小麦は食うな
引用元:
体に悪いものをたくさん食べて80歳で死んだ方が幸せや
気の赴くままにつれづれと。
〈ガンマGTPの数値を下げたけりゃ「健康診断の〇日前から断酒」しなさい! 200だった数値はどこまで下がる!?〉から続く
何を基準に考えたらいいか、わからない代表的な数字といえるのが「血圧」だろう。どれくらい高かったらリスクなのか、たとえば低いと認知症のリスクが高まるという説もある。書籍『健診結果の読み方 気にしたほうがいい数値、気にしなくていい項目』より一部抜粋・再構成し、知っておくべき血圧の最新情報をお届けする。
身体計測の次は、たいてい血圧測定になります。
医学的には「血液(血流)が動脈の内壁に与える圧力」が血圧です。単位は「mmHg」、水銀柱を何ミリ押し上げる圧力かを表しています。
血液は、心臓(左心室)が収縮することによって、全身に送り届けられます。このときの血圧がもっとも高く「収縮期血圧」、一般的には「上の血圧」と呼ばれています。逆に心臓が拡張して肺からの血液を取り込むときが、血圧がもっとも低くなります。これが「拡張期血圧」ないし「下の血圧」です。
基準はどうなっているのでしょうか。テレビCMなどでは、上が130を超えると大問題であるかのように煽っていますが、そんなことはありません。日本人間ドック学会の基準は、表6のとおりです。
130ぐらいなら「ちょっと気を付けましょう」といったレベルです。臨床的には、上が140以上(かつ下が90以上)になると、高血圧と診断されます。ただし159までは「Ⅰ度高血圧」、つまり軽い高血圧とされています。それでもすぐに薬を始めようという医者もいますが、まずは食事や生活習慣の見直しから、という医者も大勢います。ちなみに上130〜139は「高値血圧」といって、まだ様子見(経過観察)の段階です。
昔はもっと基準があまく、1987年より前は「年齢+90〜100」と言われていました。たとえば50歳のひとなら、140〜150より低ければ問題なしでした。
厚生労働省(旧厚生省)は1987年に高血圧の基準を発表しましたが「上180以上」というものでした。ところがそれがどんどん下げられて、2009年に130となったのです(高血圧治療ガイドライン2009:日本高血圧学会)。しかしさすがに行き過ぎとの声が大きく、現在は前述のように少し緩和されています。
では実際の血圧の分布は、どうなっているのでしょうか。次ページの表7に令和2年度(2020年度)の、東京都における収縮期血圧(上の血圧)の分布と、上下の血圧の平均値を載せました。
注目すべき点は、男女とも年齢に伴って「要注意」や「異常」の割合が増大することです。たとえば40代前半の男性では、要注意は22.7パーセント(「130以上140未満」と「140以上160未満」の合計)ですが、70代前半では52.1パーセントに達しています。さらに異常(「160以上180未満」と「180以上」の合計)は、40代前半男性で1.4パーセントしかいませんが、70代前半になると6.4パーセントになっています。女性でも同じ傾向が見られます。
また平均値を見ても、上の血圧は年齢とともに上がり続けています。40代前半と70代前半を比べると、男性で10以上も上がっていますし、女性では20以上も上がっています。
この問題について、加齢に伴って血圧が上がるのは自然な現象であって、むしろ年齢に応じた基準を作るべきだという意見が、かなり以前から出ていました。しかし実際に基準を変更しようという動きはまったくなく、若者から老人まで同じ基準が使われ続けています。
基準値が180以上の時代には、高血圧患者はかなり少なめでした(全国で約180万人)。表7を見ても明らかなように、いまでも180を超えるひとは、男性70代前半で1パーセントですし、女性70代前半で0.9パーセントに過ぎません。
基準値を厳しくしたおかげで、患者は大幅に増えました。潜在的な患者も含めて、全国で3000万人とも4300万人とも言われています。ただし厚生労働省の「患者調査(令和2年)」によれば、定期的に医者を受診している患者数の推計は約1500万人。患者の2〜3人に1人しか受診していないことになります。
高血圧を放置してはいけないという話を、よく耳にします。それが医学的には正しいのでしょう。しかし4300万人が本当に医者に行きだしたら、病院はたちまち患者で溢れかえり、医療崩壊を起こしかねません。さもなければ、今の「3分診療」が「1分診療」になるか、どちらかです。
それよりもこれだけ多くの潜在患者が出るような基準値そのものが、どこか変なのではないでしょうか。
血圧というと高血圧ばかりに注意が向けられていますが、低いほう、つまり「低血圧」はどうなっているのでしょう。
健診における低血圧の基準値はありません。日本高血圧学会の基準でも、上120未満、下80未満を満たせば、どれだけ低くても「正常血圧」と判定されてしまいます。とはいえ上が80以下になったら、お医者さんもかなり慌てると思います。心臓が止まりかけているかもしれないので。
表8は日本高血圧学会が決めた血圧の基準値です。「診察室血圧」は病院で計る血圧、「家庭血圧」は家で計る血圧です。大抵のひとは、病院では少し緊張するため、上の血圧が10〜20、ひとによっては30以上も高くなります。
そのため最近は、家庭血圧のほうが重視されるようになってきています。血圧が気になるひとは、家庭用血圧計を買って、家で毎日計って記録をつけておくべきです。それを医者に持っていって、相談すればいいでしょう。
それはともかく、この表のなかにも「低血圧」という言葉は一切出てきません。また日本「高血圧」学会は存在しますが、日本「低血圧」学会はありません。つまり日本では、低血圧は病気として扱われていないということです。
ただし世界保健機関(WHO)の定義があります。上100以下、下60以下の状態が継続しているものを、低血圧としています。日本でもこれに準じて診断している医師が大勢いるので、健診の最後に行われる「内科診察(医師による診察)」で「低血圧」と判断され、その旨が健診結果に記載されることがあります。
