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なぜ世間は小さな悪には大騒ぎするのか

まあ、昔の映画で人物が煙草を吸うシーンなど、やたらに恰好良かったから、若者への影響力も強かっただろうが、フィクションの中の些細なシーンまで文句をつけ、描写ができなくなるという風潮は、昔の(今もあるが)「言葉狩り」に似ている。
沖縄のことわざで言えば、「見ぬもの清し」で、たとえばレストランの厨房で料理に唾が吐き掛けられていても、客はその料理を美味い美味いと食うようなものだ。目の前にさえ無ければ、何が起こっていても平気だ、というわけである。こういう姑息な精神が大きな悪を温存する。
脇役俳優のコカイン事件で、政治的案件が「見えなくなる」のも、「小さな事柄に大騒ぎすることで大きな事柄が見えなくなる」ということだ。
喫煙の害悪は別問題、と言うかもしれないが、体に悪いものを摂取するのは当人の勝手である。肉だって砂糖だって塩だって害悪と言えば害悪だ。野菜の大半は本来は有毒だったのだ。煙草には精神の安定、満足感というメリットもある。そんなものより大きな悪は無数にある。



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TVやマンガからキャラ付けや歴史的事実である古い時代の喫煙シーンまでも消えようとしつつある昨今ですが、ここで昔描いたマンガを貼っておきます→『クルクルくりん』第57話「この子に限って…!?」(とり)








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酔生夢人
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男性
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仙人
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考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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