ユーモア小説として、非常にいい作品だと思うし、日本語には訳されていないと思うので、例によって私の下手でいい加減な訳でも公開する意義はあるかと思う。著作権の問題は、まあ、見逃してもらおう。スチーブン・リーコック(英語綴りは「ステファン」と読めそうだが、一般的には「スチーブン・リーコック」で日本には知られている。)の作品の翻訳自体が少ないかと思うので、彼のための宣伝になると思ってほしい。
MY BANK ACCOUNT(私の銀行口座)
STEPHAN LEACOCK
* 最初に言っておくが、この英文は原文そのままではなく、易しくリライトされたもののようである。だから非常に読みやすいのだが、上級者向けではない。しかし、うまくリライトされている感じであり、十分に面白いはずである。
* (注)は中学生レベルの読者を想定してつけてある。
* (研究)は英語的に興味深いところや、作品解釈上の留意点を書いてあるが、ただの雑談にすぎないものもある。
①
When I go into a bank I get frightened. The clerks frighten me; the desks frighten me; the sight of the money frightens me; everything frightens me.
The moments I pass through the doors of the bank and attempt to do business there, I become an irresponsible fool.
I knew this before, but my salary had been raised to fifty dollars a month and I felt that the bank was the only place for it.
So I walked unsteadily in and looked round at the clerks with fear. I had an idea that a person who was about to open an account must necessarily consult the manager.
I went to a place marked “Accountant”. The accountant was a tall, cool devil. The very sight of him frightened me.
(注)
irresponsible:責任能力の無い、当てにならない was about to:今にも~しようとする "Accountant”:会計係 *銀行なら口座係とでも言うのかもしれない。
(研究)
frighten:ぎょっとさせる
・日本語の「驚かされる」には、実はあまり驚かされるニュアンスが無い。「君には驚かされるよ」などと平然とした口調で言ったりする。したがって、ここでは「肝を潰す」などの訳語がいい。この「frighten」は、いわば作品全体のキーワードであり、この後の彼の行動のすべては彼が「frighten」したことから来ている。誰でもそういうことはあるもので、場違いな場所に行った時の舞い上がった気分がこれから先の話の展開の鍵になっている。
frightenとfrightens
・第一段落後半の文はセミコロンによる並列描写だが、複数形の語が主語の時には動詞には「三単元のS」は付いておらず、単数の時には付いている。注意したいのは「 the sight of the money」や「everything」は単数扱いであると言うことだ。
fifty dollars a month
・もちろん、大した金額ではない。だが、本人にとってはなかなか大したものという気分だったので、つい銀行に口座を開こうなどと大それたことを考えてしまったのである。それが悪夢の体験になるとも知らず。
I knew this before
・「this」が何を指すのか、解釈に迷うが、指示語は直前の記述を指すという原則通りに、この時の自分の精神状態を指すと解釈する。「this」が銀行を指すなら、「this place」とか言いそうであるし。
[試訳]
「私の銀行口座」 スティーブン・リーコック
①
銀行の中に入った時、私はぎょっとした。事務員たちに私はぎょっとした。並んだ机に私はぎょっとした。金の並んだ光景にぎょっとした。すべてに私はぎょっとした。
銀行のドアを通ってそこで何かの用事をする段になると、私は責任能力の無い馬鹿になってしまう。
そうなることは前から分かっていた。しかし、私の給料が月50ドルに上がったので、銀行こそがその金を置くべき場所だと私は思ったのである。
そこで私は不確かな足取りで中に入り、びくびくしながら事務員たちを眺め回した。銀行口座を開こうとする者はすべからく銀行のマネージャーに相談する必要があるという考えを私は持っていた。
私は「口座係」と書かれた場所に近づいた。口座係は背の高い、冷酷そうな悪魔であった。彼のその姿は私を脅かした。
②
My voice sounded as if it came from the grave.
“Can I see the manager?” I said, and added solemnly, “alone.” I don’t know why I said “alone”.
“Certainly,” said the accountant, and brought him.
The manager was a calm, serious man. I held my fifty-six dollars, pressed together in a ball, in my pocket.
“Are you the manager?” I said. God knows I didn’t doubt it.
“Yes,” he said.
“Can I see you,” I asked, “alone?” I didn’t want to say “alone” again, but without this word the question seemed useless.