低血圧の主な症状は、めまい、立ちくらみ、朝起きられない、などです。しかし命にかかわることはなく、しかも動脈硬化、脳卒中、心筋梗塞などのリスクが低いこともあって、「低血圧は治療の必要がない」とする医師が少なくありません。また治療といっても、食事や生活習慣の改善指導が中心になります。
低血圧に悩むひとがどのくらいいるかは、よく分かっていませんが、人口の約1〜2パーセントとする説があります。人数で言えば、125万人から250万人といったところです。また男性よりも女性のほうが多く、男女比は1:2とされています。
そんな低血圧が「認知症の発症と関係しているらしい」という研究が、最近増えてきています。中年期では高血圧が認知症のリスク因子とされており、血圧を下げることで、将来の認知症をある程度予防できると考えられています。ところが老年期になると、むしろ低血圧が認知症のリスクを高めるらしい、ということが分かり始めてきたのです。
低血圧のひとは、血液が全身に十分に回りにくいですし、とりわけ脳はからだの最上部にあるため、血液不足になりやすいのです。しかも高齢になると、ほとんどのひとが動脈硬化になります。血管が硬くなるため、血圧を上げなければ、ますます血流が減ってしまいます。
つまり低血圧が続くと、血の巡りが悪くなって、脳細胞が酸素不足や栄養不足になるリスクが上がってしまうのです。そのことが認知症の引き金になるらしい、と考えられています。実際、高血圧の高齢者に降圧剤(血圧を下げる薬)を処方したら、血圧が下がり過ぎて、かえって認知能力が低下した、という話をよく耳にします。
結局、血圧が低すぎるのもよくないということでしょう。年齢とともに血圧が上がるのは、むしろ自然な現象と捉えるべきです。中高年は130〜140ぐらいあったほうが、頭も体も健康に暮らせるような気がしますが、どうでしょうか。
図/書籍『健診結果の読み方 気にしたほうがいい数値、気にしなくていい項目』より
写真/shutterstock
話はいきなり政治の話に飛ぶけれども、岸田総理は怖いね。その怖さは、狂人の怖さというか、無能力者の恐ろしさというか、そのようなたぐい。仮に、総理大臣が自衛隊に「尖閣諸島周辺の中国船を撃沈せよ」と命令したら、それって自衛隊は拒否できないよね。国会審議も何も必要ないよね。
そんなことを私が想像するのも、岸田総理が「平和が大切」とは言わないためだろうと思う。どう見ても、日本をいつでも戦争のできる国にするのが岸田総理の目標に思える。アメリカに指示されるがままで、そこが無能者の無能者たるゆえん。
今回のアメリカ議会での演説でも、「核兵器のない世界の実現」とは言ったけれども、平和な世界の実現とは言わなかった。それどころか「アメリカ、NATO、ウクライナはお友達」「中国、ロシアは敵」ということを強調していた。まあ、バイデン大統領の奴隷になっていることが嬉しくてたまらない総理大臣だから、そうなるのも分からないでもないけれど、一般国民としては恐ろしくて仕方がない。
アメリカは日本がどうなろうが知ったこっちゃないからね。日本が全滅しようが痛くも痒くもない。それどころか、日本が、そしてトヨタがなくなったらアメリカ製の車が売れると喜ぶくらいのものだろう。
そんなアメリカが日本に対して、中国を攻撃せよとこっそり命令したら、岸田総理はどうするだろうか。断れると思いますか? 断れるも何も、そもそも事態を把握していない人ではないかと思う。「めくら蛇に怖じず」の世界。だから何でも言われるがまま。
その点、もしかしたら韓国は賢いのではないかと私は思う。4月10日に行われた総選挙で、韓国与党が敗北し、野党の「共に民主党」大勝したという。「共に民主党」といえば、以前反日的な姿勢をあらわにした文在寅大統領の属していた政党になる。
これに関して日本では、「親日政権が支持されず、反日勢力が台頭した」と見る向きもあるようだけれど、実はそうではなくて、支持されなかったのは親米政権であり、支持されたのは親中勢力ではないかと私は思う。韓国にとっては日本などどうでもいいはずだ。どうせアメリカの腰巾着なのだから。
そして、この韓国の外交姿勢というか、世界観というのは正しい可能性があると私は思っている。どう考えてみても、アメリカやEUは落ち目の帝国であり、今やBRICSが昇竜の勢いなのだから。大国が間近にある弱い国の韓国としては、強い方に付くのが当然であり、自然でもある。納得できる選択だ。
そういえば、今年1月だったかな、台湾で総選挙が行われて、今回の韓国と同じ結果になっている。つまり、国のトップは親米だけれども、多数を占める野党は親中。韓国も台湾も、ちゃんと分かっているのですよ。アメリカに近寄り過ぎては危険であることを。1人日本だけが外交音痴の国で、あらぬ方向に向けて走っている。音痴に音痴と指摘したところでそう簡単には治らないから、行き着く先が不安になる。
日本はどっちに転んでも困難はある。日本は大国ではないけれども、そして、大国になるだけの実力もないけれど、かといって小国でもない。韓国なら中国に接近しても見逃してくれるけれども、日本となるとアメリカも必死になって止めるかもしれない。アメリカは世界一の " 野蛮人の国 " だけに恐ろしいよね。
だからといって、岸田総理のように擦り寄っていけば問題が解決するというものではない。斜陽の帝国アメリカは、今や日本を食い物にすることで延命しようと考えているからね。岸田総理は個人的に「どうぞ好きなだけ食べてください」と我が身を差し出しているけれども、国民としてはそれではつら過ぎる。
どうせ食われて死ぬや生きるやの思いをするのであるならば、私なら未来のあるBRICSに近づきたいと思ってしまうけれどねえ。それにしても、いつから日本は岸田総理の所有物になってしまったのだろう。彼は平気で娘を売り飛ばす父親のようなものだな。単に " いいふりこき " をするためだけに。
そういえば、岸田総理はアメリカでの記者会見の席上で、「同盟国たる中国」とバイデンを目の前にして堂々と言ってのけた。もちろん単なるケアレスミスとして処理されたけれども、実はそれがケアレスミスではなく、あえてイヤミとして、あるいは本音として、ケアレスミスを装って言ったのであれば、岸田総理も頼りになる総理大臣だけれどね。その可能性は0%だろうけれど。
第六章 競馬
