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町の名は (4)-2


刑士郎は防弾チョッキを着て、脇の下にチェコ製CZ75(弾数が15発ある軍用拳銃で、大石が調達したものだ。)を専用ホルスターで吊るし、背中には軽機関銃を背負ってその上からコートを着た。頭には鉄板で内貼りされたヘルメットをかぶる。ぱっと見はただのオートバイ用のヘルメットだが、軍用ヘルメットに等しい防御力がある。

ベランダの鉄柵越しに双眼鏡で見ると、明治会前の道路には黒い車が何台か停まっている。門の前には黒服の男たちが並んで、来客に頭を下げたりしている。

1時、見張り2名を門の外に置いて、明治会の鉄の扉が閉まった。
5分後、遠くから列をなして7,8台の車がやってきた。明らかに旭組の殴り込みである。
刑士郎は、大石大悟に顔を向けた。大悟の顔に、さすがに心配そうな色が浮かんでいる。
「お別れだな、大悟、生きていたらまた会おう」
「ああ、死なないでくれよ、冬木さん」
大悟と握手をして刑士郎はマンションを出た。背中で軽機関銃が重い。
あらかじめ大悟が準備してあった中古オートバイで、旭組の事務所に向けて出発する。
道の半分ほど来たところで、遠くで轟音が聞こえた。
大悟が明治会の屋敷に迫撃砲を打ち込んだのだ。
続いて、2発、3発、4発……。
その前の旭組の殴り込みと、この砲撃で、はたして何人が生き残るだろうか。

旭組のビルの入り口には、見張り役のチンピラが二人立っていた。
遠方からそれを見てとった刑士郎は、オートバイをビルから離れたところで止め、歩いて近づいて行った。
ビルの角で曲がって、銃にサイレンサーを着ける。都合よく、チンピラの一人が、ビルの角で曲がった刑士郎の行動に不審を抱いて、近づいてきた。その胸に、籠ったような音をたてて銃弾がめり込む。その死骸の傍を通って、旭組の入り口前に刑士郎は進んで行った。銃はコートの下に隠れている。
「おい、お前……」
誰何の声がしたかどうかの間に、刑士郎の放った銃弾が相手の体のど真ん中を射抜く。
コートを脱ぎ捨て、銃はホルスターに戻して、軽機関銃を背中から抜き出して構えながらビルの中に入る。
雑居ビル風の見かけとは異なり、入ったすぐそこが広い事務所になっている。そこに、留守番役の組員が数人いた。
「何だ? お前……」
と言いかけた男が、刑士郎の構えている機関銃に気づいて絶句した。
刑士郎は引き金を引いた。
立ち上がりかかっていた男たちの数人に弾が当たってのけぞる。
数人が、ソファの陰に身を隠してピストルを撃ってきた。
だが、機関銃の猛烈な弾数に圧倒されている。ソファを射抜いて当たる弾もある。
一階にいた数人はわずか1分ほどの間でほぼ全滅した。
だが、その瞬間、刑士郎は車に跳ね飛ばされたような衝撃を受けた。

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町の名は (4)-1

(4)

