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気の赴くままにつれづれと。
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長嶋さんは中程度の脳梗塞 右半身軽いまひ 病院発表 | |||
脳卒中の疑いで緊急入院したプロ野球巨人元監督でアテネ五輪の野球の日本代表監督を務める長嶋茂雄氏(68)の容体について、東京女子医大病院は5日、「左の大脳に中等度の脳梗塞(こうそく)が起きている。意識は保たれているが右半身に軽いまひがある」と発表した。病状から、長嶋氏が8月のアテネ五輪で日本代表の指揮をとるのは難しくなったとみられる。 記者会見した神経内科の内山真一郎教授によると、病名は心原性脳塞栓(そくせん)症。4日朝、心臓の左心房で不整脈の一種の心房細動が起き、心臓の中に血栓ができた。この血栓が血管を通って左の大脳で詰まったとみられるという。意識はあり、問いかけには応じることができる。5日時点では、言語障害は起きていない。 現段階では、脳のむくみを取る▽血栓が再発したり広がったりしないようにする▽脳を保護する――などのための薬物による治療をして、様子をみるという。 今後の見通しについて内山教授は「生命に危険を生じさせる状態ではないが、病状はまだ不安定で、長期的な展望について現時点で話をする段階ではない。まずは1週間が大事。1週、2週と過ぎてからそういう話ができると思う。何日くらいで退院できるかも現時点では申し上げられない」と話した。 ◇ ◇ 〈心原性脳塞栓(そくせん)症〉 心臓で生じた血栓が脳動脈まで運ばれて、血管をふさぐと脳梗塞の原因となる。これを心原性脳塞栓症という。静脈からの血液を心室に送る役目の心房で、正常の5倍を超える速さで不規則に震える心房細動が起きると、心房内の血液の流れが遅くなり、血液がよどみ、血栓(血液の塊)ができやすくなる。心房細動は発作型と持続型があり、発作を繰り返すと慢性化することがある。高血圧や弁膜症など器質的な心疾患が心房細動の原因となっていることが多い。 (04/03/05 13:45) |
大怪我をした黄金丸が床に伏してから早やひと月ほど経った。身体を打たれた傷の痛みはなくなりはしたものの、骨を折られた右前足は癒えるにはほど遠く、歩くのさえやっとであった。
「このまま傷が治らず足が効かないようになってしまったら、生まれ持った大丈夫のこの私とは似ても似つ付かぬものになってしまう。そうなってしまっては父母の仇討ちなどできようはずもない。今のうちによい薬を手に入れ、この傷を癒さなければ、元の私の姿には戻ることはできまい」
黄金丸は右前足の怪我の治りがはかばかしくなく、思うように動かぬことをしきりに心配してこう言うと、あちらこちらと良薬を探して尋ね歩いていた。ある日鷲郎が慌ただしく帰ってきて、黄金丸にこう言った。
「おう、黄金丸、喜べや。今日な、出先でな、よい医者がおるという噂を聞いて来たぞ」
黄金丸は鷲郎に向かって膝を進め、矢継ぎ早にこう言った。
「それは何と耳よりな話。で、その医者はどこのどなたなのだ、鷲郎」
これを聞いて鷲郎は、
「うん、あのなあ、今日、俺は里に出て、あちらこちらうろついておったのだが、そこで古い仲間とばったり出くわしたのだ。その昔のよしみが言うにはな、ここを出て南の方へ一里ばかり行ったところに、木賊ヶ原という所があってな、そこに朱目の翁(あかめのおきな)という名のなかなか立派な兎がおるそうだ。この翁はな、若い頃、芝刈りの爺さんが留守の間に悪狸に妻の婆さんを殺められ、しかも殺された婆さんは鍋にされた揚げ句、狸の奴、婆さんになりすまし、帰って来た爺さんに婆さんの鍋を食わした事件があったろう。うん、そして悲しんでいた爺さんの仇討ちに手を貸して、見事仇の狸を海に沈めた兎がおった話を知っておろう。あのときの殊勲の兎がこの翁だそうな。この翁はな、その時の功を認められて、月宮殿にてかの嫦娥より霊力あらたかな杵と臼を拝領し、その臼杵を用い種々様々な薬を搗いては病に伏せるものに遍く施し、今は豊かに世を送っておるという。この翁の所へ行き、良薬を賜れば、病や怪我で苦しんでいる獣で治らぬものは大方ないということだ。実はその昔のよしみもな、先日、里の子供の投げた石で打たれて、左後脚に怪我を負ったそうだ。で、その傷を治すため、その翁の調合した薬を手に入れて処方したところ、傷はみるみるうちに治ったそうだ。ということだから、俺は早速その翁の所へ出向いて、薬を手に入れて来ようと思ったのだが、はて、ただ床に伏せたまま病と闘うまでには弱ってはおらぬばかりか、一刻も早く傷を癒して仇を討たんと諸処尋ね歩くほどの気根のあるお主のこと、俺がどうこうするよりも、お主自らその翁の許へ出向き、これこう、このようにと翁に親しくその傷を見せ、翁の眼識をもって処方を受けた方が、なおいっそう頼りになるであろうと思ったので、飛んで帰って来たのだ。お主、体を動かすのは甚だ苦しいではあろうが、少しも歩けぬという程ではなし、どうだ、気分が良くば、試しに明日にでも行って診てもらってはどうだ」
