全体的な意義については、こちらに書きました。今回はより細かく具体的な内容について検証していきます。
これまでの漁業制度のメリットとデメリット
是々非々の議論をするための前提として、まずは、漁業の現状について説明をします。これまでの日本の漁業制度では、日本全国に数多く存在する漁協に、前浜の漁場の自治権(共同漁業権)を与えて、その漁場の中でのルールは漁業者の話し合いで決めることになっています。このような漁獲規制の方法はTerritorial Use Right for Fisheriesと呼ばれ、多くの国に導入されています。
日本での自主管理の代表的な成功事例としては、由比のサクラエビを挙げることができます。サクラエビの自主管理は1970年に始まりました。漁業者による資源の奪い合いを防ぐために、水揚げ金額を全員で均等に配分するプール制度を導入して、安定した利益を上げています。今年は、小型で未成熟のエビが多くなったために、11月は禁漁をすることになりました。
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20181118-OYT1T50122.html
このように漁業者が主体的にルールをつくると、非合理的な決まりになりづらいし、みんなで決めたことは守られやすいという利点があります。しかしながら、サクラエビのように自主管理が機能している漁業はむしろ例外です。
当事者の話し合いで決める方式は、当事者の数や多様性が増すと、合意形成のハードルが跳ね上がるのです。下の図は三重と愛知付近の共同漁業権の区画を示したものです。共同漁業権が設定されているのは緑の線で囲まれた部分です。沿岸に沿って、細かく区割りされていることがわかります。
一つの区割りの中で完結している資源なら、「当事者の話し合いで決める」というやり方は機能します。しかし、複数の区割りをまたぐような資源、特に巻網や定置網など複数の異なる漁法で利用される資源の場合は、利用者が顔を合わせる機会がないので、当事者の話し合いで決める方法は機能しません。
サクラエビが自主管理をできたのは、定住性の小規模資源だからです。サクラエビは狭い範囲に生息していて、由比と大井川の二つの漁協しか漁獲できません。二つの組合が連携をして規制をすれば、他の漁業者に横取りされることなく、大きくなったエビを自分たちで確実に獲ることができるのです。
共同漁業権の外側では企業経営の大型船が操業
共同漁業権は沿岸の狭い海域にしか設定されていません。その外側では、大型漁船も含めて自由に魚を獲ることができます。県をまたいで操業する大規模な漁業(大臣許可漁業)の中でも、漁獲量が多い沖合底引き網漁業と大中巻網漁業についてみてみると、その大半がすでに会社経営体になっています。今回の法改正で企業の参入のハードルが下がると報じられていますが、それは養殖の話。天然資源を漁獲する漁業に限ってみると、大型漁業はすでに企業化が進んでいるのです。
大規模経営体と小規模経営体が、規制が不十分なままで魚を奪い合えば小規模経営体に勝ち目はありません。かつては、サバは日本全国の沿岸で豊富に獲れたのですが、沖合の大型船の漁獲で減少し、八丈島のサバ棒受け漁業は消滅してしまいました。
共同漁業権の仕組みだけで、沿岸の小規模漁業を守ることが出来ないのは、沿岸漁獲量の推移からも明らかです。
このような事態を防ぐには、以下の2点が必要です。
1)水産資源を十分な水準に維持すること
2)小規模漁業の漁獲を確保するために、予め漁獲枠を配分しておくこと
今回の法改正で、個々の漁船に漁獲枠を予め配分しておく個別漁獲枠方式(IQ方式)が導入されることになりました。IQ方式なら、早獲り競争に劣る小規模漁業でも、獲り分を確保することが出来ます。また、ライバルの動向を気にせずに、魚の価値が高くなる時期まで待って操業することも可能になり、魚の質の向上や収益の増加も期待できます。
今回の漁業法改正では共同漁業権の仕組みはそのまま残ります。なので、これまでの沿岸漁業の既得権を剥奪するような改正ではありません。IQ方式を適切に運用して、大型漁業の漁獲を抑制すれば、早獲り競争で不利な小規模漁業の生き残りに寄与することになります。
漁業法改正の問題点
IQ方式の導入は、日本の漁業の復活に不可欠なものです。今回の法案は、全体としては悪くない出来なのですが、運用に関する細かい部分に粗が目立ちます。残念ながら、現在の法案にはいくつか問題があり、運用しだいでは漁業に大きな害をなすと考えます。
1) 過剰漁獲枠の問題:科学の独立性