12月25日の朝、刑士郎は早めにチェックアウトしてホテルを出た。

彼が、アジトとしているマンションに着いたのは12時少し過ぎだった。

「おう、大丈夫だったか。旭組に襲われたそうじゃないか。心配してたよ」
大石大悟は本気で心配している顔で彼を迎えた。
「準備はすべていいか」
「ああ、総会が始まったら、ここから迫撃砲のタマをあの屋敷にぶちこむ」
「いや、始まったら、ではダメだ。始まって、少し待て」
「なぜだ?」
「面白いことになるはずだからだ」
「と言うと?」
「旭組が、あの屋敷に殴りこんでくると思う」
「なぜ、それが分かる」
「俺がそう仕組んだからだ。昨日、旭組の親分の高校生の息子を誘拐して、今朝旭組に手紙を放り込んできた。明治会が、自分たちが誘拐をしたから、悔しかったら奪い返しに来い、と挑戦状を叩きつけた、という体裁の手紙だ」
「息子はどこにいる」
「女子高生強姦事件の犯人だ、という名目で井上巡査が留置所に入れている。実際、そうかもしれんがね。だが、まあ、逮捕した時は、私も井上巡査も私服だったから、目撃者には逮捕ではなく誘拐に見えていたはずだ。今頃、旭組の中は右往左往、議論百出だろうが、殴り込み賛成派が反対派を抑えると思うよ。他人に舐められたらヤクザは終わりだからな」
「だが、相手がてぐすねひいて待ち構えているところに殴りこむかねえ」
「あんたのような元自衛官と、ヤクザの思考形態は違うさ。連中は戦略よりも面子で行動する」
「では、我々は具体的にはどういうスケジュールでどう動く」
「何も起こらなければ、1時半、いや、2時までは待とう。実は、井上巡査に頼んで、12時に旭組ビルに銃弾を2発撃ちこんでもらうことになっている。つまり、今頃旭組は大騒ぎのはずだ。それでも連中が動かなければ、明治会だけ先に攻撃するしかない」
「関ヶ原の、小早川秀秋への家康の督戦砲撃か」
「何だ、そりゃあ」
「ドンパチが始まるまでの待ち時間の間に教えるよ。日本史の豆知識だ。まあ、俗説かもしれんがね。で、殴り込みがあったら、その後の手順は」
「旭組のほぼ全員が敷地内に入ったら、10分くらい待って、あんたはここから砲撃してくれ。10発全部打ち終わったら、あんたは即座にここを撤去だ。旭組の殴り込みがあったなら、旭組ビルへの砲撃は不要になったということだから、その傍のT**マンションのアジトも撤去だ。あんたは、両方から回収した武器をトラックに積んで、この県から逃亡してくれ」
「了解した。後は、あんたがカタをつけるということだな?」
「そういうことだ。いろいろと有難う。気をつけて行けよ」
「心配ご無用。またどこかで会おう。こんな仕事ならいつでも手伝うぞ」

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町の名は (3)-3


刑士郎がホテルの部屋の鍵を開けて中に入ると、中にいた何者かが彼の後頭部を鈍器で殴った。
気がつくと、床に倒れている彼の前には4人の男が立っていた。
「おめえ、何をたくらんでやがるんだ。こんなモノを持っているようじゃあ、堅気じゃあるめえ」
正面に立っている、五十がらみの、猪首で五分刈の巨漢が言った。白いスーツの下が黒いダボシャツというのがいかにも田舎ヤクザ風である。
(旭組若頭、金山義光。性格、凶暴そのもの。知能は不明)
男の顔の情報が刑士郎の頭に入力され、答えを出した。
金山の手にしているのは刑士郎のワルサーPPKである。気絶している間に探り取られたのだ。おそらく、(ロシア製ではなく)中国製の安物のトカレフくらいしか手にしたことのない田舎ヤクザにはヨダレの出る代物だろう。
「実は、私、明治会に恨みがあるんです。親父が明治会の大東不動産に騙されて破産した上に、妹も明治会のチンピラに回されて殺された仇を討とうとしているんです」
そういう人間が10年前にいたという事を井上から聞いていて、いざとなればその話を使おうと考えていたのである。
「本当の名前は竹田ではなく、島田です。調べてもらえば分かります。家は隣町のS**町でした」
「S**町なら俺は住んでいたことがあるぜ。でも、こんな奴は知らねえな」
下っ端組員らしい男が言った。刑士郎はギョッとして観念しそうになった。
「いつ頃だ」
金山がドスの利いた声を出す。
「三年前かなあ」
「馬鹿野郎! 大東不動産が島田工務店から3000万円を騙り取ったのは10年くらい前の話だ。俺もその話は当時聞いていた」
刑士郎は心の中でほっと溜息をついた。
「もしかして、明治会の池永を殺(や)ったのはてめえか」
池永とは、繁華街の路上で刑士郎が殺した3人のうちの一人だ。
「は、はい、あの男が、妹を回した一人で」
「そうか。まあ、素人にしちゃあよくやった。だが、これ以上手を出すんじゃねえ。話が面倒になる。まあ、怪我しねえうちにここから逃げるんだな。こいつは俺が貰っとく」
言いながら、金山はワルサーを背広の内ポケットに入れた。
「は、はい、有難うございます」
刑士郎はぺこぺこと頭を下げた。


