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「苦悩の年鑑」

太宰治は、「苦悩の年鑑」という短文集の中で、自分の政治思想の変遷を書いているが、案外この部分は正直に語っていると思う。自分にとって不利益になりかねない事柄だからだ。その前に、自分がもっとも嫌うのは「偽善」である、と書いている。小説というのは「嘘」ではなく、フィクションなのである。その中から何を読み取るかた読者次第だ。しかし、太宰は、自分に関すること、自分の姿や実生活に関することは、偽善的なことや嘘は言わない人間だと思う。むしろ偽悪家すぎるところがあるようだ。
その「苦悩の年鑑」から、幾つか、戦前から戦後の彼の政治思想の変遷に関する部分を抜き書きする。これは太宰を論じる人間が、ほとんど着目していない部分ではないか。何しろ、彼は民主主義者にとっては不都合なことを言っているのだから。

(以下引用)赤字は夢人による強調。この「恥ずかしかった」は、当時の庶民の多くが持った感情だろうが、その「恥ずかしい」を理解できない(下品な)人間も多いだろう。敗戦後の庶民のほとんどは、あの戦争について語らなかった。そこに、この「恥ずかしさ」の意味がある。誰もが、「自分も戦犯だ」と思っていたのだ。少数の恥知らずが、自己を美化して大いに語った。戦犯から代議士になり、中には総理になった者さえいる。
さて、また「歴史は繰り返されようとしている」。我々は歴史から何も学んでいない。



組織の無いテロリズム(注:226事件のこと)は最も悪質の犯罪である。馬鹿とも何とも言いようがない。このいい気な愚行の匂いが所謂大東亜戦争の終わりまでただよっていた。

中国との戦争はいつまでも長引く。たいていの人は、この戦争は無意味だと考えるようになった。転換。敵は米英ということになった。

指導者(注:主に軍部をさす)は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。

しかし彼らは脅迫した。天皇の名を騙って脅迫した。私は天皇を好きである。大好きである。しかし、一夜ひそかにその天皇を、お恨み申したことさえあった。

日本は無条件降伏をした。私はただ、恥ずかしかった。ものも言えないくらい恥ずかしかった。

天皇の悪口を言うものが激増してきた。しかし、そうなってみると私は、これまでどんなに深く天皇を愛して来たのかを知った。私は保守派を友人たちに宣言した。

十歳の民主派、二十歳の共産派、三十歳の純粋派、四十歳の保守派。そうして、やはり歴史は繰り返すのであろうか。私は、歴史は繰り返してはならぬものだと思っている。



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酔生夢人
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男性
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仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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