ヒムロ・サエコとタイガ・ワタルが俺の探偵事務所を訪ねてきたのは、2日後だった。
「あんたに、仕事を依頼したい」
タイガ・ワタルはそう切り出した。事務所に姿を現した彼は、俺の推測どおり、身長が190ほどあり、幅も厚みも通常人の2倍近くある。ラグビーかアメフトの選手のような、あるいは重戦車のような体格だった。
「どういう仕事だ?」
「ローゼンタールの日本での活動拠点を知りたい。できれば、そのメンバーの情報すべても」
「商売のことなら、おそらく、一番の中心はゴルドン・サックス証券だな」
「そうじゃない。裏の活動の拠点だ」
「難しい仕事だな」
「それに、もちろん、危険な仕事だ。日本政府の高官でも知らないレベルの情報だろうからな」
「最上層部なら知っているだろうが、俺にはもちろん、そんなルートは無い。だが、あの婆さんなら、何かのルートがあるかもしれないな」
「婆さん?」
「月村静さ。何せ、おん年175歳だ」
そういう俺が、この前は彼女とデート気分で浮き浮きしていたことは内緒だ。
「おっと、サエコさんとやら。俺の心を読んじゃいけないよ」
サエコは軽く肩をすくめた。
「だけど、俺は、こちらからは動かない方がいいと思うよ。もしも、あちらがまだこちらの存在に気付いていない場合、こちらがあれこれ動くことで、存在を知られることになるからな」
「ふむ。なるほど、そうかもしれないな」
タイガ・ワタルは頷いた。俺はサエコに目をやって言った。
「君達には、時間は無限に近いほどある。俺なら、気楽に、毎日を楽しく生きるね。ローゼンタールのことは、相手が現れてから考えればいい」
「でも、相手と接触しなければ、相手を調べてもいいでしょう?」
「まあね。じゃあ、その依頼は引き受けよう。ところで、例の金儲けはどんな感じで進めている? 今のところ、あんたのテレパシー以外には、特殊な能力が無いなら、金を作るのも簡単じゃないだろう。これも月村婆さんに頼むか?」
「いや、それはしたくない。株か、ギャンブルをやろうと思うんだが、俺たちはそれも良くわからないんだ。あんたに教えてもらいたい」
「まあ、手っ取り早いのは競馬だろうな。あんたのテレパシーは、どのくらいの距離で心が読めるんだい?」
「普通の人間のひそひそ声を聞くくらいよ。せいぜい3メートルまでね」
「それじゃあ、パドックで騎手の声を聞くのも難しいかな。それともできるかな。あんたの能力があれば、もしかしたら金になるかもしれない。今日は土曜日だし、俺と一緒に競馬場にでも行ってみるか」
二人は顔を見合わせた。
「そうしよう。だが、今、金は100万円しか持っていないが」
「いいさ。今日は、別にこれといった確実な目当ては無いんだから。俺も少し、金を下ろして試してみよう」
たしか今は、府中開催だったかな、と考えて、俺は二人を連れて府中競馬場に行くことにした。馬券を買うだけなら新宿や渋谷のウィンズでもできるが、サエコのテレパシー(本当は、双方向的なものではないようだから、別の名称が適切なのだろうが)を利用するには、競馬場まで行く必要があるわけだ。
俺たちは、新宿から中央線で府中に向かった。
府中駅前の銀行で俺は金を100万円下した。
残念ながら、俺たちは特別観戦席に入れる身分ではないので、取りあえずは、パドックで馬を眺め、騎手の心を読むことにした。タイガ・ワタルを投票窓口の傍に待機させ、携帯電話で連絡してこちらの言う数字で購入させる手はずだ。もちろん、その前に勝ち馬投票券を買うマークシートの記入の仕方をレクチュアしたが。
俺とサエコはまず第五レースのパドックを眺めた。競馬などやるのは久しぶりだが、やはり心が浮き浮きする。俺が競馬新聞で検討している間に、サエコはパドックを周回している馬の口取りの心を読む。やがて、騎手が騎乗する。
「あ、あの人」
「ん、誰?」
「8番の馬に乗った人、今日のこのレースは、必ず勝てると思っているわ」
「それは、馬の力かな、それとも、レースが八百長ってこと?」
「わからない。でも、相当に自信を持っている。あっ。八百長みたい」
「ふむ。ほかに、勝つ自信を持っているのは?」
「2番の馬の人と、7番の馬の人」
俺は競馬新聞で第五レースの柱を見た。8番はほとんど無印で、黒三角が二つあるだけだ。そして、このレースの大本命が7番で、対抗が2番だ。7と8は同枠である。これは、大穴のパターンだ。
「わかった」
俺は携帯電話でタイガ・ワタルに三連単の「8-2-7」を10万円、「8-7-2」を5万円、「8-2」の連勝を10万円、「8-7」の連勝を5万円、8の単勝を20万円、複勝を50万円購入させた。
競馬初心者のタイガ・ワタルが、この指示にきちんと従えるかどうか不安ではあったが、「天与はこれを取らざれば、返りてその咎を受く」という言葉もある。いま、来たばかりのパドックで八百長らしい情報を手に入れたのも天与だろう。
俺とサエコは投票窓口に向かった。ちょうど、タイガ・ワタルのでっかい体が窓口に見えた。記入されたマークシートを出して、勝ち馬投票券、つまり馬券に代えるだけだから、彼が百万円という大金をこの一レースに投入したことは周囲の人間に知られることはない。もっとも、8番の馬の単勝オッズが9.6からいきなり9.2まで下がってしまったのだが。
さて、どうなるか。俺たちはわくわくしながら、レースの開始を待った。
いきなり、8番の馬がハナを切った。一角で先頭に立ち、そのままゆったりと逃げていく。4,5馬身離れて他の馬のグループが続く。2は中団、7は最後方のようだ。やがて4角を回り、後ろの馬団が密集してくる。しかし、8のリードはそのままだ。府中の長いバックストレッチを、逃げる8番を他の馬が追う。
「そのままっ!」
俺は、心の中で大声を上げた。
8番が先頭でゴールインしたが、2番手以下に何が入ったのかは分からない。それまで見届ける余裕がなかったのである。だが、掲示板を見ると、上から「8-2-7」となっていた。
競馬新聞の予想オッズでは、三連単の「8-2-7」は7800円、つまり78倍だ。直前で70倍くらいに下がったとしても、10万円の投資は700万円にはなったわけである。それ以外の当たり分を合わせると、おそらくこのレースで1500万くらいにはなったのではないだろうか。
俺たちは、顔を見合わせた。
「勝ったみたいね?」