武器の類いを例のマンションの一つに移しておいたのは刑士郎にとってこの上ない幸運であった。井上から貰ったあのジュラルミンのトランクには、拳銃二丁と銃弾が多数入っていたのである。それを見つけられていれば、どう言い逃れをすることも不可能だっただろう。
刑士郎、井上、大石の三人のアジトであるマンションには、そのほかに、大石がどこからか持って来た軽機関銃と迫撃砲がある。
刑士郎は、用心のために、自分はアジトに近づかないことにした。大石はアジトの一つに寝泊まりし、井上は二人の中継役となった。


明治会の総会までに、刑士郎にはまだやることがある。できれば、の話だが。

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町の名は (3)-2


刑士郎が最初の仕事をしたのは、それから三日後である。
夜、9時頃、街の盛り場を歩いている時、すぐ傍のビルから明治会の幹部の一人が、ボディガードらしい男二人と一緒に出てきたのである。刑士郎はすぐ周りに目を走らせた。他に明治会の組員や旭組の組員らしい者はいない。
刑士郎は三人の横を通り過ぎた後、コートの中からワルサーを引き抜きながら安全装置を外し、3秒で3発撃ち、三人を倒した。致命傷かどうかは気にする必要はないが、10メートル程度の距離で射損じるわけがない。銃声を聞き、三人が転倒するのを見て、何かが起こったことに気付いた通行人の女が悲鳴を上げた。
即座にマフラーで顔の下半分を隠し、その場から逃走する。幸い、このあたりは、裏道に回ればどこへでも逃げることができる。歩道に落ちた薬莢などは、池島署長が何とか誤魔化してくれるだろう。
遠くで鳴る救急車やパトカーのサイレンを聞きながら、刑士郎は歩みをゆるめた。久しぶりの殺人に、体の奥が高ぶっている。

東城の言っていた応援の大石大悟が来たのは十二月の中旬であった。五分刈の坊主頭で、がっしりした体格の三十代後半の男である。身長は刑士郎と等しく、幅は刑士郎よりある。
二人は公園で落ち合った。
「一人ひとり殺していたんでは、埒があかんでしょう。大型火器を使いましょう」
「一人ひとり殺していると言うより、二つの組の不和の種を撒いてお互いを疑心暗鬼にさせているんだがな。まあいい。大型火器と言うと?」
「バズーカですよ。でなければ迫撃砲」
刑士郎には二つの違いは分からない。
「そんなもの、どこにある」
「私が手に入れます。ソ連解体で、闇の武器は全世界に流れています。中国が大量に入手したらしいですがね」
「どれくらいで手に入る」
「まあ、一週間あれば大丈夫でしょう」
「機関銃のほうが簡単じゃないか」
「私は大型火器専門でしてね。まあ、あなたのためにそれも手に入れましょう」

