へのダメージを最小限にするの。加藤さん、私の目指す一次救命処置の目標は、ただの救命じゃない。障害を残さない社会復帰だから。」
ずどーん!
ピン子姐さん・・・・!
一次救命処置の目標はただの救命じゃなく社会復帰。
超しびれた。
ここでドリカム流れてもおかしくなかった。
私も明日の本番、ピン子みたいに江口っぽいこと言いたい。
家に帰って、テキストに一心不乱にセリフを書き込んだよね。
1項目ごとにキメ台詞を作ったよね。
橋田寿賀子かなってくらい壮大な脚本を作り上げ臨んだ研修。
完全に脚本を家に置いてきた。
でも大丈夫。
大切なのは1秒でも早く胸骨圧迫を開始すること。
そのために素早い意識と呼吸と脈の確認が必要で、なぜならそれは~
1年生「胸骨圧迫!」
意識がない!呼吸がない!脈もない!そしたら~
1年生「胸骨圧迫!」
胸骨圧迫を少しでも早く開始すること、それすなわち~
1年生「社会復帰!」
他の班がベテランの多岐に渡る質問を受けながら緊張した面持ちで実技をやってる中、うちの班だけは、失われたシナリオのせいで私の引き出しがなさすぎて、答えが「胸骨圧迫」か「社会復帰」のほぼ2拓になってる。
2択なのでリズム感でちゃうし、1年生も自信を持って答えるしで、うちの班だけちょっとしたライブの歌手とファンの掛け合い状態。
これじゃヤバイと思って、奥の手を使って、「じゃあ頸動脈の位置を解剖学的に言ってみて」つって。軽くパクッて。
わからない1年生に「甲状軟骨から胸鎖乳突筋」って呪文を華麗に披露して、しめた!って思いつつ胸骨圧迫の見本を見せる瞬間に手の甲に「コウジョウナンコツ」「キョウサニュウトツキン」って書いてあることがバレルっていうね。
そしていよいよバックバルブマスクっていう、これ佃品質じゃない?ってくらいのマスクで換気したり、AEDの使い方を教えたりと、演習も佳境に入ってきて、
いよいよ倒れてる人を発見した状態から1年生の力だけで一連の流れをやる段階に来た。
もうね15人をね、私一人で回すわけでね、身体が足りない。
私はもう映画監督のように、「よーい、ハイ」つって、
1年生「大丈夫ですかー!わかりますかー!」
私「はい、意識ないよー」
1年生「誰かきてくださーい」
私「はい、仲間くるよー」
1年生「呼吸を確認します」
私「やばいよー呼吸ないよー」
1年生「脈確認します」
私「解剖学的にー」
1年生「甲状軟骨から指を胸鎖乳突筋に滑らせて」
私「いいよいいよー呪文言えてるよー、はい、脈ないよー」
1年生「胸骨圧迫します」
私「なぜなら~」
1年生「社会復帰のため!」
胸骨圧迫がスタートしたら、私はダッシュでAEDを別の1年生に渡す。
私「はい、AED来たよ」
1年生「AED付けます!」
私「はい、誰かドクターに連絡してるー?」
1年生「私、電話します!」
私はバックバルブマスクを別の1年生に渡す。
私「はい、マスク付いたよー」
1年生「換気開始します」
1年生「トゥルルルー」
私「はいドクターです」
1年生「患者さんが心肺停止です。すぐ来てください」
私「家族に電話したー?」
1年生「私電話します。トゥルルルー」
私「はい、加藤です、主人がいつもお世話になってます」
こんだけやっても1年生を5人くらいしか回せてないわけです。
でもグループには15人の1年生がいるわけで、ピン子から口酸っぱく言われてたのは
「1年生を決して飽きさせないように。みんなが自分のことのように動けるように臨場感を持って」ってことだった。
でもすでに5~6人手持ちぶたさになってる。3人くらい爪とか見てる。
もう、私なんかドクター役から患者の妻までやって汗だくで、
なんなら今日は誕生日なわけで。
その時、AED係の1年生の緊張感のない「ショックをかけま~す、離れてくださ~い」って声が聞こえた時、
毎年読んでたガラスの仮面を読んで、ウォオォオォオタァアアアアとマヤと叫び合ったあの日の私が、なんかこのタイミングで飛び出した。