と言った。この話を聞き黄金丸は大層喜んでこう言った。
「それは実に嬉しいことだ。そのような立派な医者があるということを、本日今まで知らなかったというのは誠に間の抜けたことであったな。そういうこととあらば、明日早速出向いて薬を求めることにしよう」
と、黄金丸はクラゲの骨を得たような、あり得ないような話を聞いて嬉しくてたまらなかった。
翌朝、黄金丸はまだ東の空も明けやらぬ前から起き出し出立し、教えられた道を辿って行くと木賊ヶ原に出た。しばらく行くと櫨の木や楓などが美しく様々に色づいた木立の中に、柴垣を結いめぐらした草庵があった。丸太の柱に木賊で軒を作った質素な門があり、竹の縁側が清らかで、筧の水音も澄み切って聞こえる風情は、いかにも由緒正しい獣の棲み処らしく思えた。黄金丸は柴門の前に立つと、声を高めて来訪を告げた。
「頼もう。頼もう。主殿はおいでか」
すると家の中から声が帰って来た。
「どなたかな」
それは朱目の翁の声であった。声に続いて、耳が長く毛が真っ白で、眼光の鋭い赤い目をしたいかにも一見ただものではない兎が姿を現した。黄金丸は柴門にあって、まず恭しく礼をすると、翁に自分の傷について話し、薬の処方をお願いしたい旨を伝えた。するとその翁はすぐ了解し、黄金丸を草庵に招き入れた。翁は診察室に黄金丸を通すと、まずは黄金丸の傷を診て、あちらこちら動かしてみたり触ってみたりした後、何かしらん薬を擦り付けた。診断と薬の処方が終わると翁はこう言った。
「私があなたに施したこの薬は、畏くもかの嫦娥様直伝の霊法に基づき煎じたもの。たとえいかに難しい症状であろうと、すかさず治癒に向かうものである。その霊験はあらたかで、その効力は神のなせる技である。あなたの傷を診たところ、施しが遅れたのでやや症状は重くはなってはおるが、今晩までには完治するであろう。これで今日の処方は終わったので、明日またここにおいでなさい。すこしばかりあなたに尋ねたいこともあるでな・・・」
黄金丸は大いに喜び、帰り支度をすると分かれを告げ、草庵を出た。
さて、治療を終えて古寺へ帰る道すがら、とある森の中を横切ろうとしたときのことである。生い茂った木立の中より、ヒュイッと音を立て、黄金丸目がけ矢が射られた。
「ぬ、これは!」
と、流石、黄金丸、とっさに自分が射られたのに気づくと身を捻るや、飛んできた矢の矢柄をハッシと牙で咬み止めながら、矢が放たれた方角をキッと睨み付けた。すると、そこには二抱えほどもあろう大きな赤松があり、見上げた辺りの幹が二股になった処に一匹の黒猿がいた。黒猿は左手に黒木の弓を持ち、二の矢を続けて射ようと右手に青竹の矢を採り、弓に番えているところであった。
黄金丸に睨み付けられ、その眼光の鋭さに怖じ気づいたのであろう、黒猿は番えた二の矢も放たず、慌ただしく枝に走り上るや、梢伝いに木の間に隠れ、その姿を消してしまった。
さて、翌日になると不思議なことに萎えていた足は、朱目の翁が言ったことに少しも違わず、見かけの上も、さらにいろいろと動かしてみても痛みも何もなく、完く元通りの足に戻っていたのであった。黄金丸は小躍りして喜んだ。さて、取りも直さず急いで礼に行こうと、少しばかりではあったが、寺にあった豆滓(おから)を携え、朱目の翁の草庵に出向いた。翁に招き入れられると黄金丸は全快した旨を伝え、言葉を尽くしてその喜びを表した。
「私は主のない浪々の身分であり、思うに任せない暮らしをしております。翁にはこのように体を治していただきながら十分な返礼をすることができぬのですが、ここに携えましたこれは今私にできます心ばかりの御礼です。どうかお納めください」
と言って、持参した豆滓を差し出した。朱目の翁は喜んでこれを受け取ってくれた。しばらくしてから翁は黄金丸にこう言った。
「昨日、あなたに少々尋ねたいことがあると申したがのう、実は大事なことで、他でもないのだ」
と言うと、打ち解けて話していた姿を整えて、続けてこう言った。
