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「完成させようと思うと雑になる」

ももせいづみという人の「暮らしの旅あるき」というブログから転載。

深い話である。


(以下引用)



ももせいづみのつづれ書き~

12時間円柱を描きつづけてはじめてわかったこと。「気づく」までにはたくさんの時間がかかるのに、みんな先に教わってしまうんだね。

2016.04.24 Sunday 14:26
2
4月から美大の学生になった。
美大といっても、大学生と一緒に通う形のもんじゃなくって、ムサビが社会人向けにやっている各種学校のほう。
普通に19歳と一緒に美大に入るには、私にはほかの生活がありすぎるので、1年分のカリキュラムを、私は週2日づつ2年かけてやってる。

これは人生のリベンジなんである。
とにかく、どうやったって絶対絵を描きたくて、学びたいのは美術で、ほんでもって高校の美術の先生も「君は絶対美術系に進みなさい」って言ってくれてたにもかかわらず、親に強固な権力行使をされて普通大学にしか学費を払ってもらえなかった。ってか、それ以外は選択の余地なしで、父親のDVも恐ろしかったので、そうするしかなかった。

今の時代、得意なものを探せ、やりたいことをみつけろ、進路を早めに定めろってさんざん言われてるのに、当時、それをちゃんと高校一年生から定めていた私は、ちっともやりたいことなんて選ばせてもらえなかった。
コツコツためたおこずかいとバイト代で、1人で内緒で代ゼミの美大用のデッサン教室に通った。
ほいでも、何をいっても、まったくぜんぜん聞いてもらえなかった。超進学校で、担任も味方してくんなかったよ。「うちは美大のノウハウないし、行きたいなら自分でなんとかすれば」って。


てやんでえ。



最初にやりたいことからつまづいてしまったあと、人生をいっぱい迂回して、
デザイン事務所に入ってみたり、イラストで仕事したり、WEBデザイン仕事にしたり
子ども育てながらは、いろいろ創作系の教室やらセミナーを探しては参加した。
周辺をぐるぐる回ってはみたけど、やっぱりぜんぜん違うのだ。

自分は「美大」に行きたかったんだよ。
「美術」を学びたいの。「技術」じゃなくって。


ということで、リベンジなんである。




で、リベンジしてみて、ほんとにうれしいなあ、と思うことがあったので書いてみる。




最初の課題は、円柱と四角柱を木炭で、ただ延々とデッサンするってものである。
木炭なんて何十年ぶりに持った。

ほで、描き出した。
モチーフはこんなもん。



最初に先生から言われたのが

「デッサンは完成させようと思うな。思った瞬間に、雑になる」

つまりのところは、「完成させる」ことを目的にすると、どうしてもなるべく早く完成することを目指すので、いろいろなことがおざなりになり、ろくなことがないということらしい。

で、とりあえずは線が何本重なってもいいから形を取ることを繰り返せ、と。
しばらくデッサンって何か、構図がいかに大切かって話しを聞いて、とにかく対象物をよく見ろと繰り返され

それで先生いなくなって、それから20人ほどいるおいらたちは、ぽかんと放っておかれ
その日は終わって翌日になり
まだまだ放っておかれ

さすがにもうわかんねーよ
ってかもう7時間も描いてるのに、指導なしかよ。
ほったらかしかよ、と、その場にいる人たちの
気持ちの中がざわざわとしてきた。

ほで、中にちょいデッサン歴のある子がいて、その子が陰影を付け出したので
みんなつられるように陰影を付け出し

それにしても、私はもう自分のデッサンはほぼ完成していると思っているので
にあと何をしたらいいのかがてんでわからず
陰影を付け出しても、それが正しいのかどうかもてんでわからず

「教えてもらわなくっちゃ、わからないじゃんよー」

なんてことを隣の人と話していた。
いまここで書くととってもこっぱずかしい気がするけど
自分は一応デッサンの経験があるもんで、ちゃんとうまく描けている(と思っていた)のだ。
受験のためのデッサン、一通りしたわけだし>かなり前だけど。
円柱と四角柱ぐらい、お茶の子さいさいであろう。これで十分、と。

ら、そんなところに



ひとりの先生がやっと、やってきた。

んだもんで、みな周りに集まって
「教えてくれ」
「私の絵はどこがおかしいのか」
「影の付け方はこれでいいのか」


と、にわか騒がしくなった。
そしてたら先生は、「みなさん、ちょっと進め方が早すぎます」という。

早いも何も、もう円柱と角柱の形取り1枚だけで9時間ぐらい描いてるよ。
意味わかんない。
先生が一人一人を回り出したので
私が「もう自分のどこが悪いのかぜんぜんわかりません。この場所がちょっとゆがんでるみたいで
ずっと直してるんですが、どうでしょう」と言ったら

「ちょっと左に傾いてますね」という。

嘘だ。絶対平行だ。私の目にはそう見える。
なので、定規で測ってやった。

曲がってた。3mm。

すごい。私の目は、その傾きが見えてなかった。

で

「形は一カ所だけ直しても意味がないんです。何かがおかしいなと思うときは、たいてい全体が
 どこか違っています。違っている場所をすべて、少しづつ修正する。それが基本です」

