22日に日本でも公開された「ポケモンGO」が、やはり予想通りの反響を巻き起こしている。スマートフォンを片手に、「ジム」や「ポケストップ」と言われる場所に時間を問わず人が集まるようになっており、もはや社会現象だ。
しかし、海外では、ゲームに熱中し過ぎて崖から転落したり、人気のない場所で強盗被害にあったりする事例も出ているし、日本でも、バイクを運転中にプレイする人が現れ、違反切符を切られている。子供が事件・事故に巻き込まれる可能性を、不安に思う人も少なくないだろう。
自分で保険に入って損害を回避?
販売元であるNiantic,Inc(以下、ナイアンティック社)は「アプリをインストール後、初めて起動する際に利用規約と注意喚起画面を表示し、同意しないと進めないようにする」ことを安全対策としているが、ゲームを始める前に読んでいる人は、果たしてどれだけいるだろうか。しかし、いざトラブルになった時は、これを前提として話が進んでいくことになるので注意が必要だ。
「安全なプレイ」という表題がつけられた条項では、日本人の感覚からすると驚きの文言がある。「本サービスの利用中にお客様が被る可能性のある損害に関してお客様が合理的に必要であると考える健康保険、損害賠償保険、災害保険、人身傷害保険、医療保険、生命保険及びその他の保険契約をお客様の責任において維持することに同意するものとします」とされているのだ。
たかがゲームをやるだけで医療保険や生命保険まで入って、自分の損害を守るとはピンとこないかもしれないが、ここまでしてナイアンティック社には責任がないということが強調されている。
実際に紛争が起きた場合は、さらなるハードルがある。「抵触法を考慮することなく、カリフォルニア州法に準拠する」とし、日本の法律では争うことができないとされている。そして、そもそも訴訟になること自体を回避するため、「仲裁合意」という項目が設けられている。仲裁とは、紛争を第三者である仲裁人の判断に委ね、その判断に従うという合意に基づき紛争を解決する手続のことをいう。
米国には、クラス・アクションという制度が存在する。これは、個人が、同じような立場にある多数の人々を代表して訴訟提起し、集団的な請求を行うことを可能とするものだ。原告の数が膨れ上がることで、請求が巨額になることがあり、企業にとっては大きな経営リスク。そのため、紛争が起きてもなるべく司法の場に持ち込ませないように考えられている。
規約の中では、「仲裁人は、弁護士免許を有する引退した裁判官又は弁護士のいずれかとし、当事者によってAAA(米国仲裁協会)の仲裁人名簿から選ばれるものとします」とされているが、IT関連の法務を多く扱う中野秀俊弁護士は、次のように話す。
「仲裁人は、アメリカの弁護士免許を有する引退した裁判官又は弁護士が勤めるため、ほとんどアメリカ人などの外国人ということになる。原則として書面審査であることが前提となるため、日本人が英語で訴えの書面を作成しなければならず、ハードルは高い。また、仲裁人がアメリカの弁護士免許を有することから、日本人のユーザーとアメリカ企業のどちらを勝たせるか公平性が問題になる可能性もある」
「仲裁オプトアウト通知」とは?
ただ、訴訟への道を残す術もある。本規約を最初に承諾した日、つまりゲームをインストールして開始した日から30日以内に、ナイアンティック社に対して電子メールまたは郵便で、仲裁条項を排除する意思表示(「仲裁オプトアウト通知」という)をするのだ。
日本で「ポケモンGO」が公開されてからはまだ日が浅いため、今なら十分間に合う。しかし、何も知らなければ、ダウンロードしてから1カ月以内にわざわざ通知をする人などほとんどいないだろう。しかも、訴訟への可能性を残したとしても、やはり専属裁判管轄権及び裁判場所は「カリフォルニア州北区に所在する州及び連邦裁判所」とされている。「日本人が通知をしたとしても、有利になるとは言い切れない」(中野弁護士)という。
「ポケモン」というと任天堂のゲームというイメージが強いが、「ポケモンGO」はグーグルでGPSを活用した社内事業から始まったナイアンティック社が作ったもの。任天堂および株式会社ポケモンは、あくまでナイアンティック社の株主に過ぎず、ライセンサーという立場だ。今回の利用規約をよく読んでみると、他にも「契約社会」アメリカ流の、周到に責任を回避する姿勢が垣間見える。これが有効かどうかはともかく、日本人がいざという時に販売元に何らかの責任追及をしようとしても、簡単ではないということは頭に置いておくべきだろう。