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社会道徳と「生きることのコスパ」

某スレッドから転載。
私も、現代社会で真面目に生きることのコスパの悪さについて考察しようと思っていたのだが、これは「犯罪者」特有の傾向ではなく、「下級国民」に共通した感想なのではないか。私のように、立小便以外の犯罪をしたことがない小市民でも「真面目に生きることはコスパが悪い」だろうと思っているのである。
ただし、コスパの中に「安全性」を要素として入れればもちろん、コスパの数値は「真面目に生きる」ほうが跳ね上がる。そして、一度犯罪的な行為をした者は、その後も犯罪に手を染めやすくなるのは理の当然だろう。つまり、「もはや後戻りはできない」状態になるからだ。そして、犯罪者には犯罪者の仲間世界があるから結構生きてはいけるのだろう。
バルザックの「ゴリオ爺さん」の中で悪党ヴォートランが主人公のラスティニャックに「美徳は切り売りできないんだぜ」と言っているのはそういうこと、つまり一般市民と犯罪者の人生の不可逆性だろう。


(以下引用)
■Twitterより


少年院の先生などいろいろ経験させてもらったけども、多くの犯罪者と呼ばれる人は「犯罪ってコスパ悪いよね」という一般的な感覚よりも「真面目に生きるのってコスパ悪いよね(もう諦めている)」が勝っている人が多い。

そしてなぜか被害者意識が強い人も多い。自分勝手に見える人が多いのはそのせい



個人的に最近の闇バイト(特にタタキ)に手を染める人の傾向で、自分の残りの人生を賭けて人生一発逆転狙っちゃっている感じする。

小さな犯罪や逸脱行為を繰り返し、「真面目に生きるのってコスパ悪いよね」という考えが骨の髄まで浸み込んでしまっているため、救いがない




<このツイートへの反応>

昔より努力が報われにくい時代ですからな…

欲望の形は人それぞれですからね
欲しい物がどうやっても手に入らないと確信した時が1番危うい気がします。


言い方悪いけど、パパ活も似たようなもんよな。
真面目に働く方が馬鹿らしいって言う価値観。
一応売りも犯罪なんだけどな。


「普通の幸福が得られる人生ゲーム」に参加できなくなって、「犯罪込み込み」で人生博打化するこの傾向、本当にマズいなあと思ってます。

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