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引用元:
なんG流行語大賞に選ばれたから
気の赴くままにつれづれと。
私は記憶が良い、名前や顔については別だが。私は一度読んだものは忘れはしない、然しこれには不都合なこともある。――私は世界の傑作の小説なら二三度は皆読んだがもうそれを興味をもつては読み得ないのだ。近代の小説には私の興味のわくようなものは殆どない。そんなわけで数限りなくあるあの探偵小説がないとしたら私は娯楽に途惑うであろう。読む人を魅了し去つて時の経つのを忘れしめるがさて一旦読み了ると記憶から忽ち去るあの探偵小説がなかつたとしたら。
いまやビデオゲーム市場はメンタルクリニックの待合室のようだ。
そこでは制作者が直面した憂鬱や病や困難が吐露され、主として「『MOTHER』シリーズに影響を受けた奇妙なビジュアル」*3の形式で打破されたり抱擁されたりする。憂鬱はアートとなり、不安は商品になる。この世界ではあなた固有の絶望はあなたに固有のものではない。「個人的なことはすべて政治的なことである」という現代アクティヴィズムの魂は狡猾に収奪され、末尾に不可視の一文を書き添えられた。「そして、なにより、商業的なことでもある」と。(中略) 振り返ってみればインディーゲームの歴史は、常にメンタルヘルスと象徴的な関連を有していた。
上に載せた1962年の文章を読めばわかるように、明治や昭和においては漢文や古文由来の表現を文章に盛り込むことが教養の証とされていた。
現代ではそうした教養の証が「いかにカタカナ外来語を盛り込むことができるか」に取って代わったことは、「カタカナ語の氾濫」がたびたび話題になることからも明らかだ。(小池百合子の「アウフヘーベン」やコロナ禍における「オーバーシュート」など)
2021年の文章(あるブログから勝手に拝借させていただいた)においてもカタカナ語の積極的な使用が見受けられるが、それ以上に顕著なのは「翻訳文体の自己内在化」であろう。
この2021年の文章は翻訳文ではない。にも関わらず、あたかも英語から日本語へと翻訳したかのような雰囲気を感じるのは私だけだろうか。
例えば英語特有の皮肉っぽい筆致や、直訳調の日本語(「あなた固有の絶望はあなたに固有のものではない」「象徴的な関連を有していた」)など。
さらに言えば、1962年の文章はある英語参考書に載っていた「翻訳文」である。昔の翻訳文よりも、一から日本語で書かれた現代の文章のほうがかえって翻訳文らしい、そう思うのは私だけだろうか。
思うに、これまでは単語レベルでの英語化が進んできたわけだが、現在に至っては「文体レベルでの英語化」が進んでいるのではないだろうか。
そしてそれは全く不思議なことではない。現代の日本人は海外のネットサービスに頼り切っている(グーグル、アマゾン、ツイッター、ネットフリックスなど)。
そうしたネットサービスでは、英語から翻訳された翻訳調の日本語がはびこっている。
コロナ禍の自粛生活も相まって、ネット漬けになった日本人は知らず知らずにこうした日本語を吸収し、内在化しつつあるのではないか。
とはいえ、こうした傾向を私は批判したり悲観したいわけではない。
かつて日本語は漢文を手本にしていたし、それが現在は英語に変わっただけであって、むしろ日本語の歴史に鑑みれば正統な進化だといえる。
日本語と英語の距離が近くなればなるほど英語学習の負担が軽減されるだろうし、英語難民の日本人にとってはむしろ喜ばしいことだと言えるかもしれない。
追記:この種の翻訳文体について言及している人がすでにいました
https://twitter.com/tera_sawa/status/1214451516641169408?s=20&t=J7ox5uBkdsprDDWwftFjrA
追記2:どうせ誰も読まないと思ったら伸びててびっくり
念のため付け加えると、引用させていただいたブログの文体も個人的には好きなので決してディスっているわけではないです
「同性婚」に関する違憲判決である。
「同性婚は憲法違反」なら、わかるんだけどね…
そして、「宗教にいかなる特権も与えない」という憲法20条に違反しての…
「同性婚」に関する違憲判決である。
「同性婚は憲法違反」なら、わかるんだけどね…
たとえば、
アップルのオーナーとツイッターのオーナーが「同性婚」したらどうなるだろう?
だいたい企業のオーナーは圧倒的に男性であり、「女性」はリスク要因でしかない。
「同性婚」により、これまで以上に安全に
大金持ちは自分たちの資産を守ることができるようになる。
こういう不平等拡大の原因になるものを「平等」のスローガンで唱えられるとは…
こんな詐欺が堂々まかり通るとは、日本人はついにクルったのであろう。
「日本人の5割くらいは5行以上の長文読んで意味を取ることができない」まじか・・・ 何度言っても自分がやっている作業のメモを取ることができない学生は、入試偏差値60超の学部を出身した大学院生にも、しばしば見かける。 twitter.com/YSD0118/status…
これ、業務用ドキュメント作成するときもかなり気を遣うところ。 自分自身は長文が全く平気なので、自分なりに「レベルを落とした」つもりでもまだまだ・・・ってことがかなり多く。 twitter.com/TakahikoNojima…
言われてみれば、これも 5行以上だ…… RST(リーディング・スキル・テスト、読解力テスト)の例題で、正解率は中学生で 38%、高校生で 65%。 twitter.com/TakahikoNojima… pic.twitter.com/dySkYI6zRD
個人的な感覚としては、 5行以上の長文に関しては、拒否反応が働く 決して、5行以上の長文を読み取るスキルが無い訳ではなく、 読み取ろうとするには、相当の動機、覚悟がいるので、関わりたくないという判断で押し進めてしまう、、、という 前頭葉的、メンタル的な問題なんだと思う twitter.com/piyota0/status…
これについての感覚の差異って割と怖くて、私や母は「文字が目に入ると即座に文字と認識し、読む」「5行程度なら目を通すだけで一通り意味は読み取れる」っていう性質なのに対して、 弟や父は「文字はそうと認識しない限りただの模様」「長い文は極度に苦手」って差異が家族中でもあって怖い。 twitter.com/TakahikoNojima…
引用元:
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