「私は長い年月を経て、いくらか神通力を得ることができるようになったので、獣の顔の相を見て、自ずからそのものがどのようなものであるか、ずばり、分かるようになった。わが眼識に狂いはなく、十に一つの誤りもない。今、あなたの顔の相を見ると、どうやら世にも稀な名犬と思え、しかもその力量は万獣に秀でていると思えるから、遠からずして、抜群の功名を立てることであろう。私は、こうしてこの草庵に居て数多の獣と対面してきたけれど、あなたのような獣にはこれまで会ったことがない。どうやらあなたは由緒あるご出自のようであるな。どうでしょう、あなたのご身分をお聞かせていただけぬか」
黄金丸は少しも隠し立てすることなく、自分の素性来歴を語った。朱目の翁は黄金丸の話を聞いていたが、はたと膝を打つとこう言った。
「おお、そういうことであったか、なるほど会得した。獣というのは胎生であり、多くは雌雄数匹を孕んで、一親一子という例はほとんど稀である。お生まれの話を聞けば、あなたはただ一匹で生まれたということだから、あなたの力は五、六匹の力を兼ね備えているということになる。しかもそればかりか、牛に養われ、その乳により育まれたということであるので、さらにまた牛の力量も身に受けたということ。ということであればなるほど、そんじょそこいらの猛犬の比にならぬわけだ。ところで、何故にあなたほどの敏捷で猛きものが易々とそのように大怪我を負うたのです」
と訝し気に尋ねるのであった。
「これにはいささか深い訳がございます。もともと私は、その大悪の虎金眸と小悪の狐聴水を不倶戴天の仇として狙っており、常に油断なく過ごしておりました。しかし去る日、悪狐聴水を、帰路の途上で偶然見つけましたもので、正々堂々と名乗りをかけて討とうといたしました。ところが敵ながら聴水の奴め、私から逃れながら謀をし、人家に逃れ、その家人の力をを以てして己が力のなさの扶けにしようとしたのです。私はその計略にまんまと嵌ってしまったのです」
このように、黄金丸は大怪我をした時の情況をつぶさに語り、続けてこう言った。
「あの憎き聴水の奴め、もしまた目の前に現れたらそのときにこそ一咬みにしてその息の根を止めてやろうと、明け暮れ随所に目を配っておりますが、考えてみれば、私が名乗りを上げたことで、命を付け狙われていることを知らしめてしまったがために、奴も用心して、よもや私のいる里方には出て来はせんでしょうから、遺恨を返す機会も手がかりもなく、ただ無念なまま日々を過ごしているのです」
黄金丸は、こう言い終えると、あまりの悔しさに歯軋りをするのであった。朱目の翁は黄金丸の話に頷いて、
「あなたは実に正々堂々としておられる。それゆえにこそ無念であろう。しかしそうではあっても、黄金殿、あなたが本当にその聴水を討とうというお心であれば、私に奴を誘い出すよい計略がある。もし奴がこの手に乗って来なかったとしても、試してみてはいかがかな。ま、おおよそ狐や狸の類の性質というのはあくまで悪賢く、またどこまでも疑い深いというのが相場でな。こちら側も中途半端な謀では、相手の警戒心を解き、捕らえるには遠く及ばない。しかし、だ、好事魔多し。好きなこと、こういうことに関してはたとえ君子であろうと迷う、という。狐が好むものを以って誘き出し罠に落とす。聴水も狐。さもあらばあれ、それほど難しいことでもあるまい」
と、言った。これを聞いて黄金丸は喜んで、
「なるほど。で、翁、その、狐を誘い出す罠というのはどんなものなのでしょう。以前から聞いておるのですが、私はまだこの目で見たことがないのです。どのように作ればよいのでしょう、是非お教えくださらぬか」
と尋ねた。翁は黄金丸の願いに応えてこう言った。
「罠はな、このようにしてな、ここはこうして、そこはこうして拵える。よいか。そしてな、それに狐の好む餌をかけて置くのだ」
と、教えた。
「なるほど、仕掛けは飲み込みました。で、その最後の「狐の好む餌」というのは一体?」
黄金丸がこう言うと、翁は、
「それはな、鼠の天ぷらじゃ。太った雌鼠を油で揚げ、その罠に懸けておくのだ。そうすると、狐の奴らは大好きな、その得も言われぬ香気で心も魂もすっかり呆けてしまい、我を忘れ、大方は掛けた罠に落ちるという。これは狩人がよくやる手でな、かの狂言「釣狐」にも採り上げられているほど。どうじゃ、あなたはこれからお帰りになったら、まず今申した通りに罠を掛け、奴、聴水が来るのを待ち構えてみてはいかがか。今夜あたり、その狐、その雌鼠の天ぷらの香気に誘き寄せられ、浮かれ出て、お主の罠に落ちるやも知れぬぞ」
と黄金丸に丁寧に教えた。黄金丸は、
「これは良いことを聞きました。ああ、良いことを聞いた」
