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「侠」という精神

「侠」もしくは「任侠」(「仁侠」という言葉もある。)とは何か、ということを考えてみたい。
「侠」という言葉は、簡単に言えば「弱きを助け、強きをくじく」というフレーズで定義できるだろう。さらに言えば、その「強き」とは「社会的強者」つまり「権力の座にいる者」である。政治家、官僚、大金持ち、etcだ。
暴力団も権力の一部だが、ヤクザは、大衆小説や大衆映画ではそれこそ「任侠の徒」だとされている。つまり、「ヤクザ=暴力団」ではない、とする見方と、「ヤクザ=暴力団」だ、という見方の二つがあるから話はややこしくなる。だから、ヤクザ映画では「良いヤクザ」と「悪いヤクザ」の両方がいて、最後は良いヤクザが悪いヤクザの親分を叩き斬って、観客の鬱憤を晴らさせる、というのがパターンだ。
本当に良いヤクザがいるのか、私は疑わしく思っているのだが、ヤクザという存在は、庶民(弱者)が個人では立ち向かえない権力に、堂々と敵対し、戦う、という側面もあることは確かだ。なぜなら、権力が法秩序を自分たちの権力維持の防御壁にしているのに対し、ヤクザは最初から法秩序から除外された存在だからだ。つまり、アウトロー(無法者)である。そして、無法者も、集団を作ることで、法秩序が簡単には潰すことのできない存在となる。彼らは、法に保護されていないから、法を恐れもしないわけで、これは権力の座にいる者にとっては敵にするよりも懐柔して味方に付けるほうがいい、という判断が下されることも多い。したがって、先に書いたように、現代の暴力団は権力の下部組織の一つだ、と見るべきだろう。警察と暴力団の仲の良さは、よく聞くところだ。
さて、「侠」というテーマに話を戻すが、「弱きを助け、強きをくじく」という精神は男らしさの極致であり、西洋の騎士道精神もこれと似たものだ。一方、世間でもてはやされる「武士道精神」とは、お家や主君のために滅私奉公することを理想とする、実に権力にとって都合の良い精神であり、侍が「弱きを助け、強きをくじく」働きをしたという話は(「七人の侍」などのフィクション以外では)聞いたこともない。ただ、その、「名誉を重んじ、死を恐れぬ精神」が尊敬や畏怖の対象となってきただけだ、と私は思っている。もっとも、「名誉を重んじる精神」というのも、主君や主家のために命を投げ出させる意図で作られた装置であったのだろう。武士に戦場で死の恐怖を克服させ、敵に立ち向かわせるには、「名誉」(または「恥」)という概念がずいぶん役に立ったはずだ。つまり、主君にとって便利な道具であった、ということだ。
キリスト教を、「奴隷の宗教」だ、とニーチェは言ったそうだが、武士道は「社畜の精神」と言えるだろう。つまり、奴隷が奴隷であることを誇りとする、そういう倒錯的な精神だ。もっとも、「武士道」という言葉は明治以降のもので、それ以前には「士道」と言っていたのではないか。(だいぶ前に「葉隠」を読んだが、そこでは「武士道」だったかもしれない。)「武」の字が入ることで、「勇猛な精神」が実質以上に強調され、本来は「サラリーマン道」である「士道」の本質が見えにくくなったかと思う。
さて、またしても「侠」の話から話が逸れたが、毎度言う通り、私の文章は「行雲流水のごとし」で、思いつくままに書いているのだから仕方がない。最初から結論ありきの「論文」ではなく、まさに随筆であり、筆に従って書いているわけだ。
「侠」について、西部劇の「シェーン」なども例に挙げようかと思っていたが、この映画を見たことのない人に内容を伝えるだけの技量も気力も無いので、「侠」の精神が知りたければ、ヤクザ映画よりは「シェーン」を見たほうがいい、とだけ言って終わりとする。もっとも、古いヤクザ映画の中には、まさしく「任侠(あるいは仁侠)」精神そのもの、という映画も多いようだ。


書き忘れたが、現代では「侠」の精神が払底している、というのが私が言いたかったことの一つだ。つまり、真の男らしさというものが無くなり、ただ粗暴なだけの、「男」を誇示する言動が男らしさとはき違えられているのではないだろうか。真の男らしさは、根底に弱者へのいたわりと優しさがあるはずだ、と私は思っているのである。仏様のような穏やかさと真の男らしさは矛盾はしない、ということだ。これは私が実際に知っている或る人物を念頭に置いて書いている。
いざという時に勇敢な行為ができれば、それが男らしいということである。
太平洋戦争の時の話だが、(男らしさや勇気を誇示している代表である)ヤクザや暴力団員というのは、実は兵士としてはまったくの役立たずであることが多かったようだ。





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