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仮城としての自衛隊

宇佐美保氏のブログより転載。
「仮城」という概念が気に入ったので転載した。
この場合の「城」は日本式の城ではなく、中国式の城、つまり町全体を城壁で囲んだ、いわば城塞都市を言うものだろう。周りが敵である、という状況の下で、民を守るために作られたのが「城塞都市」であり、町を囲む「城壁」である。
まさに自衛隊は城壁のようなものだ。城壁の役目は「防衛」にある。専守防衛をモットーとする自衛隊にふさわしいたとえだろう。
それがハウルの動く城みたいにノコノコ動いて、他国を攻撃しに行くのでは「自衛隊」の名前に背こうというものだ。他国攻撃をする組織を軍隊という。であるから、宇佐美氏が言うように、自衛隊は軍隊ではなく仮城なのである。
なぜ「仮」の名を付けるかと言えば、遠い未来にはすべての国で軍隊が無くなり、それとともに戦争もなくなるだろうからである。すなわち周り中が敵である、という状態ではなくなるから城壁の必要性もなくなる。それまでの仮の城なのである。
その時には自衛隊は、人を殺すための組織、つまり軍隊ではなく、これまでの自衛隊が主な任務としてきた「災害救助」専門隊となり、真に国民を救うためにのみ存在する組織になるだろう。いや、今でも自衛隊の実情はそうなのだが(そしてそこにのみ「世界で唯一、人を殺さない軍隊」である自衛隊の価値があるのだが)、その「非攻」(墨子)の精神を捻じ曲げて「攻撃用軍隊化」する、つまり「殺人組織」に変えようというのが「戦争法案」であり、「集団的自衛権」なのである。


(以下引用)




自衛隊は軍隊でなく仮城です

201546


宇佐美 保


 


 東京新聞(2015325日)に於いて次の記述を見ます。


http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015032501001026.html


 


 



  菅義偉官房長官は25日の記者会見で、安倍晋三首相が自衛隊を「わが軍」と国会答弁したことに野党が批判を強めていることに関し、問題ないとの認識を示した。「自衛隊が軍隊であるかどうかは、定義いかんによるものだ。(答弁が)誤りとの見解は全く当たらない」と述べた。

 


 同時に「自衛隊は憲法上の制約が課されており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるが、自国防衛を主な任務とする組織を軍隊と呼ぶのであれば、自衛隊も軍隊だ」と説明。首相の答弁は外国軍隊との共同訓練について言及したもので、一連の答弁で「自衛隊とも言っている」と強調した。


 


 相変わらず、詭弁を弄しての口先人間ぶりに呆れてしまします。


東京新聞は、「安倍晋三首相が自衛隊を「米軍」と国会答弁した」と書くべきだったのでないでしょうか?


 


 又、ジャーナリストの今井一氏は、「Hajime Imai〈今井 一〉 @WarszawaExpress」に於いて次のようにツイートされております。


 



 9条の会など護憲派は「自衛隊は違憲、自衛戦争も放棄」と明言してから抗議しないと説得力がないよ。


 


こちらは、四角四面に文章に拘られております。


 


 しかし、私は、拙文《奇跡と仮城の平和憲法》に於いて、「自衛隊」に関して、次のように記述しました。


 


 


 

「法華経」の中には「仮城」なる優れた喩えがあるではありませんか!?


 


 仮城(日本国語大辞典:小学館)


法華経に説く七喩の一つ


 


大乗の究極の悟りを宝所にたとえて、そこに達する途中の遠くけわしい道で、人々が脱落しないよう一行の導師が城郭を仮作して人々を休ませ、疲労の去った後、更に目的の宝所に導いたというたとえ。


大乗の涅槃に達する前段階としての小乗の方便の涅槃をいう。


 


 


 私達の「目的の宝所」は、武器軍隊の放棄です。


 


でも、私達には、今すぐその目的までには一気に行き着けなくてモガイテいます。


 


この様な私達にとっては、「自衛隊」と云うのが、この「仮城」の一つではありませんか?!

 


 


(この「仮城」の件については拙文《自衛隊と軍隊 どっちが分かり易い?》をも御参照下さい。)


 


 『テロとの戦い』と大声を張り上げるとんでもない人がいますが、『テロとの戦い』に於いて、軍隊、武器が無益であることは、既に明らかです。


『テロとの戦い』を聲高に唱える人達は、戦いが続けば続くほど「武器が売れて商売繁盛」となる方々でしょう。


日本までも、その仲間入りをしようとするには驚きです。


 


 そこで、≪平和憲法は奇跡の憲法≫には、次のように記述しました。


 


 


  私は、常々、日本はこの「常不軽菩薩」たるべきだと思っています。

 


そして、日本(常不軽菩薩)は、世界各国に向けて“「菩薩の道(即ち、「平和憲法」:戦争放棄)」を行ずることによって「仏(即ち、平和)」になりますよ。”と説いて廻るべきだと思っています。


 


 そうすれば当然のこととして、世界各国はそれを聞いて、嘲笑したり、悪口を言ったり、ののしったり、あてこすりを言ったりしますが、日本(常不軽菩薩)はじっとそれを堪え忍ばなくてはならないのです。


 


そして、いつの日か、皆(世界各国)この菩薩(日本)の教化(即ち、戦争放棄)によって、正しい教えに入ることを成し遂げ、仏(平和)へとつながる道を歩むことができるようになりました。


 


となるべきだと思っているのです。


 


そして、その宿命を日本が負わされているのだと思っているのです。



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