この一件(夢人注:カネを出して薪を買うという「不可解」なことを目撃したこと。)は彼にとって、大変な衝撃であった。町では自分の思いどおりではなく、他人が望むように生きねばならぬことを、思い知らされたのである。四方八方から、他人が自分を取り囲み、一挙手一投足に至るまで、制限を加える。デルスはもの想いに沈み、引き籠るようになった。痩せて、頬がこけ、何だかぐっと老け込んだようだ。
次に起きた小さな出来事で、デルスはすっかり心の均衡を乱されてしまった。彼は、私が水の代金を払っているのを見たのである。
「何てこと!?」デルスは、またしても叫んだ、「水の代も、払うか? 川、見なさい」と、彼は、アムール川を指差した。「水、たくさんある。地べたと水と空気、神様ただでくれたもの。どうして金、払うか?」
彼は、最後まで言い切らぬうちに、両手で顔を覆い、自分の部屋に引き下がってしまった。
(アルセニエフ「デルス・ウザラ」安岡治子訳より)
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