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忠君思想と防衛機制

最近、古代史の本をよく読む(流し読み、飛ばし読みだが)のだが、不思議に思うのは、古代の兵士がなぜ戦(いくさ)の場から逃げ出さなかったのか、ということだ。もちろん、逃げだしたら、戦の後でその逃亡兵士の家族が皆殺しにされたからだろうが、そういう「脅迫」でもない限り、喜んで戦闘に出る下層民などいたはずはない。
時代が下ると、「忠君思想」というものが出てきて、自分から喜んで戦闘の場に赴くというキチガイが(特に武士階級に)生まれてくるわけで、そういうキチガイでもなければ武士の資格は無いくらいのものである。ただ、それが本当に「忠君思想」、つまり、主君のために喜んで死ぬのかどうか、疑問の余地はある。
実際には「一所懸命」、つまり、自分の土地を守るために命を懸けたのであり、主君はその保証をしてくれる存在、つまり、本領安堵の御恩を与え、家来はその御恩に報いるために奉公した、というのは日本史で習うことだが、しかし、現実の戦の場では「主君のため」と思い込んで奮戦し戦死したのだろうと思う。もちろん、それは自分で自分をそう洗脳したのであり、そうでも思わないと馬鹿馬鹿しくて死ぬ気にもなれなかったのではないか。こういうのを確か「防衛機制」と言ったと思う。つまり、自分の自我、あるいは精神の平静を守るために、自分で自分に嘘をつき、それを信じる無意識的心理である。
まあ、現在でも、自分の生存基盤や家族を守るために、上の命じるキチガイ行為をする組織人は当たり前に存在し、上の人間は下の人間のそういう心理を利用して彼らを思いのままに使用するのである。

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