二人は攻撃拠点として、マンションを二室借りることにした。
一つは旭組の近く、もう一つは明治会の近くで、五階と六階の高層マンションの最上階だ。どちらもベランダからは、100メートルほど先の下の方に目標の建物や敷地が見える。
「どちらからやっつけましょうか」
「できれば同時がいいが、まあ、一番、人が集まっている時だったら、どちらでもいいな」
「それなら、明後日に明治会本部で総会があります」
と言ったのは、情報の報告に来ていた井上明史である。
三人が今いるのは借りたマンションの一方の部屋(明治会の傍のマンション)である。
小春日和の暖かな日差しが、レースのカーテン越しに部屋に射し込んでいる。家具は一つも無い部屋だが、カーテンだけは最初の日にセットしてある。もちろん、外部からの目隠しだ。
テーブルも何も無い部屋の床に敷いた新聞紙がテーブル代わりである。その上に、ビールとつまみが並んでいる。
「私は旭組に明治会の総会の件をリークしておきますから、うまく行けば、連中、総会の真っ最中に殴り込みに行きますよ。そうすれば一石二鳥です。まあ、私がリークしなくても、旭組もその情報は知っていると思いますがね」
「総会は何時からだ」
「午後一時からです」
「池島署長に言っておいてくれ。総会の間、何が起こっても、現場に踏み込まないように、と。その後なら、全員しょっぴいていいが」
三人はそれぞれ、別々にマンションを出た。
もうすぐだ、という思いと、小春日和の暖かな日差しと、昼間から飲んだビールが刑士郎の頭のネジを緩ませていたのは確かである。
住宅街ですれ違う人や子供たちの平和そうな姿が、彼を、自分もその世界の住人だと錯覚させたのかもしれない。

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町の名は (3)-1

(3)

刑士郎はカウンターで飲みながら、奥のボックス席にいる連中に時々ちらりと目を走らせていた。そこにいるのは旭組の中堅幹部二人と、店の女二人である。その手前の席に、幹部の使い走りらしいチンピラが、男二人だけ、手酌でビールを飲んでいる。
カウンターの中にいた女が前に来たので刑士郎は女に注意を向けた。わりときれいな女だ。刑士郎の手から氷だけになったグラスを取って、水割りを作る。
「お客さん、お酒強いのね」
「強いよ。あっちも強いよ。試してみるかい」
「いやあねえ、ホホ。ねえ、仕事、何してるの? ここの人じゃないよね」
「公務員」
「公務員、いいわねえ。不況知らずの仕事だもんねえ」
「まあね。親方日の丸って奴だ。でも、何をしているかは秘密だよ。国家機密」
「またまたあ。いつまでここにいるの?」
「ひと月くらいかな。ちょっとした調査でね。その間、女がいないから、もう大変。毎晩、ホテルのエロビデオ見てオナニーして寝てるの。可哀そうだろ。今晩どう?」
「また今度ね。お代わり作ろうか」
「水道水のウィスキー割か」
「いやあねえ。うちはちゃんとミネラル使ってるわよ」
「サントリー製のシーバスリーガルってのはなかなか美味いもんだな」
「馬鹿言わないでよ。本物のシーバスよ」
「そうか、飲み過ぎてこっちの舌がおかしくなっているんだ。そろそろお勘定にしようかな」
「あら、まだ宵の口じゃない」
「駄目だ。酔っぱらってあんたが美人に見えてきた。帰って寝たほうが良さそうだ」
その時、入り口のドアが開いて客が二人入ってきた。まだ二十代前にも見える若い客だ。
刑士郎から少し離れたカウンター席のストゥールに二人は腰を下ろした。
「ビール二本ね」
「はい、ビール、ツー」
注文を受けて女がバーテンに声をかける。
奥の席の女が二人、腰を上げた。
刑士郎は胃の中がむかつくような不快感に襲われていた。酒によるものではない。
「ちょっとトイレ。飲み過ぎた」
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫、おしっこするだけ」
刑士郎が立ち上がったとき、先ほど入ってきた二人の男がちょっと刑士郎の顔を見た。その目の奥の光は刑士郎には馴染みのものだった。
刑士郎がトイレに立って数十秒後、店内に銃声が鳴り響くのがトイレまで聞こえてきた。最初に4,5発。すこし間を置いて、7、8発。後の銃声は、明らかに、留めを刺したのだ。
刑士郎はトイレの窓から出られるか考え、あきらめて店内に戻った。
奥の席にいた旭組の四人はすべて射殺されていた。
カウンターでは女がバーテンに抱きついて震え、カウンターの端では女二人(おそらく、殺した側からあらかじめ言い含められていて、寸前に難を逃れたのだろう)が立ちすくんでいる。後から来た客たちの姿は無い。