と言うと、何度も何度もその嬉しさを表したのであった。狐を陥れる罠の話が終わっても、二匹の四方山話は尽きず、次第に時が過ぎ、日は山の端に傾き、塒に帰る烏の群れの声がやかましく聞こえる時刻となった。
「やや、これは思いも掛けず長座をしてしまいました。どうぞお宥しください」
と黄金丸は会釈し、翁の草庵を後にした。
さて、我が家を目指して帰る道すがら、昨日と同じ森の中の道を辿り、例の木の側を通り掛かると、やはり樹上より矢を射掛けてくるものがあった。今度の一矢は黄金丸の肩を擦ったが、黄金丸はやはり流石の名犬。思わず身を沈めその矢をいなすと、大声で樹上に向かって叫んだ。
「おのれ、昨日に続き今日も狼藉をなすか。引っ捕らえてくれよう」
と、矢を放った木の元へ走り上を見ると、やはり昨日の黒猿がいた。黒猿は黄金丸の姿を見ると、やはり昨日と同じように木の葉の中に身を隠し、梢を辿って逃げ失せた。
「くそ、私に木を伝う術があれば、すぐに追いかけて捕らえてやるものを・・・。憎き猿め」
と思うばかり。猿が逃げるその姿を見ながら黄金丸は、
「しかし、またどうしてあの猿の奴、よりによって一度ならず二度までも私に射掛けて来たのであろう。我ら犬属と猿属とは古くから仲の悪いものの譬えに上げられるほど。互いに牙を鳴らし合う犬猿の仲ではある。が、どうして私だけがあの猿に執念深く狙われるのか。狙われる憶えは終ぞないのだが・・・。よし、明日またここを通り掛かった折、再び奴が出ようことがあらば、引っ捕らえてその辺の理由を糺さねばならぬな」
と黄金丸は独言を言うと、不意打ちの狼藉、しかも飛び道具を使う卑怯に対する怒りを抑えつつ、その日は帰途に着くのであった。
さて、黄金丸を襲ったこの黒猿の正体とは。
聴水を誘い出そうという罠の行方は。
これにて第一巻の終わり。続きは第二巻にてのお楽しみ。乞うご期待あれ。
(夢人追記)
ここまでで「第一巻の終わり」で、私自身読んでいるうちに、「これは現代の読者には無理な内容だなあ」と思ったので、全体の終わり、すなわち「一巻の終わり」にする。そもそも、人間的な「かたき討ち」を、動物世界の話にして明治時代、いや近世のモラルを無理やりねじ込んだ話なので、日本最初の創作児童文学という歴史的価値と、原文で読めば古文(明治文語文)の面白さがあるというメリットがあるだけに思えてきた。
猫が雌ネズミを強姦する(物理的に無理だろうww)とか、猿が木の上から巨大な犬を弓で射るのを「卑怯」扱いするというのも、なんだかなあ、と思う。現代っ子のように「話の先読み」をするのが好きな連中なら、この回の「狐はネズミの天ぷらが大好物」と聞いただけで、話の先が読めてしまうだろう。しかも、ご丁寧に「雌ネズミ」という指定であるwww こんな残酷で非人情な行為を主人公がするはずはないから、雌ネズミの何とかさんは自ら天ぷら鍋に身を投じてこがね丸に捧げるということまで容易に推測できる。
まあ、これが近世的モラルというもので、女性に人権は無かったと言ってもそれほど間違いではないようだ。小学校の図書館には置けない内容だが、実は私はこの話を小学校の図書館で(半分も理解できなかったが)読んだのである。昔はおおらかだったと言えるが、現代なら即座に悪書追放の対象になるだろう。
── 中村さんは、2013年の9月に「スティッフパーソン症候群」という病名がつき、しばらく入院生活を送られていました。病気を発症した当時の状況を教えてください。
中村さん: 2013年の夏ですね。急に食欲がなくなって、何も食べられなくなりました。手が震え始めておかしいなと思っていましたが、症状が夏バテにも似ていたので放置していたんです。その後、息切れがひどくなり、歩くのもつらい状態になりました。友人の医師に話したら、病院で一度診てもらったほうがいいと言われて、病院に検査にいったところ即入院となりました。
── それ以前は、体の不調などはなかったのでしょうか。
中村さん: 今にして思えば、昔から頻繁に足がつっていたんですよね。でも、当時はかなりヒールの高い靴を履いていたので、「ヒールのせいで足がつるのかな」と思って、あまり深く考えていませんでした。
脚気はビタミンB1が不足して起こる疾患で、末梢神経の障害と心不全(心臓に異常が生じてポンプの役割を果たさなくなること)による全身浮腫(むくみ)を起こします。脚気の初期には食欲不振があり、他に全身がだるく、とくに下半身に倦怠感が生まれます。次第に足のしびれやむくみ、動悸、息切れ、感覚の麻痺などの症状があらわれます。さらに進行すると手足に力が入らず寝たきりとなり、そのまま放置すると心不全が悪化して死に至ることもあります。
