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少年マルス 15

第十五章 老人の身の上 
 
マルスは、ベッドの後ろの小さな窓から来る明かりで老人を観察した。
ずいぶん年を取っている。白い髪も髭も伸び放題に伸びて、顔は痩せこけているが、眼光は鋭い。しかし、やはり見覚えはない。
マルスは、はっと気づいた。
「もしかしたら、あなたは僕の父に会った事があるのでは?」
老人は記憶をたぐる目になった。
「そうかもしれん。わしがここに住むようになってから会った人間は僅かしかいない。最後に会った男が……そうだ、お主によく似ておった」
「それはいつ頃でしょうか」
「さあな。こんな山の中で月日を数えても詮無いことじゃ。十年前か、二十年前か、もしかしたら去年かも知れんて」
老人は目を閉じた。マルスは老人を疲れさせたかと思って、問うのをやめた。

それから三日、マルスたちはこの岩屋に逗留して、老人の看病をした。と言っても、世話をしたのは主にトリスターナであるが。
マルスたちは、風雨のしのげるこの岩屋で久し振りにのんびり過ごし、山登りの疲れを癒した。マルスは弓で鳥や獣を射て、それを炉の煙で燻して燻製を作り、オズモンドとマチルダは山の木の実や草の実を採集する。料理は主にジョンがやった。
三日のうちに老人は元気を回復し、ベッドから起きられるようになった。
「わしもいよいよあの世に行けるかと思っとったら、この世に繋ぎとめられたわい。余計な事、と言いたいが、まあ、感謝しとる」
老人の名はシモンズと言い、もとはグリセリードの宮廷にいた重臣だったという。
「大豪シモンズと言ってな、剣と槍では、デロス将軍を除いては、わしにかなうものはいなかったのじゃよ。しかし、宰相のロドリーゴにうとまれてな、そこを飛び出し、あちこちを放浪して諸国の国王に仕えたが、ある時、ふとこれまでの殺生に嫌気がさしてな、この山に入って世捨て人となったのじゃ。おお、そう言えば……」
老人は、ふと思い出したように、ベッドの下から木箱を引きずり出して、それを開いた。
中に入っていたのは見事な甲冑だった。なるほど、老人の言葉は嘘ではないらしい。
甲冑は金属部分には油が引かれ、錆びついてはいなかったが、革紐や内側のパッド、内服はもはやボロボロである。とはいえ、金属の鎧だけでも、莫大な金になる代物だろう。
「これがわしの紋章じゃ。もしもお主らが欲しければ、この鎧はお主らにやろう。この剣と槍もな。金も少しはあったかな……。どうせあの世には持っていけん。みんなやろう」
オズモンドは老人の剣を鞘から抜き出してみた。これも、油が引かれていて、錆びはついていない。何人もの人間の血を吸ってきた凄みの漂う、青光りする剣である。これもおそらく高価なものだろう。
「こんな高価なものを頂いていいのですか」
「かまわん。その剣はガーディアンといってな、戦場で敵の鎧を真っ二つにして刃こぼれもしなかった名剣じゃ。グリセリードの国王に、領地と引き換えに寄越せと言われたが、わしは断ったのじゃ。だが、今のわしには単なる人殺しの道具、罪深い代物じゃ」
トリスターナは老人に、グルネヴィアの寺院で売っている護符を差し出した。
「これはエレミア寺院の免罪符ですわ。これを持っているとこの世でのすべての罪は許されて神の御許に行けます」
「エレミエル教か。わしは特にどの神を信じているというわけでもないが、お前さんの気持ちは嬉しい。もしかしたら、これで安らかな気持ちであの世に行けるかもしれん」
マルスは槍の作りを調べていたが、顔を上げて言った。
「この槍も素晴らしい。猟師の槍とは全然違う作りだが、確かに戦場で使うにはこの方が良さそうだ。柄も穂先も見事な出来だ」
「そうじゃろう。わしは戦場では剣よりもその槍で何人もの敵を倒したものじゃ。柄は中に鉄芯が入っていて、剣でも切れんぞ。そいつはお前さんにやろう」
およそ一週間の滞在の後、マルスらは老人に別れを告げて出発することにした。その一週間の間に老人から聞いた諸国の話は、古い話ではあるが、まだ見知らぬ国々のことであり、マルスたちにはいろいろと役に立ちそうな話もあった。
マルスは老人のためにたくさんの保存食を作っておいたので、たとえ寝たきりになってもしばらくは生きていけるはずである。
トリスターナとマチルダは二人で岩屋を精一杯清潔にし、調度類の修理などもした。
「これでわしも後一、二年は生き延びそうだ。お主らが来てくれてよかったと思っとるよ。いなくなると寂しくなるの。特にトリスターナさんには世話になった」
岩屋の前で手を振り、別れを告げる老人に手を振って応えながらマルスたちは山を下っていった。
これから山と山の間の谷間伝いに旅を続けるのである。

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酔生夢人
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仙人
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考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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