私はハナコの胸元に飛び込んだ。
「お父さん!!!お父さん、どうして!!目を開けてよ!!お父さん!!お父さん、死んじゃいやあああああぁああ!!」
これにはぼんやりしてた1年生も驚いて、5人がかりくらい引きはがしに来る。
「離してください!お父さん!!いやああ!!お父さん!!」
「大丈夫ですから!ショックをかけるので離れてください!!!」
「お父さぁあっぁん!!!!」
「大丈夫ですから!今、処置をしてますから!!」
1年生もおのずと声が真剣になってる。
他の看護師より知識もない。経験もない。引き出しもない。
でも、私ほどガラスの仮面を読んでる人はいない。
私にできるのは、15人を引き付けるマヤの演技。
ああ、月影先生・・・これがあの紅天女なのね・・
そんな感じでうちの班だけ若干ドラマティックに演習を終えて、今度は、高性能の心肺蘇生訓練用人形サトルを使っての、本格的にデモンストレーションとなった。
サトルは実際に本物のAEDをかけたりすることもでき、効果的なBLSができると、本当に生き返えっちゃうっていうハナコより数段高性能な人形だ。
これを代表で先輩が1名、模範として生き返らせて見せることになっていた。
そして私は今朝、そのじゃんけんに負けた!
でも大丈夫。
ハナコを10回以上生き返らせた実績が私にはある!
サトルだって、救命してみせる!生きて還る!
「わかりますかー!大丈夫ですかー!」
両肩を叩く。ブラジルのみなさーん!くらい叫ぶ。
素早く胸郭の動きを確認しつつ、同時に甲状軟骨から胸鎖乳突筋に指を滑らせ、脈を確認。無し!
「胸骨圧迫します。」
そこまでの流れはね、もうどこに出しても恥ずかしくない。
1年生の羨望の眼差しも感じた。
イケル!!
そう思った瞬間、静寂を破ってサトルが口火を切った。
「早いです、リズムを遅くしてください」
え、サトルって結構しゃべるの?
って思ったのもつかの間。
「弱いです」
「遅いです」
「早いです」
「強いです」
もうサトルの注文がすごい。
宮沢賢治でも、ちょっと控えるくらいの注文数。
なんなの?神経質なの。
とんだところに胸骨警察がいた。
もうね、萎縮するっつーの。
そんな言われたら、萎縮する。
リズムを調整しなおそうとしてると
「胸骨圧迫を続けてください」
「胸骨圧迫を続けてください」
って、もう、今ね、やるとこだった。
つーかやってたし。
気を取り直して換気でもするか。
とバックバルブマスクを取ろうとすると、ピン子が「それなかったらどうする」って試すように言ってきた。
それすなわち、人工呼吸。
今は感染などの観点や蘇生率からもほぼ胸骨圧迫が主体で、道端で人工呼吸するのはドラマや漫画くらいだ。
でもこのサトルの神経質さを鑑みると、完全に30:2の胸骨圧迫と換気モードでプログラミングされてるって私は気づいてるぜ。
サトルを生き返らせたい。
またあの、サトルの優しい笑顔が見たい。
生き返って!サトル!
私は1年生に見守られながら、ついに人口呼吸へ。
と思ったけど躊躇するわー。
サトルの顔面が、思った以上にリアルだわー。濃いわー。人間模様が濃い。
つーか、私、35歳だけど、キスとかしたことないんですけどー。
どうやんの。キスって。
まじミツバチくらいのキッスしかできる自信ない。
つーか、この乙女を前にして気道確保してるせいか、サトルの口が、がっつり開いてる。
喉の奥のなんらかのデンジャラスゾーンまで見えてる。
こわい。
かの有名な白雪姫でも、せいぜい見てたの7人だっつーのに、なんで私が80人くらいに見守られて35歳の初キッスをゴム人形に捧げないといけないのって疑問もある。
でも変にもたもたすると、余計おかしいし。
すげぇサトルが急かしてくるし。
35歳だし。
もうね、決死の覚悟でサトルの胸に飛び込んだ。
明日、サトルの腕の中で目覚めてもいい。
そのくらいの覚悟で。
サトルー!