「ああ。さあ、次に行こう。その前に、俺はいくらか換金しておくから、サエコはパドックに行っておいてくれ」
俺はワタルの手持ちの馬券の中から、8の複勝だけを抜いて、それを払い戻し機に入れた。帰って来たのは160万円だった。50万円の3.2倍である。俺はそれをワタルに渡した。
その後、サエコのテレパシーに引っ掛かる目ぼしい情報は無く、メインレースも本命―対抗で固く収まった。俺は気晴らしに自分の好みで馬券を1,2万円ほど購入したが、もちろん、すってしまった。
「あっ」
とサエコが小さく声を上げた。
「まただわ。今度は、11番と15番。特に11番ね」
最終レースである。俺は新聞を見た。それほどガチガチの本命はいないが、11番と15番はどちらも大きな印はついていない。これが来れば、大穴だ。
「ほかには?」
「よくわからないけど、5番の騎手の乗っている馬は、いい馬みたいね。何で、自分が勝たないのか、不満に思っているわ」
5番は、なるほど一番の実力馬だ。ということは、この馬は今回は連にも絡まないということか。
「1番と4番の騎手は、強い自信を持っているわ。『まともなら、勝ち負けだ』と考えている。どういうこと?」
「今回は、まともな勝負じゃない、ということだろう」
俺は、携帯でワタルに「11-15」の連勝複式を50万円と、11番の単勝20万円、複勝40万円、15番の単勝10万円、複勝40万円を購入するように言った。
窓口に行くと、空いていてまだ購入する余裕があったので、俺は自分の金で「11-15-1」と「11-15-4」の三連単を30万円ずつ買った。
12レースは、1着が11番、2着が15番、3着が1番だった。15番の単勝と「11-15-4」の三連単以外は、皆、当ったわけである。オッズは、11の単勝が9倍、複勝が4倍、15の複勝が5倍、11-15の連勝が120倍、11-15-1の三連単が250倍だった。つまり、俺の買った30万円は7500万円になったわけだ。
俺たちは、金額の少ない複勝馬券だけを換金したが、それでも700万円になっていた。残りは、他人に怪しまれないように後日換金することにして、俺たちはその場を退散した。
第七章 世界との戦い
タイガ・ワタルたちの前では「月村婆さん」などと言っていたが、俺はもちろん、月村静が好きなのである。少なくとも、外貌だけから言えば、俺がこれまで見たどのアイドルスターよりも美しいし、スタイルもいい。まあ、確かに、その目の表情が、深い淵のようで、そこは少々不気味だが、笑顔になれば、そんなことは忘れる。
俺は、新宿駅西口から歩いて5分のところにあるカーライル・ホテルに月村静を訪ねた。その時同行したのが、ヒュウガ・タケルとヒカゲ・アキラの二人である。彼らは、この前の競馬で世話になった礼を俺に言いにきたので、話のついでに、三人で月村静を訪ねることにしたのである。
これも話のついでに、俺はP5のメンバーの名前を確認しておいたが、漢字で書くと、「日向武」「日影明良」「大河渡」「氷室冴湖」「炎純」らしい。まあ名前などいくらでも偽名は作れるから、符牒の役割があればそれでいいのだが。
夜には出歩かないだろうという俺の予測通り、静は部屋にいた。(ついでだが、例のオーラ、つまり、聖痕は、明るいところではほとんど分からないので、明るい場所にいる限りは、問題無いのである。だから、武と明良の二人が夜に行動するのも、陰に行かないように注意すれば問題はない。)
「やっと訪ねてきたね」
月村静は俺たち三人を見て、部屋の中に通した。
「ローゼンタールについて、もっと詳しく聞きたい」
ソファに腰掛けながら、武がぼそっと言った。
「私に聞くまでもないわ。市販の本に、ほとんど出ている。いわゆる『陰謀論』の本ね。ただ、問題は、それがほとんど本当だということ。現在、世界の金は彼らが発行しているし、世界の資源も彼らが独占している。世界のほとんどの国の政府は彼らが支配し、大統領や首相は彼らが決定している。ついでに言えば、様々な宗教もね。それだけよ。その事実が、誇大妄想狂の書いたいい加減な擬似『陰謀論』と混ぜ合わされて見えなくなっているだけ。まともな人間は、『陰謀論』など相手にしないという風潮が、彼らを助けているのよ。もちろん、その風潮も、彼らがマスコミを使って作ったものよ」
「では、俺たちが彼らに対抗する手段は無いんじゃないか?」
「さあね。しかし、彼らの実験動物になるのはいやでしょう。それに、彼らが世界中の金と権力を手にしても、寿命だけは手に入れられないというのは、私のようなへそ曲がりには痛快だわ。そのためだけでも、私なら戦うわね」
「日本での彼らの組織はどうなってますか?」
「日本政府そのものを彼らは自由に操れるのだから、組織云々はあまり意味が無いけど、日本での最高権力者はアルフレッド・モーガンという男ね。もう七十近い爺さんよ。その片腕が、カール・モーガン、アルフレッドの息子ね。こちらはまだ五十にはなっていないはず。でも、そのレベルの人間にあんたたちが会うのはちょっと無理かもしれないね。それに、どういう形で彼らと戦うの?」
「テロしか無いでしょう。つまり、ローゼンタール一族を皆殺しにすることです」
「悪くはない考えだけど、中々難しいでしょうね。さっきも言ったように、彼らは世界の政府のほとんどを動かせるのよ」
「彼らの考えを変えさせるよりは、その方がやさしいでしょう。その『陰謀論』が正しいなら、人類の近現代史すべてを支配してきた一族が、自分のやりたいことをあきらめるとは思えない。敵に対する一番安全な対策は、敵を殺すことです。白人が、『良いインデァンとは、死んだインディアンだけだ』と言ったようにね」
月村静は、武の言葉にしばらく考え込んだ。武のこの考えは、おそらく彼女も考えてきたものだろう。
「まあ、私も、人を殺したことも何度もある人間だし、人を殺すことを悪いとも思わない。自分の身が危いときに相手を殺すのは、当然の権利さね。問題は、やるならうまくやるって事だね。これは月光族対ローゼンタール一族の全面戦争だよ。そして、あんたたち5人がその中心になるんだよ。その覚悟はあるかい? 逃げていれば、長生きだけはできるんだよ?」
「一度、仲間と相談してみますが、俺は戦いたいな。自分が、権力のお目こぼしで生きているというのは不愉快だ」
