裂音(れつおん)忽(たち)まち舎内(しゃない)火と化す 1千難民逃げるに所なく 金庫の中の如(ごと)し 親は愛児を庇(かば)い 子は親に縋(すが)る 「お父ちゃーん」「お母ちゃーん」 子は親にすがって親をよべ共(ども) 親の応(こた)えは呻(うめ)き声のみ 教室校庭に焼き殺される… 白骨死体如火(ひのごとし) 火葬場生焼女人(にょにん)全裸 腹裂(はらさけ)胎児露出 悲惨(ひさん)極此(これきわめり) 生残者虚脱 声涙不湧(せいるいふゆう) 噫(ああ)何の故あってか無辜(むこ)を殺戮(さくりく)するか…
書「噫横川国民学校」
アメリカB29夜間東京空襲 闇黒東部忽化火海江東一帯焦熱地獄 茲本所区横川国民学校 避難人民一千有余 猛火包囲 老若男女声なく再度脱出の気力もなし 舎内火のため昼の如く 鉄窓硝子一挙破壊 一瞬裂音忽ち舎内火と化す 一千難民逃げるに所なく 金庫の中の如し 親は愛児を庇い子は親に縋る 「お父ちゃーん」「お母ちゃ―ん」 子は親にすがって親をよべ共 親の応えは呻き声のみ 全員一千折り重なり 教室校庭に焼き殺さる 夜明け火焼け尽き 静寂虚脱 余燼瓦礫のみ一千難民悉焼殺 一塊炭素如猿黒焼 白骨死体如火葬場生焼女人全裸腹裂胎児露出 悲惨極此 生残者虚脱 声涙不湧 噫呼何の故あってか無辜を殺戮するのか 翌十一日トラック来たり一千死体トラックへ投げ上げる 血族の者叫声今も耳にあり右昭和二十年三月十日未明 米機東京夜間大空襲を記す 当夜下町一帯無差別焼夷弾爆撃 死者実に十万 我前夜横川国民学校宿直にて奇蹟生残 倉庫内にて聞きし親子断末魔の声 終生忘るなし
ゆういち(井上有一=1945年3月10日横川小学校で教員として宿直業務付いていたが奇跡的に助かった。書「噫横川国民学校」は群馬県立近代美術館蔵)。