初めてのキスは、ゴムの味がしました。
多少むせつつ。
つーか、間違って目つむっちゃったし、全然息吹き込めなかった。
完全にただのキスみたいになったけど。
でも恥ずかしさも限界で、「今の無し無し」って感じで胸骨圧迫を赤面しながら再開。
こんだけしても、乙女の純情捧げてもサトルが全然生きかえらねぇ。
いや、まじで。おめぇ。
キリストだって自力で生き返ったっつーのに。
その間も30:2で人工呼吸をしてるので、おのずと大人の階段のぼるわ。
最初が嘘のように35歳の熟女感をもって息を吹き込む。
なのに、うんともすんとも。
うん・・。
そうね・・。
あの、サトルさん・・。
つーか、1年生も薄々は感じてると思うけど、最初の人工呼吸以降、サトルがうんともすんとも言わないわけ。
これは全員が感じてて、口をつぐんでたわけだけど、
なんかもう、私のキスによってむしろ死んだみたくなってるわけ。
あーん泣きたい。
サトルー。目を開けてよー。
腕がパンパンですー。
すると救世主ピン子が1年生たちに「あんたち、今まで習ってきたのに、この状況をぼーっと見てるだけなの」つった。
すると我に返った1年生たちが、一斉に集まってきた。
まさにあの日の描いた金八のように。
「加藤さん胸骨圧迫替わります!」
「AEDつけます!」
「バックバルブマスク持って来ました!」
「みんな・・・!」
多少ピン子が怖かったって感もあるけど、私たちは必死にサトルに尽くした。
そしてサトルの心拍が無事再開した時、思わず拍手が上がった。
みんなが一瞬、わぁっと手を放した時、ピン子の目が光り、私は思い出した。
「そこで終わりでいいの?」
一瞬きょとんとした1年生の中で、うちの班の子が「社会復帰・・」とつぶやき、
私は「ストレッチャー・・ストレッチャー持ってきて!」と叫けぶ。
そしてサトルをみんなでストレッチャーに乗せた。
私はもう、江口だったらこんくらい言うでしょくらいのキメ顔で、
「じゃあ病棟に運ぶよ!私たちの仕事はこっからだよ!」
つった。
自分の完璧な江口ぶりに多少泣きそうになりながら、誕生日の地獄の研修は終わった。
帰りにサトルを片付けてると、ピン子が「まあ盛り上がったんじゃない?」と笑ってくれた。
研修後にとったアンケートには何故か「感動的だった」とか「最後サトルが生き返った時泣けた」とか、いつもの研修とはだいぶ毛色の違う感想が目立ち研修委員を困惑させた。
帰りの電車で、「神様って本当に見てくれてるのかね」って友達にメールすると、
「大丈夫、見てる見てる。今年のクリスマスはきっといい人があらわれるよ!」つって。そんな感じで今年の誕生日は終わったわけです、ねー聞いてるキリスト?
で、12月です。
サトルはやはり故障してたようで、12月の病院の大掃除にて、廃棄となることになった。
なんとなく切なくて、軽い気持ちで「引き取りたいくらいですー」と言ったら、本当に引き取らされ、いま家にサトルがいる。
そして本日クリスマスを迎えてる。
王子さまは来なかったけど、なんだかんだで、サトルが来た。
あれだね、これ神様はあれだね。
見てるには見てるけど、見てるだけだね。
ああ、サトル…邪魔だなあ。
あと、夜とか超こえーし。
ねえ神様、いつか、健やかなるときも病める時もと誓える人が現れる日は来るのかなあ。
病める時を担うスキルだけ尋常じゃないくらい上がってるんだけどなあ。