「俺もそうだ。まあ、しかし、他のメンバーはどうかわからないからな」
明良が武に同意した。
「5人ってのは、俺は入ってないってこと?」
俺は静に聞いた。
「まあね。あんたのような一般人に迷惑を掛けるわけにはいかないからね。私たちのことを黙っていてくれればそれでいいさ」
「いやだね。俺もあんたたちと戦いたい。何せ、世界全体を相手に戦うんだろう? 味方は増やしていかないと」
「あんたが良ければ、私は文句は無いよ。むしろ、嬉しいけどね」
「とりあえず、こちらの強みは、こちらが弱小なだけに、相手に存在をはっきりと知られる前に、準備ができるということだな」
明良が言った。
「やはり、まずは金だな。それで、武器を買う」
「ただの武器では意味が無いよ。普通の戦争をするんじゃないからね。相手の懐に飛び込んで、相手を倒していく、忍者的な武器が必要なんだ。そして、こちらの人数は少ないんだから、絶対にこちらはやられちゃいけない。もしかしたら、あんたたちの役に立つ武器を手に入れられるかもしれないから、明日にでも一緒に来るかい?」
俺たちは頷いた。
19. 50~60年前、患者が入院すると、常駐の往診医が問診し、徹底的に診察した。どの患者も45分から60分の精密検査を受けた。これは患者にとっても良かったし、若い医師が腕を磨くのにも役立った。最近では、入院してきた患者を若い看護師が診察し、カルテにDo Not Resuscitate(蘇生させない)の告知をするよう促す。DNR告知は、患者が何と言おうとカルテに記載される。
20. 医療におけるコンピューターやロボットの使用は新しいものだという誤った思い込みがある。そうではない。1974年、リーズで働く医師とコンピューター科学者のチームが、コンピューターが診断において医師よりはるかに優れていることを示した。一連の552人の患者を対象にした実験では、上級臨床医の診断精度が81.2%であったのに対し、コンピューターの診断精度は91.5%であった。その後、17,000人の患者と250人の医師を対象とした試験で、重度の腹痛に苦しむ患者の診断において、コンピューターがほとんどの医師よりもはるかに優れていることが確認された。最近では、複雑な外科手術にコンピューターが採用されている。アメリカでは、ニューヨークのIBMトーマス・J・ワトソン研究所のラス・テイラー[Russ Taylor]とカリフォルニア大学デービス校のハワード・ポール[Howard Paul]によって、股関節置換手術を補助するロボットが考案されている。フランスでは、グルノーブル大学のスティーブン[Stephen]が、脳手術ができるロボットの開発に取り組んでいる。イギリスでは、インペリアル・カレッジのブライアン・デイヴィス[Brian Davies]が泌尿器科研究所と共同で、前立腺手術ができるロボットの開発に取り組んでいる。ドイツでは、アーヘン大学のラルフ・モッジス[Ralph Mosges]が、耳鼻咽喉科の手術にロボットを使うことを計画している。コンピューターやロボットには多くの利点がある。それらは疲れない。スピーディーで予測可能。偏見に左右されない。何よりも重要なのは、製薬業界の媚薬や賄賂の影響を受けにくいということだろう。
低血圧は頭痛、めまい、食欲が落ちるなど日常生活に様々な影響を及ぼす場合があります。
低血圧により引き起こされる主な症状について解説します。
低血圧により、食欲の低下が起こることがあります。
特に朝食を抜く傾向がある方は注意が必要です。
栄養バランスの良い食事を摂ることで、低血圧の症状を和らげることができるため食生活を改善しましょう。
身体のだるさや体力不足、慢性的な疲労感などは、低血圧でよく見られる症状です。
気温や季節の変化によっても悪化する場合があります。
十分な休養を取ることや、適度な運動を行うことで症状を和らげることが可能です。
低血圧が原因で脳への血流が不足すると、頭痛やめまい、立ちくらみが起きる場合があります。
特に急に立ち上がった際に起こりやすいです。
急な立ち上がりは、下半身の静脈に大量の血液が集まることで心臓に戻る血液の量が減少し、血圧が低下する可能性があります。
立ち上がる際には、注意してゆっくり立ち上がりましょう。
低血圧は見逃されることが多い場合がありますが、実際には様々な健康リスクをもたらす恐れがあります。
こちらでは低血圧を放置するリスクについて解説します。
低血圧状態が続くと、体全体の組織や臓器に十分な血液が届かなくなる恐れがあります。
特に影響を受けやすいのは脳です。
脳への血流が不足すると、めまいやふらつき、集中力の低下、頭痛などの症状が現れる場合があります。
低血圧が重症化し、脳への血液供給が極端に減少すると、失神や意識不明の重体へ陥る可能性もあるため注意が必要です。
血圧が急激に低下すると、ショック状態に陥る危険性が高まります。
ショックは全身に血液が行き渡らなくなる重大な状態で、多臓器不全を引き起こし死に至るケースもあります。
低血圧によるショック状態は、特に外傷や大量出血、重度の感染症などが引き金となる場合が危険です。
低血圧が続くと、その他にも動悸や息切れ、手足の冷えなどの症状が現れます。
日常生活の質を低下させるだけでなく、長期的には心臓や腎臓などの重要な器官に負担をかけるため、低血圧は放置しないようにしましょう。
低血圧で困っている方には、日常生活で簡単に取り入れられる対処法があります。
低血圧の症状を和らげるためには、十分な水分補給が有効です。
成人は1日に約1.2リットル程度の水分摂取が目安です。
水分補給することで、血液の量を増やし血圧を一定に保つ助けとなります。
低血圧の改善には、栄養バランスの取れた食事が不可欠です。
具体的には次の栄養素をバランス良く摂りましょう。
これらの栄養素をバランス良く摂取し血圧の安定につなげましょう。
特に筋肉や血液を作るタンパク質と、血液の流れを助けるビタミンEの摂取が重要です。
また、塩分も適度に摂取しましょう。
塩分の材料であるナトリウムは血圧を上げる働きがあります。
ただし、塩分の摂りすぎは逆に高血圧のリスクを高めるため注意が必要です。
運動は血液の巡りを良くする上で効果的です。