ビタミンB₁は水に溶けやすいため、調理のときに失われてしまうことが少なくありません。さらに、摂取しても体に吸収されにくく、吸収された後も体外へ排泄されやすいという特徴があります。そのため、実際に摂取できるのは、元の食品に含まれる量よりもかなり少ないと考える必要があります。このように、ビタミンB₁は非常に摂り入れにくく、身体に蓄積しない傾向があり、不足しやすい栄養素のひとつです。
食生活の偏り
かつて多発した脚気は、米食が中心だったころには、よく精米された白米を中心とした食事に原因があるといわれてきました。現在、脚気の発症は減っていますが、食生活の偏りがビタミン不足を招き、脚気の発症につながることもあります。
清涼飲料水やインスタント食品に多く含まれる糖質を分解するには、ビタミンB₁が必要不可欠です。そのため、これらの食品を大量に摂り過ぎると、分解にビタミンB₁が使われて体内で不足し、脚気を引き起こすことがあるのです。
アルコールの過剰摂取
アルコールの分解には多量のビタミンB₁が使われます。そのため、お酒を大量に飲むと、ビタミンB₁が不足して脚気を引き起こすことがあります。
ビタミンB₁は、偏食などによって食事から必要量が摂れなかったり、加工食品などによる糖分の摂り過ぎや激しい運動によって消費されたりした結果、不足します。また、白米は玄米に比べてビタミンB₁の含有量が少なく、少ないおかずと一緒にたくさん食べることが続くと、体内のビタミンB₁が不足します。その結果、体のだるさや倦怠感、足のむくみ、動悸、息切れなどの症状が生じます。この状態では脚気の発症ではありませんが、さらにビタミンB₁が不足すると発症の可能性が高まるので、「脚気予備軍」ともいわれています。
アルコールの摂取がないと精神的・肉体的にも不安定な状態になり、一日のうちでもアルコール摂取が断続的に続く状態をいいます。常にアルコールのことを考えるようになり、酒量を減らしたり禁酒したりすると、不眠や不安、悪寒、痙攣などの離脱症状があらわれることがあります。酒類を飲むことが優先となるため、食事のバランスが悪くなり、ビタミン不足が起こります。なかでもアルコールの分解に多量のビタミンB₁が使われるため、ビタミンB₁の欠乏が原因となり脚気を引き起こすことがあります。
脚気かどうかを判断するために、膝の下のくぼみを叩いて足が自然に跳ね上がるかどうかを見る検査方法(膝蓋腱反射)があります。足が跳ね上がらない場合は脚気かどうかの目安になりますが、休んでも体の疲れがとれない、手足にしびれや麻痺などの症状が残るというようなときは、主治医に相談するか、内科、整形外科などを受診しましょう。
ビタミンB₁の欠乏が疑われるときは、注射(点滴)によりビタミンB₁を補います。この補充によって症状はおおむね改善されますが、末梢神経障害を生じている場合はすぐには回復しないことがあります。
アルコール依存症の人に対しては、アルコール依存症および同依存症によって生じた疾患の治療と並行してビタミンB₁の補充治療を行います。
脚気を予防するには、ビタミンB₁を多く摂ることが大切です。普段の食事で積極的な摂取を心がけ、難しいときはサプリメントや市販薬の服用で欠乏しがちなビタミンB₁を補いましょう。
ビタミンB₁を多く含む食材
ビタミンB₁ | 玄米、豚肉、うなぎ、枝豆 など |
---|---|
アリシン※ | 玉ねぎ、にら、にんにく、ねぎ |
※ビタミンB₁の吸収を高める成分
ビタミンB₁は、玄米、豚肉、うなぎ、枝豆などに豊富に含まれています。また、ビタミンB₁の吸収を高める成分であるアリシンが豊富な玉ねぎ、にら、にんにく、ねぎを食材に加えるとさらに効果的です。
市販薬でビタミンB₁を補給
忙しい日々を過ごしているなかでは、食事から意識的にビタミンB₁を摂ることは難しいものです。そんなときは、ビタミンB₁が含まれたドリンク剤やビタミン剤を服用することも考えてみましょう。ビタミンB₁は体に吸収されにくい特徴を持っているので、体への吸収率を高めたビタミンB₁誘導体が含まれている医薬品で補うという方法もあります。
酒類はビタミンB₁を多く消費し、飲み過ぎは食事のバランスを崩しビタミン不足を招くばかりか、アルコール依存症の原因にもなります。日頃からバランスのとれた食生活を心がけ、アルコールの飲み過ぎには十分注意しましょう。
参考
米田誠; 神経治療. 36, 395-98, 2019.
石川欽司; 日集中医誌. 12, 92-94, 2005.