*難しい単語も構文も無しで、英語というものは書けるものだな、という感じだ。こうした短い文章に習熟するほうが、英語上達の上でも早道だろう。
(注)
pressed together in a ball:札束が一緒くたに握り潰されて丸くなっている、ということ。
(研究)
but without this word the question seemed useless
・直訳すれば「だが、この言葉無しでは質問が無効な気がしたのだ」となるが、下の試訳では少し意訳してある。また、段落分けも少し変えてある。訳の上では邪道かもしれないが、もちろん、その方がいいという判断によるものだ。
[試訳]
私の声は墓から出てきたかのように響いた。
「マネージャーに会えるかね?」私は口座係に言った。そして「他の人無しでだ」と厳かに付け加えた。どうして自分がそんなことを言ったのか、私は知らない。
「もちろんです」と口座係は言って、マネージャーを連れてきた。
マネージャーは静かな、真面目そうな男であった。私は自分の65ドルをポケットの中で握りしめていたので、それは握り潰されてボールのように固まっていた。
「あなたがマネージャーかね?」私は言った。神かけて、私はそれをまったく疑ってもいなかったのだが。
「そうです」彼は言った。
「話をしたいのだが」と私は言った。「他の人抜きで」
「他の人抜きで」などと言うつもりはまったく無かったのだが、そう言わないと次の言葉が出てこないような気がしたのだ。
③
The manager looked at me with some anxiety. He felt that I had a terrible secret to tell.
“Come in here,” he said, and led me the way to a private room. He turned the key in the lock.
“We are safe from interruption here,” he said, “sit down.”
We both sat down and looked at each other. I found no voice to speak.
“You are one of Pinkerton’s detectives, I suppose,” he said.
My mysterious manner had made him think that I was a detective. I knew what he was thinking, and it made me worse.
“No, not from Pinkerton’s,” I said, seeming to mean that I was from a rival agency.
(注)
Pinkerton:有名な探偵社の名前である。
(研究)
He felt that I had a terrible secret to tell.
・この書き方だと、一人称視点の記述がこの部分だけ「神の視点」になるのでまずいのだが、リライト前の原文もそうなのかどうかは不明。厳密には最初の「The manager looked at me with some anxiety.」も「神の視点」である。つまり、本当は「マネージャーは好奇心を持って私を見た『ように私には見えた』」と続けないと、一人称視点にはならないのだが、言うまでもなく、そうすると文章がごちゃごちゃする。小説における視点の問題は面倒である。試訳では、そのあたりを何とか誤魔化している。
seeming
・分詞構文の用法は高校時代にさぼった部分なので苦手だが、「そしてそれは~に見えた」といったところか。
[試訳]
マネージャーは好奇心の表情で私を見た。私が恐るべき秘密を話そうとしているのだと思ったのだろう。
「こちらへどうぞ」、彼は言って私を面会室に導いた。彼は部屋の鍵をかけた。
「これで邪魔は入りません」、彼は言った。「どうぞお掛けください」
我々は椅子に腰を下ろし、お互いを眺めた。私は何と話せばいいのか分からなかった。
「もしかして、あなたはピンカートン社の探偵ではないですか?」、彼は言った。
私のミステリアスな態度が彼をそのように想像させたのだろう。彼が考えていることが私には分ったが、それは私の精神状態をいっそう悪いものにした。
「いや、ピンカートンの者ではありません」、私は言ったが、それはまるで私がピンカートンのライバルの探偵社から来たかのように聞こえた。
④
“To tell the truth,” I went on, as if someone had urged me to tell lies about it, “ I am not a detective at all. I have come to open an account. I intend to keep all my money in this bank.”
The manager looked relieved but still serious; he felt sure now that I was a very rich man, perhaps a son of Baron Rothschild.
“ A large account, I suppose,” he said.
“Fairly large,” I whispered. “I intend to place in this bank the sum of fifty-six dollars now and fifty dollars a month regularly.”