ウォーキングやストレッチ、水中ウォーキングなどは下半身を効果的に使うため、血流がよくなります。
急な動きをしないよう無理のない範囲で継続していきましょう。
カフェインは交感神経を刺激し心臓の動きを活性化させることで、血圧を上げる効果があります。
また、カフェインには毛細血管を拡張させる作用もあるため、血液の流れも良くなります。
食後に血圧が下がることの多い方は、コーヒーや紅茶などでカフェインを摂ることがおすすめです。
今回は低血圧の原因や症状、そして「しんどい」と感じた時に取り組める4つの対策について解説しました。
低血圧は高血圧と同様、放置すると危険な症状です。
血圧が低く、身体の不調が続く場合には必要に応じて医師へ相談しましょう。
第四章 P5
翌日、朝の10時丁度に月村静は現れた。俺は女の服には詳しくないからいちいち服装の描写はしないが、彼女はどんな恰好をしても可愛いか、美しいことだけは確かだ。今日はスラックス姿で、彼女のきれいな足が拝めないのは残念だが。
「おはよう」
「ああ、おはよう。今日はいいニュースがあるよ」
「手がかりが掴めたのね。こちらにもいいニュースがあるわ。まず、これ、捜査の前払い金」
彼女は、俺の前に分厚い封筒を置いた。
「五十万円入っているわ。それだけあれば、当分の捜査の経費にはなるでしょう。もちろん、もっとかかるようなら、私に言って」
「有り難くいただくよ」
「それと、もう一つ、例の五人は、小岩か新小岩近辺にいる可能性が高いわ」
俺は驚いた。実は、俺が掴んだ手がかりも同じだったのだ。
「そりゃあ驚いたな。実は、例のクレーの絵を買ったのは、小岩の『P5』という事務所じゃないかと思われるんだ」
月村静は嬉しそうに笑った。
「凄いじゃない。たった三日で、問題を解決したのね」
「しかし、そちらも同じ答を出したんだろう?」
「ううん。こっちは、小岩近辺だろうというだけだから、そこから先に進むのは難しかったはずよ。あなたに頼んで良かったわ」
「じゃあ、これから、その事務所に行ってみようか」
「ええ」
というわけで、俺たち二人は小岩まで行くことにした。
東京にいる限りは、自動車で行動するより、電車や地下鉄を利用したほうが、早くて確実だ。俺と静は、総武線の座席に並んで座り、俺たちを(というより静を)じろじろ見る奴らの視線に耐えていた。だが、世にも稀な美少女を隣にして周囲の妬みの視線を受けるのは、そう悪い気持ちでもない。しかも、秋晴れの良い天気であるから、窓を開けて風を受けていると、まるで静とデートをしている気分だ。あんまり早くこの仕事を解決してしまうのも勿体無いなあ、と俺は考えていた。
両国、錦糸町、亀戸、平井と東へ進み、荒川に架かる平井大橋を電車は越えた。新小岩と小岩は、荒川と江戸川に挟まれた中州のような部分である葛飾区にあり、江戸川を越えれば、そこはもう千葉になる。千葉に入って最初の駅が市川駅で、その北側には春には桜の美しい里見公園がある。高台である里見公園近辺から眺める江戸川の風景は、俺にはなじみの風景である。というのは、俺は学生の頃、そのあたりに住んで、大学には行かず、昼間は公園でぶらぶらし、夜には本八幡の知人の経営するスナックで飲んだくれていたからである。
「いい学生生活だったみたいね」
「ああ」と答えて、また静に心を読まれたことに俺は気がついた。
「御免なさい」
静は笑った。
「退屈だったから、ちょっと読んでみたの」
俺は、もう、彼女の超能力を疑う気持ちは無くしていた。こうなれば、彼女の前では精神的に素っ裸でいる覚悟をするしかない。
俺たちは小岩駅で降りて、駅の北側に向かった。北側は住宅街だが、駅から5分ほど歩いた所に、『P5』はあるはずだった。
住宅地図のコピーを片手に俺たちは歩き、やがてその事務所を見つけた。見かけは、事務所というよりは、小さな工場のように見える。というのは、周りが高い塀に囲まれているからである。事務所にしては敷居が高いという感じだ。実際、後で知ったところでは、もともとは小さな印刷工場だったらしい。
「有限会社『P5』」と書いてある小さなプラスチックの看板が門に貼られているが、守衛や門番はいないようなので、俺たちは門の呼び鈴を押して、インターフォンから何かの声が返ってくるのを待った。
「はい、どなた様でしょう」
若い女の声が返ってきた。
「月光族の者です。重要な話がありますので、入れてもらえませんか」
月村静が言うと、インターフォンはしばらく沈黙した。やがて固い声が返ってきた。
「月光族って何でしょうか」
「夜になると体が光る一族です。もちろん、あなたたちもそうだと分かっています」
「少々お待ちください」
5分ほどして、やはり固い声で「どうぞ、お入りください」と返事があった。
玄関と事務室の間には壁があり、いったん右に曲がってからその壁のドアを開くようになっている。玄関の天井にモニターカメラが2台あるのに俺は目を止めた。外部からの侵入者に対する警戒が厳しいようだ。他人に対する警戒心が強いということは、世間の目から隠れている集団である可能性が高い。
事務所のドアを開いて現れたのは、まだ20歳にはならないと思われる若い娘だった。背が高く、長い黒髪を肩より長く垂らしている。驚くほど目が大きい、印象的な顔だ。美人……なのだが、あまりに生真面目な感じである。白いシャツに、下は体にぴったりとした黒いスラックス姿である。シャツはスラックスの外に垂らし、学生っぽい感じもあるが、学生風の若々しさは無い。
「どういったご用件でしょうか」
「少し、話が長くなりそうなので、座ってお話させてください」
娘は2秒ほど考えて頷いた。
玄関のすぐ右手が応接室らしい。我々はそこに通された。
俺は応接室の壁に懸かった絵に月村静の注意を促した。クレーの絵である。彼女も頷いた。
「正解、ね」
やがて、今度は若い男が応接間に入ってきた。身長は百八十と、俺は目算した。入り口の高さとの関連で出したのだが、俺よりは2,3センチくらい高そうだ。顔は、……不思議な顔だ。ちょっと日本人には珍しい、彫りの深い無表情な顔で、インディアンの戦士の風貌がある。長めの髪が額に軽くかかっていて、その表情をさらにわかりにくくしている。身なりは、ジーンズのズボンの上にTシャツを着て、そのTシャツの上からサファリジャケット風の革の上着をきている。おそらくカンガルー革のような軽い革だろう。靴に目をやって、俺は少し驚いた。建築現場などで履く作業靴で、爪先が鉄の物だ。もし彼に空手の心得でもあれば、この靴は強力な喧嘩道具になる。
