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「体たらく」の誤用

「はてなキーワード」から転載。
石原慎太郎はたしか作家でもあったはずだが(笑)、こういうところで登場させられるとは、何という体たらくだw。
要するに、「体たらく」だけでは「有り様、様子、状態」の意味であり、そのままでは「無様な有り様」という意味ではないのだが、現在ではその意味で修飾語抜きの「体たらく」が使われており、それは本当は誤用だ、ということだ。(下記記事の「本来の用法とは異なる使い方」とは、「はっきり言えば誤用だ」、という意味だ。)
まあ、言葉は時代とともに変わるものでもあるし、私自身も言葉の間違いは無数にしており、他人の言葉咎めをするほど賢くはないのだが、やはり誤用は誤用という自覚を持っていないと、言葉の世界は滅茶苦茶になる。それでなくても政治家が「公約なんて守る必要あるんですか?」(by小泉純一郎)と平気で言うほど言葉が軽んじられている時代である。
とは言うものの、電子的操作で書かれた文章での誤字脱字変換ミスは、もはや別の話である。書いている当人も気づかないうちに妙な表記をしてしまっていることは多い。読む側もたいして気にもしないようだ。これは、そういうものだ、と思えばそれで済むことなのだろう。

なお、前にも書いたと思うが、『荀子』では「政治の基本は言葉を正すことである」と言っている。それは当然の話で、お互いが言葉を違う意味で使っていたら対話が成立するはずはない。対話は政治の土台である。



(以下引用)


体たらくていたらく
 

「為体」とも書く.


有り様.様子.状態.


今日では「何という体たらくだ」のように,悪い意味に使われることがほとんど.


また,一部では「本当に体たらくな自分だったと思います」(東横イン社長)や「拉致された人々の命すら守れない日本政府は体たらくだと指摘した」(朝日新聞石原都知事の発言として)のように,本来の用法とは異なる使い方をされることがあるようである.


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