しかし、なぜ「法」の字が「はっ」の読みになるのだろう。同類に「法被」というのがある。「服部」の「服」にしてもなぜこれが「はっ」という読みになるのか。(「はっ・とり」か「はっと・り」か、あるいは分解できないのかは不明だが。)まあ、音韻学上の理由はあるのだろうが、普通はそこまで調べることもなく、世間の無数の人の頭の中でブラックボックスとなっているのである。(言うまでもなく、「ブラックボックス」とは、利用はしても、その中身は不明という存在だ。自動車にしてもテレビにしても、たいていはブラックボックスだ。人間の文明全体が「ブラックボックス文明」だと言ってもいい。)
昔なら、そういう疑問が頭に浮かんでも、「法度」を国語辞典で調べ、あるいは学校で教師から言葉と意味を聞いた段階で終わりである。つまり、我々の知識は、「教師の言葉」と「国語辞典」の範囲内で収まっていたわけだ。
今はネットがあるから、その気になれば、「法度」がなぜそういう読みになっているのか、自分で調べることも可能だ。つまり、我々の知識は、全世界の知とつながっている。
これは人類史上の、新しい知の次元ではないだろうか。知の大爆発、知のパンデミックである。
大爆発と言うと、雲散霧消してしまうイメージがあるから、「パンデミック」がふさわしいだろう。ところで、パンデミックとは何ぞや、と思う読み手がいるかもしれない、と考えた親切な書き手は、即座に、ネットから
パンデミック(英語: pandemic、世界流行[1])とは、ある感染症(特に伝染病)が、顕著な感染や死亡被害が著しい事態を想定した世界的な感染の流行を表す用語である[2][3][4]。ただし英語のpandemicの意味は、「流行」という現象と「流行病」という病気との双方である[5]。前者は不可算名詞で、後者は可算名詞である。
語源はギリシア語のπανδημία(pandemia)で、παν(pan, 全て)+ δήμος(demos, 人々)を意味する[6]。
このように調べ、「これじゃあ、雲散霧消より悪いイメージではないか」と反省し、では「パンスペルミア」でどうだ、と考える。
パンスペルミア説(パンスペルミアせつ、panspermia)は、生命の起源に関する仮説のひとつで、生命は宇宙に広く多く存在しており、地球の生命の起源は地球ではなく、他の天体で発生した微生物の芽胞が地球に到達したものであるという説。
これも、「生命伝播」「生命渡来」であり、あまりふさわしくない。しかたがないので「生命爆発」という日本語で検索する。
どうも無さそうだが、こういうのがある。
カンブリア爆発(カンブリアばくはつ、Cambrian Explosion)とは、古生代カンブリア紀、およそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に突如として今日見られる動物の「門(ボディプラン、生物の体制)」が出そろった現象である。カンブリア大爆発と呼ばれる事もある[1]。
これを私は「生命爆発」と覚えていたらしい。「カンブリア」などという横文字が覚えにくかったためだろう。記憶の自己変造だ。
何はともあれ、我々の知識や記憶というものがいかにいい加減なものか、ということは上に書いたような実験で私自身再確認したわけだ。
人間の知の世界がいかにブラックボックスに満ちているかが分かろうというものだ。
余談だが、私が「法度」の漢字を思い出せずに四苦八苦したというのは、日本人(漢字文化圏の人間)の言葉の記憶は「視覚イメージ」で覚えられている、ということだ。漢字の形態(ゲシュタルトと言ったか)で漢字を覚えているのである。これが西洋人なら、音で覚えているだろうから、「ハット」を思い出せばそれで終わりだ。簡単だが、西洋のほうが、だからいい、とはならないだろう。思い出すのは簡単な代わりに、いざ文章をつづろうとなると、その正しいつづりはなかなか簡単には出て来ないのではないか。
ついでに、まったく無関係な話だが、花婿を英語で「bridegroom」という。そこで、「bridegroom and gloomy bride」という英語タイトルを思いついたのでメモしておく。英語人種には「l 」と「r」は別の音だろうから、「ブライドグルーム」と聞いて「gloomy(憂鬱な)」を想起する人はいないのかも知れないが、私は「ブライドグルーム」という英語を聞く(読む)と、いつも結婚前に既に結婚を後悔している花婿を連想しておかしくなるのである。なお、「groom」は「世話する」意味であり、花婿は結婚では脇役であることが当然視されている。(笑)
これも余談の余談だが、ゆうきまさみの漫画「じゃじゃ馬☆グルーミングup!」という題名は、シェイクスピアの「じゃじゃ馬馴らし」の題名を下敷きにしていると思うが、競争馬飼養牧場の話である上に、じゃじゃ馬娘を馴らす話でもあるから、ぴったりである。なお、この漫画は、まさに漫画史上に残ると言って過言でない名作である。