警察で刑士郎は取り調べを受けたが、池島の手配で、すぐに釈放された。店の女とバーテンも刑士郎は事件と無関係だと証言していたせいもある。

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町の名は (2)-3

電話の音で刑士郎は目を覚ました。いつの間にかソファでうたた寝をしていたのである。
「はい、竹田です」
自分の偽名を思い出しながら電話に出る。
「井上さんという方からお電話です」
フロントの声の後、電話がつながる。
「竹田さんですか。私、池島のところの者ですが、今、お会いできるでしょうか。……はい、ロビーにいます」
池島とは誰だったか、急には思い出せなかったが、それが北**署の署長の名であることを思い出し、すぐに下りて行く、と返事をした。
ロビーのソファにかけていた井上という男は、三十前後のハンサムな男だった。私服を着ていて、ぱっと見には警察官らしい雰囲気は少ないが、目つきや姿勢にやはりそれらしいところはある。
「井上です。池島さんからこれを預かってきました。それから、何かあったら竹田さんに便宜を図るようにと言われています」
そう言いながら彼が手渡したのはジュラルミン製の中型トランクである。持つとずっしりと重い。
武器だな、と刑士郎は察した。
「井上さんへの連絡は?」
「はい、こちらへお願いします」
井上は名刺を渡した。内線電話番号と、「北**署交通課 井上明史」とある。
「交通課ねえ。駐車違反をしたときはお願いします」
井上は顔を赧らめた。
「交通課勤務は私の本意ではないのですが、署長がどうしても捜査二課への配属を許さないのです」
「井上さんはご結婚は?」
「まだです」
「母一人子一人でしょう」
井上はびっくりした顔をした。
「は、その通りです。どうして分かりましたか」
「もしかしたら、あんたのお母さんと署長さんとは昔の同級生か何かでは?」
「その通りです。どうしてそんなことが分かるんですか」
「勘ですよ。母一人子一人の人間を組織暴力団相手の部署にやりたくないということです。察するに、あんたのお母さんは、今はどうかしらないが、昔はかなり美人だったに違いない。あんたを見れば、それは一目瞭然だ。池島署長の憧れの人だったんじゃないかな」
「そうだったのか。ちっとも知らなかった。あの池島署長が……」
「あくまで推測ですよ。それより、私がこれから何をするのか聞いていますか」
「この町のヤクザどもの抗争と何か関係があると聞いてますが」
井上は声を潜めて言った。
「そう。旭組と明治会と、二つともぶっ潰すんです」
井上はギョッと驚いた。
「で、池島署長や井上さんにして貰いたいことは、私に何かあった時に、私を法的に守ってくれることです。特に、警察官に邪魔をして貰いたくない。ヤクザに捕まるのは仕方がないが、警察に捕まるのは御免だ」
「それは……たぶん大丈夫です」
「どうだか。私はこれまで警察が一般市民ではなくヤクザを守る場面もずい分見てきましたからね。ここではそんな目に遭いたくない。もっとも、私も一般市民とは言えないが」
「全力で竹田さんを守ります。ご安心ください」
刑士郎はそれから井上を部屋に招いて、二時間ほど彼からこの町の状況を聞いた。それぞれの組の幹部の名、組員のたむろする場所、行きつけの酒場や麻雀屋、覚醒剤取引によく使われる場所、幹部の家、それぞれの情婦の名や勤め場所。
ジュラルミンのカバンとは別に彼が持っていた書類鞄には、顔写真の貼られた組員リストがあった。