1997年から日本でも7つの魚種に漁獲枠が設定されています。しかし、資源水準に対して、過剰な漁獲枠が設定されていて、資源管理の体を成していません。例えば、サンマの場合、今年は予想以上に漁獲量が伸びて10万トン程度の水揚げなのですが、日本政府が設定しているサンマの漁獲枠は27万トンです。サンマのみならず、サバ類、マアジ、スルメイカなど他の魚種でも、最近の漁獲実績を3-5割ぐらい上回る大盤振る舞いの漁獲枠が設定されています。全体の漁獲枠が過剰に設定されている現状で、漁獲枠を個別配分したところで管理効果は期待できません。
過剰な漁獲枠が慢性的に設定されている背景には、業界・行政・政治からのプレッシャーがあると思います。資源評価のプロセスを、業界・行政・政治から独立させて、透明性を高めていく必要があります。資源評価機関の独立性を確保できる法案にすることが望ましいです。
2) 不透明性な漁獲枠配分ルール:小規模漁業を軽視する漁獲枠配分の可能性
法案では、大臣が沖合漁業と沿岸漁業(都道府県ごと)に漁獲枠を配分し、都道府県の中では知事が船毎に漁獲枠配分をおこなうことになっています。しかし、漁獲枠をどの様なルールに基づいて配分をするかについては、何の記述もありません。小規模漁業に十分な漁獲枠が配分されれば、IQ方式によって、小規模漁業は守られますが、小規模漁業への配分が少なければIQによって小規模漁業が淘汰されることも考えられます。
クロマグロで実際におこったことですが、水産庁の一存で、大型船の漁獲実績が多い年を基準に過去の実績に応じて配分してしまいました。その結果、沿岸漁業者の不満が爆発し、デモや訴訟といった事態に発展しています。IQ方式に移行すると、数多くの魚種で同じことが繰り返される可能性が高いでしょう。
FAO 責任ある漁業の行動規範(6.18)やSDGs14などにも小規模漁業への配慮の重要性が明記されています。大型漁船優先の配分にならないように、日本の漁業法においても、「小規模伝統漁業者の雇用に配慮して配分をする」と明記すべきと考えます。
3)当事者参加が必要なのに海区調整委員の選挙を廃止:
漁業者が獲りたい漁獲量と、資源の持続性の観点から許容される漁獲量には、大きな差があるのが普通です。なので、どの様な配分をしても漁業者は不満を感じることになります。少しでも不満を和らげて、納得感を高めるには、合意形成のプロセスに漁業者を参加させる必要があります。例えば、ノルウェーでは、漁業者の代表が話し合って漁獲枠の配分を決定します。日本でもいきなり同じ事は出来ないかも知れませんが、漁業者の関与を増やしていく努力が必要です。
漁業の調整を行う海区調整委員という制度があります。これまでは漁業者の選挙で選ばれた委員がいたのですが、選挙制度が廃止され、都道府県知事が任命するのみになりました。確かに、海区調整委員が持ち回りの名誉職になってしまい、選挙が形骸化している海区もあるのですが、当事者参加の仕組みを無くすべきではありません。むしろ、いろんな人が参加できるように間口を広げるべきでしょう。
4)漁船のサイズ規制撤廃は資源回復した後の話です
これまでは、魚の獲りすぎを防ぐために、漁船の大きさを規制してきました。トン数が決められた中で、魚を多く獲るには、船倉をできるだけ大きくする必要があり、結果として、住居スペースが切り詰められることになります。
IQ方式に移行して、個々の船が漁獲枠で規制をされるようになると、漁船の大きさの規制は不要になります。もし、個別漁獲枠方式が機能しているなら、漁船のサイズ規制は取り除いて、十分な住居スペースが確保できるように自由に漁船をつくっても問題がないことになります。
理屈の上ではそのようになるのですが、実際に日本のIQ方式が機能するかは未知数です。前述の過剰な総漁獲枠が是正されないことも想定されます。過剰な漁獲枠を個別配分しても、規制としての効果は得られないばかりでなく、大型化した船が過剰な漁獲枠を消化して、更に資源減少が加速することも考えられます。漁船サイズなどこれまでの規制を撤廃するのは、IQ方式が機能をして、資源回復が確認できた後にすべきです。現時点でサイズ規制を撤廃するのはリスキーです。
まとめ
以上見てきたように、全体としては評価できる内容なのですが、運用に関する部分に粗が多く、運用次第では、資源の減少を加速させたり、小規模漁業を衰退させたりすることになります。クロマグロの漁獲枠の運用などを見ると、かなり悲惨なことになる可能性もあります。
野党には、是々非々の議論を行って、以上の4点について修正していただくことを期待します。