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「認知症論」と「退屈論」

トイレに、作者名は忘れたが「退屈論」という文庫本が他の本と並んで、あるいは重なって置いてあるが、それとは別に先ほどネットで「認知症」の記事を読んだので、それと関連させて考察してみる。
言うまでもないが、「退屈論」の作者の名前を忘れた(今思い出したが、小谷野敦である。)ことから明白なように、私も「認知症」であり、昔風に言えば「健忘症」である。私はこちらの言い方のほうが好きだ。何しろ「健康に(あるいは健全に)忘れる」のだから、いい事のように思えるではないか。ついでに言えば、物忘れは「認知能力」の欠陥ではなく、「記銘能力」と「想起能力」の欠陥だと私は思っているが、それなら「認知症」という言い方自体が不適当だろう。ボケ老人でも、トイレを見て、それを食堂だと認知することはないだろう。まあ、ボケが極限状態になったら、それはまた別の話である。

要するに、「健忘症」とは、「覚える必要のないこと」や「思い出す必要のないこと」は覚えないし思い出さないという「健全な思考状態」なのだ、というのが私がここで主張する暴論である。まあ、暴論どころか健全な主張だと思うが、これは謙遜である。

若いころは脳細胞が未使用の状態だから何でも覚えるが、その覚えたものが「脳細胞(神経)の連結」となって、いわば「書き込みされたフラッシュメモリー」状態になり、その書き込みが増えると、それ以上の書き込みは不可能になるわけだ。それが老人の脳の状態で、それ自体は「素晴らしい有益な記憶の宝庫」なのである。しかも、「自分にとって重要な情報が精選されている」から、判断や意志決定が速い。私の場合、文章を書く速度は若いころの数倍速いと思う。
さて、これは「認知症」だろうか。もちろん、「新しい情報」を覚えるのが苦手になるのは欠陥かもしれないが、実のところ、「日の下に新しきものなし」であり、古典的な知識があれば、それと照合して新しい知識の重要性や非重要性は判断できるのであり、単に「次々と新しい情報を覚える必要がある」仕事ができなくなるだけの話だ。つまり、「判断する仕事」なら、老人は死ぬまで現役であり、それが昔の社会の「古老」という存在だったわけだ。

さて、「退屈」について論じよう。
老人の時間は退屈だろうか。1日24時間が自由に使えるが、贅沢はできないという、たとえば年金老人の生活は退屈だろうか。もしそうだとしたら、それはその当人が退屈な人間だからだろう。1日24時間が自由に使えるなど、それこそどこの王侯貴族の生活にも匹敵する贅沢な生活ではないか。
まあ、まず「退屈」とは何かを考察しよう。
「暇な時間」は退屈だろうか。あなたは、小学校や中学校の夏休みの最初の日、これから40日間、自由な時間がある、と考えて、いきなり退屈しただろうか。言うまでもなく暇な時間と自由な時間は同義である。
そして、定年退職した老人は、昔の小説の題名ではないが、「毎日が夏休み」なのである。それは不幸なのか、そして退屈な時間なのか。
もちろん、仕事は無くても、たとえば病気の夫や妻の介護の作業があるなら、退屈どころではないだろう。それは気の毒ではあるが、退屈論とは無関係なので、置いておく。
何もする必要がない時間が膨大に目の前にあるというのが、私の考える最大の幸福であるが、それは私という変人限定の話だとしてもいい。
要するに、世間の人々が想定する「退屈」とは、「有意義な生き方ができていない」という、自分で勝手に想定した「あらまほしき生き方」が前提なのではないか。
で、私に言わせれば、それは自分で勝手に作った手かせ足かせである。皮肉な言い方をすれば、その「有意義な生き方」は、誰かの金儲けの役に立つか、誰かの利益となるために自分を奴隷化することではないか。その「誰か」がどんな存在かは問わない。そして、その生き方は多くの人に賞賛されるだろう。私から見れば、実に気の毒な生き方である。他人のために自分の人生の時間の大半を犠牲にしたのだから、他人から感謝されるのは当然だが、自分自身はそれで満足して死んでいっただろうか。逆に言えば、そういう「立派な人」の人生を犠牲にすることで利益を得た人たちは、自分が恥ずかしくないのだろうか。また、そういう立派な自己犠牲的生き方を子供や周囲に教え、勧めてきた人たちは罪の意識はないのだろうか。
まあ、そういう自己犠牲の生き方にも「精神的満足」があるからいいのだ、という考え方もあるだろうが、いずれにしても「他人の犠牲の上に立って利益を得る」生き方、あるいは行き方は、下劣で卑劣だと私は思っている。

話が「退屈」からだいぶ逸れたし、長くなったので、退屈論の続きはまた別の機会にする。





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