それから一週間、刑士郎は飲み屋を歩き回り、時々出遭う組員の名と顔を一致させることに努めた。もともと人物の特徴を即座に覚えることは警察官の必須技能の一つである。一週間のうちに、両組織の構成員のおよそ八割くらいは認識できるようになった。ただ、最高幹部とは、滅多に顔を合わせることは無かった。

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町の名は (2)-2

刑士郎は東城長官の私設オフィスに電話をした。用心のためにホテルから離れたところの電話ボックスの電話を使う。
「北**市の旭組はたしかに一心会の傘下の組だが、あんたの足がついたという話は無いな。別件だろう。旭組は今、叶組傘下の明治会と抗争中だから、その応援の者とでも間違われたのではないかな。警官とヤクザは兄弟みたいに似ているからな、ハハハ。そうだ、ついでと言っては何だが、あんたに仕事を頼もう。旭組と明治会が今、潰し合っているところだから、うまくその中に入って、双方の被害をできるだけ大きくしてくれないか。理想は、双方全員死亡だが、まあ、できるかぎりでいい。あんたの好きそうな仕事だから、楽しいだろう。支払いは、組員一人につき10万円、若頭クラスなら50万円でどうだ」
「それぞれの組の構成員の人数は」
「旭組が80人くらい、明治会が60人くらいかな。使い走りの高校生やチンピラなどは除いてだ」
「一人で140人を相手ですか。命が幾つあっても足りませんな」
「バックアップはする。北**署の池島署長は私の息のかかった人間だ。旭組と明治会には長年手を焼いている。そいつらを一掃するのは彼の悲願だ。北**市の大掃除のためならたいていのことには目をつぶるし、武器も融通してくれるだろう」
「あのねえ、黒澤の映画じゃないんだから、一人の人間がヤクザ組織をぶっ潰せるわけがないでしょう」
「そうでもないさ。現代の戦争に人数は関係ない。原爆一つで100万人が殺せるんだからな。相手が兵士でも同じさ。連中が争い合っているのがこっちにとってはもっけの幸いだ。相手以外のものに注意を向ける余裕が無いからな。それから、役に立つ人間を一人見つけた。そのうち応援に行かせる。二人でなら、仕事もしやすいだろう。名前は大石大悟。若いが使える男だ。ではな」
「ちょっと、ちょっと、こっちはまだ引き受けるとは言ってませんよ」
しかし、電話は既に切れていた。

刑士郎は北**市の市街地図を眺めながら部屋で酒を飲んでいた。ホテルは元のままだ。他のホテルに移っても同じことである。一度調べて懲りただろうから、かえって妙な連中は来なくなるかもしれない。
カウンター係は刑士郎と顔を合わせるときまり悪そうにするが、刑士郎からは、あれから特に何も言っていない。
旭組と明治会の本部所在地は昼の間に調べてある。北**市を流れるS河をはさんで2キロほど間が離れている。北**駅近くにあるのが旭組で、中心街から離れた閑静な住宅街にあるのが明治会だ。いつからそこにいるのかは知らないが、さぞ、その住宅街の地価は下落しただろう。
旭組の本部は、表向きは普通の雑居ビルだが、入り口周辺にはいつも目つきの悪い男たちが数人いる。侵入は難しそうだ。
明治会のほうは、まるで要塞である。コンクリート打ちっ放しの二階建ての無愛想な住宅ビルに、鉄格子のはまった窓が四方にある。その建物を囲んで2メートル少しの高さのコンクリート塀があり、ご丁寧にその上には鉄条網がある。まさか、電気まで流してはいないだろうが、刑務所並みのものものしさだ。門は鉄の扉で閉ざされている。
刑務所に送られる前から自分で自分を刑務所に閉じ込めていやがる、と考えて刑士郎はニヤリとした。
だが、思わずため息も出る。
「こりゃあ、戦車かミサイルでも無いと無理だな」
刑士郎は呟いた。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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