鷲郎に助けられ黄金丸はやっとのことで棲み処に帰りつくことができた。だが、大男に棒で仮借なく打ち叩かれた傷は重く、耐え切れぬほど痛んだ。黄金丸の右前足の骨は、我が子を倒された恨みが籠められた大男の渾身の一打に砕かれ、生涯、身体の不自由を負い暮らさねばならぬことを覚悟せねばならぬような有様であった。
「私がこのまま身体に障害を持つ犬になってしまったら、積年の宿願をいつ叶えることができよう、否、できはせんだろう。折角、天の恵みで仇の片破れを目の当たりにしたにもかかわらず、取り逃がした上、経緯はともかく、身体を不自由にし、大願を叶えられぬようになったなどということでは、無念を超えて慚愧に堪えぬ。文角義父さんに合わせる顔がない」
黄金丸は受けた傷の痛みもさることながら、叶えねばならぬ宿願を成就できない身になるやもしれぬ無念に甚だしく心を痛め、歯ぎしりをしながら悲嘆に暮れて口走った。黄金丸の苦悩に満ちた独白を聞いていた鷲郎は、黄金丸の心中の憂いを推し測り、同情の余り黄金丸と共に無念の涙に暮れるのであった。
「そう嘆き悲しむな、黄金丸。世の中にはな、『七転び八起き』という諺があるではないか。安静にして養生すれば、お前のことだ、早晩その傷も癒え、その後再び腕を磨き直せば、必ずや、お主と俺、吾らの大願も成就する日が来るであろうよ。俺はお主の身辺におるから、何の心配もいらぬ。大丈夫だ。大船に乗ったつもりでおればよい。よいか、とにかく今は心をしっかりと持って、傷を癒すことが先決だ」
と、鷲郎は弱音を吐く黄金丸を叱咤する傍ら、激励して気を引き立てながら甲斐甲斐しく世話をした。だが黄金丸の傷は一向に快方へと向かう兆しがない。鷲郎はそんな黄金丸を介抱しつつ、何とかしてやろうにもどうにもならぬという無力感も手伝い、少なからず焦りを抱き始めるのであった。
ある日のこと、黄金丸だけを寺に残し、鷲郎は食糧を得るために昼前から狩りに出た。ちょうど初冬の頃で、小春日和の空はのどかで、庇から漏れ来る日差しはほかほかと暖かであった。黄金丸は体を起こすと、伏せっていた床を這い出し、陽の当たる縁側の端に坐り、一匹、物思いに耽っていたときのことである。やにわに天井裏から物音がすると、助けを求める鼠の声がけたたましく聞こえてきた。暫くすると、一匹の雌鼠が破れた板戸の方から黄金丸の傍らへ逃げて来るや、座って組んだ後ろ足の間に潜り込んだ。そしてそこから顔を出し、助けを求めるように黄金丸の顔を見上げた。黄金丸はこの雌鼠をかわいそうに思い、左前足の脇の下に挟んで庇ってあげた。さて、この鼠はそもそも誰に追われここに逃れて来たものであろうやと、やって来た方向をきっと睨むと、板戸の陰に身を忍ばせてこちらを窺う一匹の黒猫がいた。この黒猫を見て黄金丸ははたと思い出した。
「あ、こやつ!」
過日、鷲郎とあの雉子の所有権を相争った時、二匹の闘いの隙に乗じ、当の雉子をかすめ捕ったあの黒猫ではないか。黄金丸はそれを思い出すや怒りがこみ上げ、病み伏せていた身体のことも忘れ、雌鼠をそこに置くや、板戸の陰に隠れている黒猫に向かって一っ飛びに食いかかった。雌鼠を狙い黄金丸への警戒を怠っていた黒猫は大いに慌てふためいて、板戸の脇の柱に大慌てで攀じ登って逃れようとした。黄金丸は逃げようとする黒猫の尾を咥え床に引きずり降ろすや、抵抗する黒猫を組み伏せ、その喉笛を咬み裂いて、一瞬にしてその息の根を止めた。
黒猫を成敗して興奮冷めやらぬ黄金丸の前に、かの雌鼠が恐る恐る這い寄って来た。そして黄金丸の前に正座をすると、丁寧に前足を仕え、何度も何度も頭を垂れてこう言った。
「危ないところを匿って助けていただきました上、ましてや、この猫までをも成敗していただきましたこと、何と申し上げてよいやら言葉もございません。ただただ重ね重ね御礼申し上げるばかりでございます」
と黄金丸によって生き長らえた喜びとその恩を謝するのであった。黄金丸は雌鼠の真摯な態度と言葉を聞いて、にっこりと笑みを湛えると、
「あなたはどこにお棲まいか?この黒猫は何故あなたを襲おうとしたのですか?」
と、尋ねた。雌鼠は正座していた膝を少しばかり黄金丸の方へ躙り寄せてこう言った。
「はい、お訊ねとあらば、殿様、どうぞお聞きくださいまし。私は名を阿駒(おこま)と申します。この天井裏を棲まいとする鼠でございます。殿様に討たれたこの黒猫は烏円(うばたま)と申しまして、この近辺を縄張りにした破落戸(ごろつき)の野良猫でございます。以前から私に目を付け、想いを寄せ、道にはずれた関係を持とうと強要したのでございます。私には定まった夫がありますので、いくら想いを寄せられてもそれを承知するわけもなく、ただ知らぬふりをし、言い寄られ、付き纏われする度に諦めさせんとつれなくしつつ、ことあるごとにならぬことととてたしなめておりました次第でございます。私からはこのように好意のないことを表したにもかかわらず、この猫は私のことをどうしても諦めることができなかったのでございましょう。先ほど、私ども夫婦の巣に忍び入り、私の夫を無残にもかみ殺したのでございます。そして私を連れ去り、手籠めにしようとしたのです。私はこのままでは我が身も終わり、と余りの恐ろしさに逃げ惑っていたのでございます。とはいえ、兎にも角にも私事にて殿様のお休みになられている枕部をお騒がせいたしましたご無礼の罪、何とぞお許しくださいませ」
