第三十三章 ライオネルの遺した物
ビンデン郡に入ったフリードは、領主の館を訪ねた。ライオネルとミルドレッドの住んでいる館である。二千人の軍隊を見たビンデン郡の兵士たちは慌てふためいたが、国王の巡幸であると思って、フリードを恭しく迎えた。ここには、まだケスタの謀反の噂は届いていないらしい。
久し振りに見る赤毛のミルドレッドは、以前と変わらず逞しく美しかったが、ライオネルの方は病床に臥せっているということであった。
「病気の具合はどうだ?」
尋ねるフリードに、ミルドレッドは首を横に振った。
「いけないのか?」
「医者の話では、あと数日の命だとか」
「わしが会っていいものだろうか」
「是非、会ってやってください。きっと喜ぶでしょう」
フリードは寝室に入って、寝台に寝ているライオネルを見た。
室内は暗かったが、窓から入る光に照らし出されたライオネルの寝姿は、どことなく神々しい雰囲気がある。
彼は目を開けて、フリードを見た。そして、にっこり微笑んだ。
「国王陛下! わざわざ見舞いに来てくださったのですか?」
フリードは心に恥ずかしく思った。
「いや、済まぬ。お前が病気だということさえ知らなかったのだ。こんなことなら、もっと早く来るのであった。いい医者に見せたものを」
「いやいや、最後にお目にかかれてよかったです。あなたと出会ったおかげで、楽しい日々を送ることができました。もう、思い残すことはありません。ただ一つ、ミルドレッドとの間に子供ができなかった事を除いては。あいつも子供は欲しがっていたのですが。……そうだ!」
ライオネルは、何かを思いついたように、目を輝かせた。
「陛下、恐れ多い事ですが、どうかミルドレッドとの間に子供を作っていただけないでしょうか」
「な、何を馬鹿な事を!」
「陛下がお厭でなければ、私が死んだ後、ミルドレッドの事を頼みたいのです。どうせ、私が死ねば、心細い女の身、誰か他の男の物となって、この領地も財産もすべて失ってしまうでしょう。どうか、陛下があいつを引き受けてください」
フリードは、彼の言葉が、実は以前からミルドレッドに気があった自分の事を見抜いてのことだと分かった。
「お前がそう言うのなら、引き受けよう。もしも男が生まれたらライオネルと名づけよう」
フリードの言葉に、ライオネルは、頷いて、目を閉じた。
「どうか、ミルドレッドを呼んでください。この話をしておきましょう」
寝室から出たフリードは、ミルドレッドに、中に入るように告げた。
しばらくして部屋から出てきたミルドレッドは、何ともいいようのない泣き笑いのような顔をしていた。
「何て馬鹿な、何て優しい男だろう! 自分が今にも死のうとしている時に、他人の事しか考えていないなんて」
フリードは、彼女にどういう顔を向ければいいのか分からなかった。
「私があんたに惚れていた事を、あの人はずっと知っていたんだよ。でも、本当に馬鹿だよねえ」
ミルドレッドは、涙のにじんだ顔をまっすぐにフリードに向けた。
「で、あんた、……陛下なんて言わないよ。女にとっては男はみんなただの男だからね……あんたは私の事をどう思ってるのさ。ライオネルの言う通りにしてもいいのかい?」
「ああ、そうしたい。ずっとあんたが好きだったんだ」
「ならば、もっと早く言えばよかったのに!」
ミルドレッドは、顔をフリードの胸に埋めた。
その顔を持ち上げて、フリードは彼女に接吻した。その接吻は、甘く、官能的であり、彼女の唇や舌は思ったより小さく可憐で、柔らかであった。
ビンデン郡に入ったフリードは、領主の館を訪ねた。ライオネルとミルドレッドの住んでいる館である。二千人の軍隊を見たビンデン郡の兵士たちは慌てふためいたが、国王の巡幸であると思って、フリードを恭しく迎えた。ここには、まだケスタの謀反の噂は届いていないらしい。
久し振りに見る赤毛のミルドレッドは、以前と変わらず逞しく美しかったが、ライオネルの方は病床に臥せっているということであった。
「病気の具合はどうだ?」
尋ねるフリードに、ミルドレッドは首を横に振った。
「いけないのか?」
「医者の話では、あと数日の命だとか」
「わしが会っていいものだろうか」
「是非、会ってやってください。きっと喜ぶでしょう」
フリードは寝室に入って、寝台に寝ているライオネルを見た。
室内は暗かったが、窓から入る光に照らし出されたライオネルの寝姿は、どことなく神々しい雰囲気がある。
彼は目を開けて、フリードを見た。そして、にっこり微笑んだ。
「国王陛下! わざわざ見舞いに来てくださったのですか?」
フリードは心に恥ずかしく思った。
「いや、済まぬ。お前が病気だということさえ知らなかったのだ。こんなことなら、もっと早く来るのであった。いい医者に見せたものを」
「いやいや、最後にお目にかかれてよかったです。あなたと出会ったおかげで、楽しい日々を送ることができました。もう、思い残すことはありません。ただ一つ、ミルドレッドとの間に子供ができなかった事を除いては。あいつも子供は欲しがっていたのですが。……そうだ!」
ライオネルは、何かを思いついたように、目を輝かせた。
「陛下、恐れ多い事ですが、どうかミルドレッドとの間に子供を作っていただけないでしょうか」
「な、何を馬鹿な事を!」
「陛下がお厭でなければ、私が死んだ後、ミルドレッドの事を頼みたいのです。どうせ、私が死ねば、心細い女の身、誰か他の男の物となって、この領地も財産もすべて失ってしまうでしょう。どうか、陛下があいつを引き受けてください」
フリードは、彼の言葉が、実は以前からミルドレッドに気があった自分の事を見抜いてのことだと分かった。
「お前がそう言うのなら、引き受けよう。もしも男が生まれたらライオネルと名づけよう」
フリードの言葉に、ライオネルは、頷いて、目を閉じた。
「どうか、ミルドレッドを呼んでください。この話をしておきましょう」
寝室から出たフリードは、ミルドレッドに、中に入るように告げた。
しばらくして部屋から出てきたミルドレッドは、何ともいいようのない泣き笑いのような顔をしていた。
「何て馬鹿な、何て優しい男だろう! 自分が今にも死のうとしている時に、他人の事しか考えていないなんて」
フリードは、彼女にどういう顔を向ければいいのか分からなかった。
「私があんたに惚れていた事を、あの人はずっと知っていたんだよ。でも、本当に馬鹿だよねえ」
ミルドレッドは、涙のにじんだ顔をまっすぐにフリードに向けた。
「で、あんた、……陛下なんて言わないよ。女にとっては男はみんなただの男だからね……あんたは私の事をどう思ってるのさ。ライオネルの言う通りにしてもいいのかい?」
「ああ、そうしたい。ずっとあんたが好きだったんだ」
「ならば、もっと早く言えばよかったのに!」
ミルドレッドは、顔をフリードの胸に埋めた。
その顔を持ち上げて、フリードは彼女に接吻した。その接吻は、甘く、官能的であり、彼女の唇や舌は思ったより小さく可憐で、柔らかであった。
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