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コンクリートとナイフ

太田忠司という小説家がいて、主にミステリーを書いているが、あまり全国的な知名度は無いと思う。昔読んでいたブログの主がこの作家のファンで、それで名前を知って幾つか読んだのだが、まあ、やはり全国区の人気は得られそうもない印象だった。だが、名前は覚えていたので、この前近くの図書館に行った時、児童図書の棚でその作品を見つけて借りてみた。この図書館は大人向けの本の蔵書数が呆れるほど少ないので、最近は児童生徒向けの棚を探すのである。
結果的には、昔読んで忘れていた作品だったのだが、物覚えが悪いと、同じ作品を何度読んでも同じレベルの楽しみがあるというメリットがあるww まあ、作品自体は、出て来る人物がみな性格が悪い印象で、あまり読んでいて楽しくはないのだが、最後になって、「これは主人公の主観で書かれていたので、周囲の人物は実はそれほど性格が悪くもないのではないか」、と思ったのは、私が最近「信頼できない語り手」という手法に関心があったからかもしれない。要するに、一人称視点の作品はすべて「その語り手が真実を言っているとは限らない」し、一人称ではなくても、主人公の視点を中心に書いていれば、それは「信頼できない語り手」になるのである。 何度も例に出すが、ディッケンズの「大いなる遺産」や、ドストエフスキーの「未成年」はそれだと私は思っている。そして、そういう作品は「映像化がほぼ不可能」という特徴がある。「大いなる遺産」は何度か映画化されていると思うが、たぶん成功したことは無いだろう。読んだことはないが、カズオ・イシグロの「日の名残り」なども「信頼できない語り手」の例のようだ。
で、最初の話に戻って、太田忠司のその作品には、推理小説としての欠陥(トリックが成り立たない)は幾つかあるが、コンクリートの劣化が中心トリックになっているのが興味深かった。というのは、今住んでいる田舎の町は過疎化が進んで、放棄住宅が多いのだが、特にコンクリートの建物の劣化が激しいのである。コンクリート住宅がこれほど劣化するのだという、見本市のようなものだ。
で、なぜコンクリート建築が劣化するのか、ということの説明がその小説の中にあって、それはコンクリートがアルカリ性だからだ、と聞いて成る程、と思ったわけである。アルカリ性だから、空気に触れていると酸化して中性化し、強度が減るわけだ。そして、内部の鉄筋が酸化、つまり錆びると、鉄筋の体積が増し、コンクリートに亀裂を入れる、という機序のようだ。これは私の見たコンクリート建築の廃屋の様子とよく一致している。ちなみに、コンクリートには砂利や砂を混ぜるが、その砂が海の砂だと、塩分のために劣化速度が速くなるようだ。つまり、誠実な業者の建てた建築と、不誠実な業者の建てた建築は、数年後にその劣化具合がかなり異なることになる。
なお、その小説の中で、私が無理だと思ったのは、木の枝か幹に縛り付けたナイフで、自分の背中を切るというトリックである。皮膚を露出した体なら刺すことは可能だろうし、少しなら切ることも可能だろうが、服の布地をそのナイフが「切る」ことは不可能だろう。布地というのは案外切れないものだ。剃刀ならともかく、ナイフでは無理だと思う。背中にナイフを当てて体を動かしても、ナイフが衣服を切るのは非常に困難だろう。釘などに引っ掛けて衣服が破れるのと「ナイフが切る」のは別なのだ。言い方を変えれば、ナイフは「刺す」武器なのである。顔などは切れるだろうが、衣服はほとんど切れないと思う。


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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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