と、目に涙を一杯に溜めながら話をして聞かせた。黄金丸も
「それはかわいそうにな・・・」
と言って雌鼠を慰めて、息絶えた烏円の屍を蔑んだ目で見下しながら、
「こやつ、心底けしからぬ猫であった。こいつはな、阿駒。過日、私が手に入れた鳥をかすめ取ったことがあってな。私もまた、そなたと同じく忘れ得ぬ遺恨を持っておったのだ。年来積もった悪事に天罰が降り、今、その報いを受けてこういう有様になった。私にとっては溜飲の下がる、実に小気味の良いことだ」
と黄金丸が阿駒に物語っていたところへ、狩りで捕らえた小鳥を二三羽咥えて鷲郎が帰った来た。息絶えた黒猫の傍らに佇む黄金丸と、その前に正座する雌鼠がいる有様を見て、鷲郎は、
「何事があったのだ、黄金丸」
と尋ねた。黄金丸は事の顛末を洗いざらい鷲郎に語った。それを聞いて鷲郎は事の経緯と成り行きに黄金丸に大いに義も理もありと、黄金丸の成敗を褒め称え、こう言った。
「ははは、そうか、黄金丸。このような手柄を立てるとはな。うん、お主の身体の傷が完治するのもそう遠いことではなかろう」
などと言って共に喜びを分かち合った。ほどなくして二匹は、鷲郎が持ち帰った獲物の小鳥と烏円の身体を引き裂いて、その肉を欲しいままに腹に収めた。
これ以来雌鼠の阿駒は、黄金丸に助けられ生き延びられたことを恩義に感じて、明け暮れ黄金丸の側に傅いて、何くれとなくまめまめしく働いた。黄金丸は恩義を忘れず誠実に努める阿駒の厚意を嬉しく思い、情け深く暖かい心で接していた。さて、もともとこの阿駒という鼠は、とある香具師に飼われていたもので、さまざまな芸を仕込まれ、縁日の見世物に出されていた身であったが、故あって、香具師の小屋を抜け出、この古寺に流れ着き棲み付いたのであった。そういう芸のある阿駒であったから、折につけ黄金丸の枕部に来ては、うろ覚えの舞の手振りをやって見せたり、綱渡りや籠抜けの芸などをして見せた。また昔取った杵柄で、腕は確かではないが音曲を奏でもした。黄金丸は阿駒の見せる種々の芸を楽しみにするようになり、そのお陰で重い傷の痛みも忘れることができたのだった。
こうして黄金丸と鷲郎は我利を捨て、共有した条理に順い、共に手を携え目的を達成するために兄弟の契りを結んだ。そしてこの廃寺を棲み処に定めたのであった。もちろん浪々の身となった今は、二匹に食を与えてくれる主もなく、食べるものも思うに任せないこととなった。鷲郎は猟犬という立場を捨てたのだが、背に腹は代えられず、不本意ではあったものの
「吾等の身とその志のためとあらば、慣れ親しんだ生業だから」
と言うや、野山に出て猟をし、小鳥を狩って戻って来るのだった。二匹は鷲郎の働きでどうにかその日の糧を得、日を過ごしていた。
ある日、黄金丸は用事があり一匹で人里へ出た。その帰り、畑中の道を辿り戻って来たときのことである。ふと見やると、遠くの山の端に野菊の乱れ咲く処があり、その中に黄色の獣が横になって眠っているのが目に入った。大きさからすると犬のようであるが、どことなく自分たち犬属とは異なるものらしい。その獣に近づきよく見ると、犬とは異なり耳が立ち口が尖っている。それはまさしく狐であった。その尾は先の毛が抜け落ちてみすぼらしくなっている。これを見て、黄金丸ははっと義父文角の話を思い出した。
「文角義父さんがお話しくださった聴水という狐。きゃつはかつてわが実父月丸により、尾の尖端を咬み取られたという話だった。この狐の奴、尾の尖が千切れているぞ。こやつ、恐らくあの小悪の狐聴水に違いない。ああ、有り難いことだ。かたじけないことだ。今日このときこの場で巡り遭ったは、まさしく天の恵み。さあ、親の仇、ひと咬みにしてくれよう……」
しかし黄金丸はさすが道を外すことを好まぬ義を知った犬であったので、たとい仇と言えども眠り込んでいるところを襲うのを快く思わなかった。また、もし聴水ではなく別の無関係な狐であったら無益な殺生をすることになるとも思った。黄金丸は眠っている狐の近くまでそっと忍び寄ると、寝ている狐に向かって一声高く叫んだ。
「聴水か!」
眠っていた狐は黄金丸の声に驚いたのなんの。驚きの余り、眠っていたその目も開けぬまま一間ほど跳ね飛んで、南無三とばかり一目散に逃げ出した。
