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憲法より礼儀が大事?

まあ、この校長の発言がうっかりミスなのか、意識的な憲法disりなのかの判定は不可能だろうが、結果だけ見れば、生徒に憲法軽視思想を植え付ける効果は明白にあるだろうから、問題視され、場合によっては何かの処罰を受ける必要はあるのではないか。これは、教育者である人間が、公的発言としてやったから問題行動なのであり、その「ミス」(ミスだったか確信犯だったかは知らないが)に対して責任は問われるべきだ、ということだ。
ついでに言っておくと、コメントの中に、同様に憲法を軽視するコメント(校長の行動を擁護する発言)もある(最後のコメントがそれ。わざと掲載した。他の右翼工作員コメントは汚物として処理。これも汚物だが、サンプル。)が、べつに憲法を神聖不可侵視するのではなくとも、憲法は国の法律の基本精神であり、憲法軽視は法律軽視であるわけだ。青少年を指導する立場の人間がそういう問題行動を取れば、問題視されて当然だ、という単純な話である。


コメントの中にもあるが、「礼儀」のほとんどは「上長への服従」を意味するものである。上下関係を常に意識させるために礼儀が作られた、と言ってもいい。相手へのいたわりや愛情があれば、儀礼的に決められていなくても、相手を尊重したふるまいを自然にするだろう。そして、「目下をも尊重する、礼儀正しいふるまい」も生まれたはずだ。だが、実際には、上のものがふんぞりかえり、下のものは土下座する、というのが「礼儀」となってしまっている。

私は歴史的人物の中で大久保利通がわりと好きなのだが、彼は非常に威厳のある人間で、彼が役所にいる時といない時では、役所の雰囲気がまるで違ったそうである。だが、それで部下が委縮しないように、彼は部下には常に笑顔で接するように心がけていたそうだ。そういうのが本当の礼儀だろう。


なお、このツィートは2015年のものらしく、なぜ今になって浮上してきたのか知らないが、安倍右翼政権下で起こる現象のひとつとして、類似した出来事はあちこちで起こっているだろうから、水面下にあるそれらの現象の代表として取り上げる価値はあるかと思う。


(以下引用)こういう記事を転載すると、必ず「字数が長すぎて掲載できません」と表示される。やむなく、大部分をカットした。


坂井和歌子@waka929 2015年7月31日

埼玉の公立中学校の学校だよりで校長が「憲法より礼儀が大事」という文章を掲載。学生時代の埼玉在住の友人がFacebookで「え?…(゚Д゚)」と紹介したところ話題となり、今日の埼玉新聞に掲載されたそうです。


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