森鴎外に「じいさんばあさん」という短編があって、若いころに見合い結婚をした武士夫婦が、夫が政治的事情で遠方に流され、老境になってやっと故郷に帰ってきたのを、結婚した最初から夫大好きだった妻がいそいそと迎えて、ままごとのような「新婚」夫婦生活を始める、というほほえましい話である。
結婚というものの本当の意義は、お互いの人生を「より楽しく明るく心強くする」ところにあるのであって、恋愛とは別のものだ、というのが私の考えだが、それなら老人同士の結婚、あるいは老人になっての初婚というのも、大いにあっていいのではないか。
なお、エッセイストとして有名な阿川氏だが、さすがに文章に芸がある。「文春砲」についての言及も面白いし、母親の認知症も、読者に不快感を与えないように軽いユーモアに包んで書いている。
(以下引用)
作家・エッセイストの阿川佐和子さん63歳、年上男性と結婚
産経新聞 5/17(水) 20:33配信
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作家でエッセイストの阿川佐和子さん(63)が結婚したことが17日、明らかになった。阿川さんの事務所によると相手は元大学教授の男性(69)。9日に婚姻届を提出したという。阿川さんは「くだらないことに笑い合って、ときどき言い争いつつ、穏やかに老後を過ごしていければ幸いかと存じます」とコメントしている。報道各社に送ったFAXの文面は次の通り。
◇
このたび、五月の始めにわたくし、阿川佐和子は六十三歳にしてようやく結婚いたしました。その件について、週刊文春5月18日発売号にて報告させていただきました。
こんな高齢者の結婚を、わざわざマスコミの皆様にお伝えするような事柄とも思えませんが、普段、各界の著名な方々にインタビューをする立場上、まして週刊文春では「阿川佐和子のこの人に会いたい」にてゲストに根掘り葉掘り聞き出す対談連載を二十五年間も続けている身として、自分のことは「聞かないで!」と拒否するわけにはいくまいと覚悟を決め、無謀ながら文春砲の本拠地にて書かせていただきました。些末なことと恐縮しつつ、ここに報告させていただきます。
相手は六十九歳の一般人で、バツイチです。もはや定年退職した隠居の年齢ではありますが、幸いにして、まだ細々と教育関係の仕事を続けております。
残念ながら父は二年前に他界しているので正式な報告はできませんでしたが、もの忘れが進み始めた母や、兄弟、親戚、母の世話をしてくれているご夫婦など、ごく身近な人間には紹介し、入籍の報告をいたしました。
母はとうの昔に娘の結婚については諦めていたようで、今回のことを伝えると、「え? サワコが結婚するの? 誰と? どうして?」と、かなりの驚きよう。でもまもなく忘れるらしく、弟が、「さあ、サワコの結婚相手との食事会に出かけるよ」と言うと、「え? サワコが結婚するの? 誰と? どうして?」を繰り返す始末。いまだに会うたび、同じやりとりを続けております。もはや母の頭の抽斗からは「娘が結婚する」という一大事業が完全削除されているらしく、今後も定着することはなさそうです。こうなったら毎回、驚いてもらうしかありません。
相手を家族に紹介するための小さな食事会は執り行いましたが、それ以上、挙式や披露宴、パーティなどはいっさい予定しておりません。まだ双方の親の介護もありますし、喫緊の仕事が詰まっている現状もあり、とりあえずは区役所に届けるという経験をしたことだけで、しみじみと実感しているところです。
実際問題、姓が変わるということは、パスポートも免許証も銀行口座も実印も保険証も、こんなにたくさん書き換え事業があると知り、あたふたするばかりで、まだその作業も終わっていない状況です。苗字を変えるのは、面倒なものなのですね。この歳になるまで知らなかったです。
今後はできることなら、互いの健康に気遣いつつ(これが何よりのテーマです)、足腰が丈夫なうちにできるだけたくさん好きなゴルフをし、おいしいものを「おいしいね」と言い合い、くだらないことに笑い合って、ときどき言い争いつつ、穏やかに老後を過ごしていければ幸いかと存じます。
マスコミの皆様におかれましては、恐縮ながら、この一文をもってご了解いただけますよう、どうかよろしくお願い申し上げます。
2017年5月
阿川佐和子