みのもんた、"自衛隊きちんとして"発言を謝罪「激励のつもりだった」(マイナビニュース)
タレントのみのもんた(71)が22日、自身のツイッターを更新。20日に「自衛隊きちんとして欲しいね」とツイートしたことを謝罪し、真意を説明した。
みのは20日、「俺なんかの役目はね、広めること。今回の震災もね、熊本だけじゃなくて九州全体だから。支援のやり方も甘い。自衛隊きちんとして欲しいね。あと、過去の震災、阪神淡路、もっと遡れば関東大震災の教訓活かせてないでしょ?」とツイート。この投稿に、「批判する前に動け」「自衛隊は不眠不休で頑張ってるだろ」などと批判の声が殺到した。
そしてこの日、みのは「『自衛隊きちんとしてほしいね』という僕の言葉で現場で活動されている方々や、その御家族に不快な思いをさせてしまったことに対しては本当に陳謝したい。本当に申し訳ありませんでした」と謝罪。
古くは阪神淡路大震災時の「村山首相が自衛隊出動に反対した」というデマの流布を筆頭に、自衛隊が不当に扱われている、自衛隊の活動が妨害されている云々といった類いの被害妄想を抱いている人は少なくありません。みのの言う「現場で活動されている方々」は決して軍隊だけではない、自衛隊「以外」の人々もまた現地で悪戦苦闘していますし、現場に入らずとも被災地支援のために労を費やしている人もまたいるわけです。しかし、特別にクローズアップされるのは自衛隊だけ、と言う辺りに日本社会の病理があるのかな、と感じますね。
自衛隊に限らず災害救助や被災地での活動に携わる人はいますが、感謝されるのは自衛隊だけ、称揚されるのは軍隊だけという風潮は色々と問題があるのではないでしょうか。まぁ、そうであるならば反対に批判も強くなるのが道理というもので自衛隊が唯一無二のヒーローと崇められている日本社会であるからこそ「きちんとして欲しい」と要求が厳しくなるのは致し方ないことかと私などは思います。しかるに我々の社会の圧倒的な自衛隊愛は、僅かなりとも自衛隊に批判的と受け止められる発言をすら許容しないことが、今回の騒動から分かります。自衛隊は、常に賞賛一色でなければならないのでしょう。
かつて自衛隊に言及して「暴力装置」という用語を使った政治家が激しい糾弾にあったこともありました。「暴力装置」という用語には否定的なニュアンスはなく全くの誤解に基づく糾弾ではありましたが、それだけ日本社会の自衛隊愛は絶対であり、批判的に「見える」だけの発言すらも受け入れがたいのだと言えます。自衛隊は神聖にして侵すべからず――ネット社会に限らず政治家など発言の注目される存在になる上では「リテラシー」として学んでおくべきことなのかも知れませんね。
自衛隊を批判する声が聞こえてこない一方で「自衛隊が不当に批判されている」という声を上げる人は数限りない、どう見ても業務とは全く関係がないはずなのに研修と称して従業員を自衛隊に体験入隊させる企業が後を絶たない、もはや自衛隊は軍隊やレスキュー隊を超えた存在、日本人の信仰の対象へと昇華しているかに見えるところですが、どうしたものでしょう。私としてはもう少し、ありのままに自衛隊を見るべきではないか、自衛隊以外でも災害現場で尽力する人々の存在に感謝したらどうか、結果的に不十分であった部分は自衛隊であっても批判的検証はなされるべきではないか、と思わないでもありません。自衛隊「以外」であれば対応のまずかった部分は当然のこととして叩かれます、でたらめなバッシングになってしまえば不毛ですが、それが自衛隊のように「頑張ってるだろ」で無批判になってしまえば、それもまた非生産的ですから。
大震災以降、自衛隊の評価はうなぎ登りです。
もちろん現場で汗をかいてる隊員には感謝して当然ですが、自治体職員なんて震災の時すら働かないといった雰囲気で辛いです。
なんというか、分かりやすく活動してる人を誉めるのがマスコミも絵になるし、国民も気分がいいのではないでしょうか。避難所運営、災害対策本部の運営、そういったものは絵にならないし、何をしてるのかよくわかりませんからね。