*まったく難しい表現や単語が使われていなくても、これだけの内容が表現できるということに感心してしまう。こういう文章を中学校や高校の教科書に採用してくれれば、英語もいっそう楽しく感じるだろうし、勉強にも役立つと思うのだが、ユーモアの要素ほど学校教科書に欠如したものは無いのが現実である。
(注)
urge:せきたてる、強制する Fairly:かなり、まったく
[試訳]
「本当のところ」、私はまるで誰かが私に嘘を強要していたかのように言葉を続けた。「私はまったく探偵などではありません。私は口座を開きに来たんです。自分の金をすべて、この銀行に預けようと思いましてね」
マネージャーはほっとしたような顔をしたが、まだ真剣な表情だった。彼はきっと私が大金持ちだと確信しただろう。多分、ロスチャイルド男爵の息子だとでも。
「きっと大金なのでしょうな」、彼は言った。
「かなり大金です」、私はささやいた。「私は今、総計56ドルと、それから毎月50ドルを定期的にここに預けるつもりです」
⑤
The manager got up and opened the door. He called to the accountant.
“Mr. Montgomery,” he said, unkindly loud, “this gentleman is opening an account. He will place fifty-six dollars in it. Good morning.”
I stood up.
A big iron door stood open at the side of the room.
“Good morning,” I said, and walked into the safe.
“Come out,” said the manager coldly, and showed me the other way.
I went up to the accountant’s position and pushed the ball of money at him with a quick, sudden movement as if I were doing a sort of trick.
(注)
safe:金庫室
(研究)
is opening
・進行形によって近い未来を表すという用法。
Good morning.
・この場合は、「お早う」ではなく「さよなら」である。用事が終わって、相手を早く追い出したい時、「Thank you.」などと言うこともある。これは「話は終わりだよ」というニュアンスを持っているわけだ。
[試訳]
マネージャーは立ち上がってドアを開けた。彼は口座係に声を掛けた。
「モンゴメリー君」、彼は不親切な大声で言った、「この紳士が口座を開きたいそうだ。この方は65ドル入れてくださるそうだ。では、さよなら」
私は立ち上がった。
大きな鉄の扉が部屋の横に開いていた。
「さよなら」私は言って、金庫室の中に入った。
「出てきなさい」マネージャーは冷たい声で言って、私を別の出口へ導いた。
私は口座係のところに行って、その男の前に丸められた金を素早く置いたが、まるでそれは何かの奇術でもしているみたいだった。
⑥
My face was terribly pale.
“Here,” I said, “put it to my account.” The sound of my voice seemed to mean, “Let us do this painful thing while we want to do it.”
He took the money and gave it to another clerk.
He made me write the sum on a bit of a paper and sign my name in a book. I no longer knew what I was doing. The bank seemed to swim before my eyes.
“Is it the account?” I asked in a hollow, shaking voice.
“It is,” said the accountant.
“Then I want to draw a cheque.”
(注)
cheque=check *綴りが間違っているよ、とワードの馬鹿が言う(下に赤い波線が出る)ので驚いて辞書で調べると、何のことはない、chequeは英国式の綴りであった。米国式以外は間違った綴りだという、この傲慢さ。これがアメリカ帝国主義という奴である。
[試訳]
私の顔は真っ青になっていた。
「ほら」、私は言った、「これを私の口座に入れてくれ」。私の声はまるで「この苦行を、我々がやる気があるうちにやってしまおうぜ」と言っているかのようだった。
彼はその金を手に取って、他の事務員のところに持っていった。
彼は何枚かの紙に金の総計を書かせ、通帳に私の名前を書かせた。私はもはや自分が何をやっているのか分からなかった。銀行がまるで私の目の前で泳いでいるみたいだった。
「これが口座かね?」私はうつろな、震え声で言った。
「そうです」口座係は言った。
「では、小切手を使いたいんだが」
⑦
My idea was to draw out six dollars of it for present use. Someone gave me a cheque-book and someone else began telling me how to write it out. The people in the bank seemed to think that I was a man who owned millions of dollars, but was not feeling very well. I wrote something on the cheque and pushed it towards the clerk. He looked at it.
“What ! are you drawing it all out again? ” He asked in surprise. Then I realized that I had written fifty-six dollars instead of six. I was too upset to reason now. I had a feeling that it was impossible to explain the thing. All the clerks had stopped writing to look at me.