以上を俺が一瞬で観察する間に男は我々の前を横切って、ソファに腰を下した。男の長い脚の筋肉が発達していることも俺は観察した。こいつは、相当の身体能力を持った男だ。
「ヒュウガ・タケルと言います。ここの代表者です」
「私は、月村静。こちらは、あなた方を探すお手伝いをしてくれた、探偵の飛鳥二郎さんです」
「で、ご用件は?」
男はソファの背に体を持たせかけて、我々を見るともない半眼で静かに聞いた。
「あなたたちの身に危険が迫っています。というより、月光族全体の危険と言うべきかしら」
「月光族とは何ですか。初めて聞く言葉ですが」
「聖痕、つまり、夜になると体が光る一族ですわ。あなたたち五人がそうだということはわかっています」
「ほほう。で、あなたもそうなんですか?」
「ええ。そして、体が光る人間は、その他に様々な超能力を持っているはずです」
「私は普通の人間です。他の社員もそうですが」
月村静は軽く肩をすくめた。
「時間がもったいないわ。お互いに正直に話しましょう。あるいは、まだ自分の超能力に気がついていないだけかもしれませんが、今はとにかく、目の前の危険に備える必要があります」
「どんな危険ですか」
「ローゼンタール一族が月光族の秘密を探っています」
「ローゼンタール……。あの世界的大富豪のローゼンタールですか?」
「ええ」
「何のために」
「不老長寿の秘密を我が物にするためです」
「ほほう。その月光族は、不老長寿なんですか」
「そうです。あなたたちは、まだそれほど生きていないから、自覚していないのでしょう」
「あなたが本気で話していることはわかりますが、しかし、正直言って、荒唐無稽な話ですね。三流の伝奇小説みたいだ」
「しかたありませんね、では、少し手品でもみせましょう」
月村静は、テーブルの上に飾られた花鉢に目をやった。
「花占いでもしましょうか」
花鉢の中には何本もの花があったが、その中で、黄色い蘂の周りを白い花弁が囲んだ花の花びらが、一枚落ちた。「本当」と静は呟いた。そして、二枚目が落ちた。「嘘」。三枚目。「本当」。花弁は次々に落ちていく。そして、最後の花弁。「本当」。その花弁はふわっと宙に浮いて、ヒュウガ・タケルの前にすっと移動し、彼の手の甲の上に止まった。
彼は表情を変えなかった。
「なるほど。確かにあなたは超能力をお持ちのようだ。だが、私たちに何ができるんですか? 私たちには、あなたのような超能力はない」
「まずは、敵に対する備えをすることです。それ以外のことは、敵が現れてからの話です。まず、日本でも外国でも、どこへでもすぐに動けるように、パスポートを作っておいてください。そして、人目につかない形で、お金を作っておいたほうがいいでしょう」
ヒュウガ・タケルは頷いた。
「わかりました。あなたの言うとおりにしましょう。私の仲間に会いますか?」
「会いたいわね」
タケルは俺の方にちらっと目をやって、静に目で問いかけた。
「この人も仲間として扱っていいわ。でも、本人の意見を聞いてみましょう」
静は俺に向き直った。
「あなたは、約束通り、彼らを探しましたから、謝礼の二千五百万円はいつでも支払います。このまま、我々とは縁を切って、平穏無事な生活に戻ってもいいのですよ。それとも、この先も我々と一緒に行動しますか。その場合、冗談抜きで、命の保証はできませんよ」
俺の頭の中には、二千五百万という数字がくるくる回っていた。これまで手にしたことのない大金である。それだけの金があれば、どれだけの贅沢ができるだろう。だが、次の瞬間、自分は、それほどやりたい贅沢などなかったことに気がついた。それよりも、目の前の奇妙な事件の成り行きに、どうしようもなく興味を引かれていたのである。
「もちろん、あなたたちと行動を共にしますよ。ここまで来て、さよならは無い」
そう答えながら、はたして、それで良かったのかという声が、心の中で響いていたことは確かである。
第五章 顔合わせ
ヒュウガ・タケルという名前がどういう字なのか、俺はまだ知らなかったが、そのうちわかるだろうと、気にはしなかった。
タケルは立ち上がって、俺たちを事務室へ案内した。事務室と呼ぶべきかどうかはわからないが、そこは二十畳くらいの大部屋で、入り口の左右の壁は大きな窓で採光性はいいが、半透明の磨りガラスである。今は、その窓が大きく開かれていて、家の周辺の中庭と、ガレージらしきものが見える。
部屋には2台ずつ、コの字形に6台のデスクが並び、そこに4人の人間がいた。皆、10代後半か、20代前半の若者だ。
その時、俺が受けた印象を言葉にするのは難しい。ある種の知的な波動を感じたと言うべきだろうか。おそらく、最初にこの若者たち一人一人と個別に会っていたら気がつかなかっただろう精神エネルギーを、ここにその5人が集まることで、俺が気がついたということだろう。そのエネルギーは、たとえば、深い学識のある偉人と会話する中で、自然に感じる知的エネルギーに似ている。
彼らは、見かけそのものはまったくの若者であり、通常ならその年代の若者の持つ未熟さや軽薄さをまったく感じなかったのが、俺が感じた異様な印象の正体だった気がする。
「紹介しましょう。こちらがヒカゲ・アキラ」
奥の二つのデスクの一方に座っていた青年が軽く頭を下げた。純日本風の美青年で、いわゆる梨園の御曹司といった感じの二枚目であるが、やや暗い雰囲気である。陰険な感じと言ってもいい。
「こちらが、タイガ・ワタル」
右側の席に座っていた若者が、にっこりと笑って会釈した。こちらは開けっぴろげな笑顔で、ひどく親しみやすい雰囲気の青年だ。がっしりと肩幅の広い体格で、頭を角刈りにしているところは、自衛隊員の雰囲気だ。座ったままだが、背もかなり高いように思われた。
「こちらはヒムロ・サエコ」
左側の奥の席に座っていたのは、先ほど玄関で我々の応対をした若い女性である。無表情に会釈をする。
「で、最後にホムラ・ジュン」
「最後にって、まるでオレが一番下っ端みたいじゃねえかよ」