と言われた。
ものすごく深淵なことを言われた気になる。
何かがおかしいと思うときは、そこだけを直しても直らない。
おかしくないと思っている場所も、少しづつ歪んでいるから、全体に手をつけなくてはいけない。
仕事のプロジェクトとか、人間関係とか。
なんか全部に通じる気がしてきた。
いや、わかんないけど。もっと単純なことかもしれないけど。とにかく深いような気がしてきた。


なんで、全体を見直して少しづつ修正をはじめる。
少しづつ、なんだか整合されてくる。
うむー、深いと思っていた頃、描きはじめて10時間ほど経ったところで
真打ちの先生が登場して、全体を見てまた

「早すぎる」

と言った。



木炭でただ円柱と角柱の形を取り続けて10時間経って、「早すぎる」。
ほええ。

デッサンは完成させようと思ってはいけない、雑になると言われたことを思い出し
そして、そういえばこの人に、一番最初に言われたのが


「描き方を教えるのは簡単だ。でも、大事なのは自分で気づくことだ。教えられることに慣れた人間は、自分だけの力で同じことができなくなっていく。気づく目を持つには、対象物と徹底的に向き合う時間が必要なんだ」

ってことを思い出す。



なんか自分

いままでの人生、常に、答えだけを欲しがっていたのかも。

教えてもらわなくちゃわかんないじゃん! とぶーたれた自分って、まさにデッサンで
「やっちゃいけないこと」をしてたんだなーって思う。

思えば仕事しながら、ほんとにいつも
いかに早く完成させるか
効率よく進めるか
なるべく多くのことを時間内にこなすか

みたいなことばーっかり考えてきたなーって思う。
本意じゃないところで、なんだか時短のプロみたいになっちゃったところもあるし
時代的にはライフハックが流行して、効率よいことに価値が見いだされ続けてきたわけで

そんな風になっている自分の感性に、しみじみと入ってくることがいっぱいあるなー。
デッサンするだけで。

ほいで、全体をちょいちょい修正して、なんだかもう完成じゃん? と思ってた私のデッサンだけど
そこから先生が

「カルトンを対象物の前に置いて、距離を取って10分以上見ろ。すぐに動いてはいけない。
長い時間、ふたつを見比べてみろ」

というので、そういうのをしてみた。
ら

ちがうちがう。
ぜんぜんちがう。

あそこ曲がってる。
あそこの長さ違う。
円柱じゃなくて楕円形かも。2mmぐらい。

明るさの差がおかしい。
テーブルの線の位置も違う。

もう違うところだらけだった。


数時間前には、もう何も修正する必要もない、完成だと思っていた自分の絵なのに。

たぶん、教えてもらうことは簡単だったのだろうけれど
大事だったのは、いま、自分で気づけたことなんだ。
そのために、12時間必要だった。
いや、まだまだ必要だけど。でもとりあえずは、気づいた。
ほっとかれた時間、意味があった。すごい。



デッサンの教室は、いくつか通ったことがある。
でも、どれも時間内に完成させることが大切で、完成を目指して時間配分をした。
特に受験系のデッサンは時間配分がとても大事で、完成させなくちゃいけないから。
カルチャースクール系の場所では、先生がていねいに描き方やコツを教えてくれた。

そういうことじゃなかったんだ、ってはじめてわかった。
それは、やっぱり、ふんだんに使える時間があるからこそ、なんだろうと思う。
で、それだけの時間がないと、「腑に落ちる」形で気づかないことって、いっぱいあるのかもしれない。

だってね、完成系として最初の円柱と角柱のデッサンされたものが必要なのであれば
一番確実で簡単なのは、写真に撮ってトレースすることなんだよ。
​仕事だったら絶対そうする。それが通用すれば、デッサン力なんて必要ないってことになる。
時代は、ちょっとそんな傾向にあるような気もする。


いまの子どもたちはほんとに時間がなくって
なるべく早く答えを得て
時間内に多くを処理して
効率よく学ぶことが繰り返されていて

仕事をしたらしたで
とにかく早めの納期で手を動かすことばかりを繰り返してしまう。

その前の「見る」こと
「気づく」ことに
自力でたどり着く時間も、サポートもなくて

そん中で、いろんな想像力や、気づく力が衰えてしまってるんじゃないかなーって思う。



大事なのは、気づくこと。

大事なのは、ただただ、見ること。


★ がっつり対象物と向き合って、時には距離を置いてじーっと見つめてみるだけで、正しいと思っていたことが、ぜんぜん違っていることに気づく。

★ 違っているなと思った時は、一カ所がおかしいのではなくて、全体が少しづつ違っているから、全体に手をつける必要がある。

★ 教えてもらうだけでは力はつかず、長い時間をかけて自分で「気づいた」時はじめてそれは自分の力になる。

デッサン一枚で大切なこと、いっぱい教わった気がします。


いま日本の学校からは急激に美術の時間が減らされているそうだけど
美術を学ぶことは
想像力を養うってことなんだよね。

で、その想像力ってのは、見て、気づいて、時間をかけて養われる。



おいらも頑張る。
 

 

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