*言葉や構文はあまり難しくないが、訳の上で迷う部分がいくつかある。まず、「 was not feeling very well」は、「気分が良くない」と、「機嫌がよくない」のどちらがいいかだが、これは後の行動との関連で「機嫌がよくない」とした。それから、「to reason」と、直後の文の中の「to explain」は、同じような内容なので、一文にまとめようかと思ったが、元の文のまま2文に分けて訳した。このあたりは、私の勘違いがあるかもしれない。
[試訳]
私は当座の使用のために口座から6ドル引き出すつもりだった。誰かが小切手帳を私に与え、誰かがその書き方を私に教えた。銀行の中の人々は私のことを、数100万ドルの金の所有者だが、少々機嫌が悪いのだと考えているように見えた。私は小切手に何か書いて、それを事務員に渡した。彼はそれを見た。
「何と! あなたは今入れた金を、もう一度全額引き出すのですか?」彼は驚いて言った。私は自分が6ドルと書くつもりで56ドルと書いたことに気づいた。私は気が動転して、その理由が言えなかった。私には事情を説明するのは不可能だという感じであった。事務員たちは皆、仕事を中断して私を見ていた。
⑧
Bold and careless in my misery, I made a decision.
“Yes, the whole thing.”
“You wish to draw your money out of the bank?”
“Every cent of it.”
“Are you not going to put any more in the account?” said the clerk, astonished.
“Never.”
A fool hope came to me that they might think something had insulted me while I was writing the cheque and that I had changed my mind. I made a miserable attempt to look like a man with a fearfully quick temper.
* ほとんど注釈の必要な言葉も構文も無い。あまり英語の知識は増えないが、すらすら読めて面白いのではないか。ただ、訳すとなると、なかなか表現が難しい。日本語力の方が問題になりそうである。miserable一つでも「みじめな」とするか「情けない」とするかで多少のニュアンスの違いは出てくるだろう。そのあたりは勘で訳すのだが。
[試訳]
みじめな気持ちに包まれつつ、私は猪突猛進的な無謀さで決定を下した。
「そうだ、全部をだ」
「あなたは御自分のお金を銀行からすっかり引き出すのですね?」
「1セントも残さずだ」
「口座にはもう、少しもお置きにならないのですか?」驚いて事務員は言った。
「置かないよ」
私が小切手を書いている間に何か侮辱的なことがあったので、私は気持ちを変えたのだと彼らは考えてくれるのではないか、という愚かな望みが心に浮かんだ。私は恐ろしく短気な人間に見えるよう、みじめな努力をした。
⑨
The clerk prepared to pay the money.
“How will you have it?” he said.
“What?”
“How will you have it?”
“Oh”—I understood his meaning and answered without even trying to think—“in fifty-dollar notes.”
He gave me a fifty-dollar note.
“And six?” he asked coldly.
“In six-dollar notes,” I said.
He gave me six dollars and I rushed out.
As the big door swung behind me I heard the sound of a roar of laughter that went up to the roof of the bank. Since then I use a bank no more. I keep my money in my pocked and my savings in silver dollars in a sock.
*これで「私の銀行口座」は終わりである。銀行のいかめしい雰囲気の中で平常心を失ってあれこれドジなことをするのは、誰でもありそうなことだが、そもそも小銭しか持たない人間が銀行に足を踏み入れてしまったのが間違いだったのだ。銀行の人間がそういう客を陰で「ゴミ」と呼んでいるのは日本だけのことではないだろう。
*あまりにも易し過ぎて、英語の勉強にはならなかったかもしれないが、逆に、「易しい英語表現」の勉強にはなったのではないだろうか。途中からは、まったく「注」も「研究」も不要だと判断したくらい、易しい英文だった。
[試訳]
事務員は金を支払う支度をした。
「どのようにお持ちしますか?」彼は言った。
「えっ?」
「どのようにお持ちしますか?」
「ああ」――私は彼の言葉を理解して、まったく考えもせずに答えた。「50ドル紙幣で」
彼は50ドル紙幣を渡した。
「で、6ドルは?」
「紙幣で」私は言った。
彼が渡した6ドルを受け取って、私は逃げるように外に出た。
大きなドアが私の後ろで閉まった瞬間、私は銀行の屋根まで立ち登る大笑いのどよめきを聞いた。それ以来私は銀行を使ったことはない。金はポケットに入れ、貯金は靴下に銀貨で入れている。
「私の銀行口座」終わり