そう抗議の声を上げたのは、このメンバーの中では一風変わった感じの娘だ。年齢はまだ15,6歳といったところだろうか。変わっているというのは、他のメンバーがわざわざ地味な身なりをしている風なのに、この娘は、ロック歌手みたいな狼ヘアーを赤く染めているのである。着ている物も、鋲を打った革ジャンと革のミニスカートのようだ。顔立ちはボーイッシュで、しかも自分のことを「俺」と言っているが、女の子であることは間違いなさそうだ。
「おう、よろしくな。あんちゃん、おばさん」
俺のことをあんちゃん呼ばわりはいいにしても、静をおばさんは無いだろう。
「元気のいい子だね。でも人のことをおばさん呼ばわりは良くないよ」
静がにこやかに微笑んで言った。そのにこやかさが怖い。
「だって、あんた、見かけ以上に年取ってるだろ?」
「へえ、幾つだと思う?」
「そうだなあ。二十五ってとこ?」
「まあ、そんなところさ。でも今時の二十五はおばさんかい?」
「その話し方がおばさんっぽいの」
「まあ、子供の相手をしていてもしょうがない。自己紹介をしようか。私は月村静。あんたたちと同じ、光る体の人間さ」
「俺は飛鳥二郎。普通の人間だ。商売は私立探偵だが、あんたたちの秘密は誰にも言わないつもりだ」
「へえ、私立探偵なんて、ホントにいるんだ」
「おい、いい加減に黙れ。隊長に話させろ」
不機嫌そうな唸り声を上げたのは、ヒカゲ・アキラと呼ばれた男だ。やはり、陰険そうな感じの話し方だ。
「あいよ。黙ります。でも、隊長、無口だからな。ちゃんとしゃべれんの?」
減らず口を叩いて、それでもジュンは口を閉じた。
「月村さんの話では、俺たちはローゼンタール一族に狙われているということだ」
「ローゼンタール? まさか。あの世界的大富豪が、俺たちの何を狙うというのだ?」
そう言ったのは、タイガ・ワタルである。響きの良いバリトンの声である。こういうタイプは唄がたいてい上手なものだ。
「俺たちは、月村さんの話では、不老長寿の種族らしい」
「へえ、面白い。じゃあ、じゃあさ、どれくらい生きるの?」
「そうさね。短くて二百年、長いのは四百年てとこかね」
「それが、若いままで? すごいじゃない。そりゃあ、ローゼンタールが欲しがるわけだ」
「そうは言っても、実験材料になるのはいやだろう?」
「どんな実験をするの?」
「わからないね。そこが問題さ。とにかく、我々のような人間の存在が世間に知られるだけで、我々は世間の人間の憎しみを買うことになるんじゃないかと私は思っている。サンジェルマン伯爵のような、はみ出し者も昔はいたもんだが、我々の存在は人に知られないほうがいいんだよ」
「ローゼンタールから逃げ切れますかね」
と言ったのは、タイガ・ワタルだった。
「何しろ、世界一の金持ちで、先進国の国家予算以上の金を持っている連中だ。政治の上層部とのつながりもある。彼らの力をもってすれば、我々を探し出すのは容易でしょう」
「だから、どうするのかを皆で考えようというのさ」
「ねえねえ」
と言ったのはホムラ・ジュンだ。彼女を1分以上黙らせておくのは難しいようだ。
「じゃあさ、あんた、さっき25歳って言ったのは嘘だね。本当は何歳?」
「黙れ、ジュン。そんなのどうだっていいだろう」
不機嫌な声はヒカゲ・アキラだ。
「175歳さ」
「てことは、今が2010年だから、ええと、1835年生まれだ。何時代?」
ジュンの言葉にワタルが答える。
「江戸時代だな。少なくとも、幕末の日本を知っているわけだ」
「その幕末が問題さ。じつは、日本の開国を影であやつったのもローゼンタール一族さ。日露戦争に資金を出したのもそう。明治以来の日本の政府はローゼンタールの思いのままに操られていたんだよ」
「ふふん。陰謀史観ですか」
ヒカゲ・アキラが鼻で笑った。
「本当さ。これは、私自身がアーネスト・サトウから聞いた話だからね。まあ、その頃の日本人にローゼンタールの名前を知っている人間はいなかったから、私のような庶民の娘に話しても問題無いと思ったんだろうよ。というよりも、本当はまあ、私があいつの心を読んだんだけどね」
「へえ、心を読めるんだ。羨ましいな。ちょっと、隊長の心を読んでよ。オレとサエコとどっちが好きかって」
「馬鹿野郎! そんな話をしてる場合か。あんた、本当に心が読めるのか?」
途中から静に向き直ってアキラが聞いた。
「まあね。でも、月光族の能力は一人ひとり違うから、誰でもそうなるわけじゃないよ」
静の返事は、どうやらアキラの聞きたいことだったらしい。それで、アキラは黙り込んだ。
「あんたたちにもそれぞれ何かの超能力があると思うけど、それがいつ表面に出てくるかは分からない。だいたい、20代で出てくるものだけど、早い者は十代後半から発動する。誰か、そういう力を持っているかい?」
静は皆の顔を見回した。そして、サエコの顔に目を止めて微笑んだ。
「あんただね? そうか。私と同じテレパスか。中々辛い思いをしたようだね。信じていた人間の汚い心を目の前に見るのは、いやなもんだ」
サエコは顔を蒼ざめさせている。
「もちろん、他のみんなはそのことを知っていたんだね? まあ、当然だろうね。こんな大事な秘密を知らないままで、仲間にはなれないからね」
「後の人間には、特殊な能力は無いよ。今のところはね」
ジュンが言った。
「もっとも、私は、歌って踊る才能はあるけどね。リーダーとワタルは喧嘩の天才だし、アキラは……何だろう。人を不愉快にさせる才能?」
自分で言って、ゲラゲラ笑い出す。アキラはむっとした顔だが、何も言わなかった。どうやら、この仲間も一枚岩というわけではないようだ。
無口なリーダーのタケルがぼそっと言った。
「とりあえず、あなたのお蔭で、我々の周りに危機が迫っていることはわかった。そのことに感謝しよう。パスポートと金策のことも、努力してみる」
「ああ、そうしておくれ。私は、新宿のカーライル・ホテルというホテルにいるから、何かあったら連絡するがいい。何でも協力するよ」
静は、リーダーのタケルに頷いて、俺に向き直った。
「じゃあ、私たちはこれで退散しようか。この連中は、これから相談もあるだろうからね」
俺は、静の後について、部屋を出た。その前に、俺は自分の名刺をリーダーのタケルに渡し、用があれば(用心のために、電話ではなく)訪ねるようにと言っておいた。
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