忍者ブログ

或るラブストーリー

細部のリアリティから見て、実話だと思われる。


(以下藤永茂博士のブログ「私の闇の奥」から転載)

愛について想うことども(4)

2025-02-26 19:54:33 | 日記
 誠に美しいお話を伺いましたので、ご当人の承諾を得て、私のブログの記事として、掲載させて頂きます。
***************
私は5歳まで高知の漁村で過ごしました。2歳になる前に母が37歳で亡くなりました。父は半狂乱になりました。
母をとても好きだった(と周りの人たちから後で聞きました)上、その前年に7つだった息子(私の兄)を亡くしていたので無理もない事でした。
父は母を火葬にすることをどうしても許さず、母が好きだった、鮮やかな赤い花模様の化繊のスカートを棺に入れ、土葬にしました。
 
それから8年して父が死に、それからまた10年して親代わりだった祖母も死にました。母の死後、一家で転々として、私だけ一人生き残った時、私は関東に住んでいました。
高知は遠く、たまにしか家族の墓参りに行けません。それで、自分の近くにみんなを呼び寄せることにしました。お墓を移すためには、高知にいって、お骨を掘り起こして、火葬し直して持ってくる必要がありました。
 暑い夏の日に、丘の斜面の墓所に小柄な、日焼けした中年男性が2人、スコップや箒をもってやってきました。片方の男性の手首に数珠がかかっていました。地元にいて、いろいろ手配をしてくれた親戚のおばさんが「○○から来てもらったから」と言いました。○○は近くの村の名前です。「墓に関わる仕事は、○○の人がやると決まっちゅうきに」と言いながらおばさんはそっと、数字の四を表す手の形をしてみせました。私はその意味を知っていました。いわゆる「部落」の人を表す表現です。
 
男性たちは首筋を汗で光らせながら、墓石をどかし、骨壺を取り出していきました。最後に残ったのは母の墓です。骨壺ではなく、棺を取り出す作業になります。
真上からの照り付ける太陽の下、男性たちはスコップで黙々と土を掘ります。1メートルほどの深さまで行ったところで、棺が現れました。さらに深広く掘ると、数珠をした男性が穴の中に入りました。
「ではお棺をあけますよ」と言われたとき、私は怖かったです。亡くなった時はあまりに幼かったので、母の記憶がありませんでした。棺を開ければ、私は母と初対面になります。母には違いありませんが、20年近く土の下で眠っていた骸です。いったいどんな姿なのだろうという恐怖がありました。でも、とにかく「はい」と言いました。
地面の湿気を吸って重そうな、棺のふたがゆっくり空いたとき、そこに現れたのは、鮮やかな赤い花模様のスカートをまとった人骨でした。照り付ける太陽の光も相まってか、私は眼下の光景が夢か現実かわからなくなり、一瞬息が止まって、そのまま棺に吸い込まれそうになりました。その時、棺の傍らにいた男性が私を見上げて、良く通る声で言いました。「きれいなお母さんやのう!」私はふらつく足を踏み留めました。
「このきれいなスカートがよう似合うちょる。化繊でよかった。ちっとも傷んじょらん。昨日買うてきたみたいに。わしらこういう仕事をしゆうから、ようわかる。お骨になっても美人は美人や。あんたのお母さん、これがよう似合う人やったはずよ」そう言って男性は、数珠をはめた右手に左手を合わせ、短いお経を唱えました。
その後の顛末はよく覚えていません。きっとその方たちが母のも含めすべてのお骨をもう一度火葬するために、然るべき場所へもっていってくれたのでしょう。ただ、私が初めて会う母を「きれいだ」と言ってくれる人がいたことで、私たちの対面が怖いものでも異様なものでもなく、どことなく晴れがましく、しみじみとしたものになったという、感謝と感動だけは残っています。周囲のコミュニティからは、特殊な手のサインとともに眉を顰められる人たち、「穢れ」にまつわる仕事をするあの男性たちが、二十歳を過ぎたばかりの私の気持ちを優しく包んでくれたのを忘れることができません。
*****************
藤永茂(2025年2月26日)

拍手

PR

この記事にコメントする

Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass
Pictgram
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カレンダー

02 2025/03 04
S M T W T F S
11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析