「おのれ、聴水。決して逃がしはせぬ」
と黄金丸は大声で叫び、狐の後を追った。追われる狐も逃れるのに一生懸命だった。畑の作物を蹴散らし、人家のある里の方角へ全速力で逃れる。追う黄金丸。
狐はとある人家の外回りに結い繞らした生け垣をひらりと飛び越えると、家の中へと逃げ込んだ。逃すまじ、と黄金丸もやはりひらりと垣根を越え、狐を追って家の中を走り抜けようとしたその時、家の中では年の頃六歳ほどの子供が夢中になって遊んでいた。黄金丸は誤ってその子供を蹴倒してしまった。するとその子は驚いて「わっ」と言って泣き叫んだ。何事があったかと子供の泣き叫ぶ声を聞きつけ、その親と思しき三十歳ほどの大男が家の裏口から子供のいる部屋へ飛び込んで来た。大男は、今まさに狐を追いその子のいる部屋を走り出ようとした黄金丸を見つけた。
「あ、こいつ。我が子を襲ったのはお前だな。お前、俺の子を咬もうとしたな」
と思い見定めると、かんかんになって怒り、そこにあり合わせた手頃の長さの棒を手に取るや、黄金丸に真っ向から「えいやっ」と手心を加えることなく、力任せに打ち下ろしてきた。多くの犬と咬み合い仕合を重ねて来たさすがの黄金丸であったが、大男の振り下ろした棒に肩を打たれた。
「くっ」
黄金丸はそう一声上げると、すぐに床にはたと倒れ落ちた。大男は倒れた黄金丸を見るや続けざまに何度か棒を振り下ろした。黄金丸は打ち叩かれ、もはや瀕死の有様であった。大男はおとなしくなった黄金丸を太い麻縄でぎりぎりと縛り上げた。黄金丸が大男に叩かれ縛り上げられている間に、親の仇聴水は命を危うく拾い、何処へともなく逃げ去ってしまった。黄金丸はあまりの無念に絶えかねて歯ぎしりをして吠え立てるばかりであった。黄金丸の心中も事の経緯も知るよしもない大男は、吠え立てる黄金丸を見て、
「こん畜生、人の子を傷つけておきながら、まだ飽きたらず猛り狂って吠え立てるのか。この憎き山犬め。見ておれ、後で目に物を見せてくれるからな」
そう言うと、麻縄で縛り上げられた黄金丸を引っ立てて、家の裏手の槐の木にその縄の端をつなぎ止めた。
不倶戴天の親の仇を思いがけず見いだして仇を討とうとしたのに、その当の仇を取り逃がしたばかりか、その上さらに自分の身は、子供を誤って倒したという些細な罪で縛られ、さらに邪慳にも棒で打ち据えられるとは、と、黄金丸はその無念を痛く悲しんだ。しかし、さすがの猛犬の黄金丸も人間に刃向かうわけにはゆかず、じっとその痛恨に堪えていたものの、あまりの悔しさに流す涙の雫は地を穿ち、口惜しさの余り地団駄を踏めばその繋がれた槐の木を揺れ動かすほどであった。
さてその頃、義を分かち合った兄弟鷲郎は、里に用事がある、と朝早く出かけた黄金丸が日がとっぷり暮れても戻ってこないので、心配してやきもきしていた。何度か寺の門まで出ては、あちらこちらを眺め廻してみるけれど黄金丸とおぼしき姿は見えない。もしや万一のことだが黄金丸の身に何かが降りかかり、怪我でもしておるのではなかろうか、と気が気ではなくなった。
「彼はもちろん並々ならぬ犬であるから、むざむざ野犬狩りなどに遭い打ち殺されたりなどせなんだろうが。そうは言うものの心配だなあ」
と、頻りに黄金丸の身を思い煩っていた。そして遂にその心配が募った鷲郎は棲み処を出、黄金丸の姿をあちらこちら探しつつ里の方角へ向かった。とある人家の傍らを通りすがったそのとき、垣根の中から聞こえてくる苦しげなうめき声が耳に入った。あれ、何か知らん、と耳を欹てて聞いてみれば、何を隠そう、かの黄金丸の声にそっくりではないか。
「これは、黄金丸の声!」
と確信した鷲郎は結い繞らされた枸橘の生け垣の破れ目の穴から中に入ろうとした。穴をくぐる鷲郎の腹に枸橘の葉の棘が容赦なく刺さったが、痛みをこらえながらどうにかこうにかくぐり抜けることができた。鷲郎は黄金丸らしき呻き声の出所に向かってこっそり忍び寄った。すると太い槐の木に麻縄でくくりつけられ、弱って蠢いている犬がいるではないか。それは、まさしく黄金丸であった。鷲郎は黄金丸の傍らにさっと走り寄り、抱き起こし、黄金丸の耳に口を当て、
「おい、黄金丸。気を確かに持てや。俺だ、俺だ、鷲郎だ」
と、大男に気づかれぬよう小声でそっと呼びかけた。その声は黄金丸に届いたようで、苦しげにようやく頭をもたげ、
「おお、わ、鷲郎か。来てくれたのか。ああ、嬉しい」
と、苦しい息で途切れ途切れに返答をした。鷲郎は黄金丸の体をきつく括り付けてあった荒縄を急いで咬み切ると、黄金丸の体の傷を舐めてやった。そして、
「どんな具合だ、黄金丸。苦しいか。一体全体どうしてこんな有様になったんだ」
と傷ををいたわりながら尋ねた。黄金丸は鷲郎の暖かいとりなしに感謝しながら身を震わせ、こうなった事の経緯を言葉短かに語り聞かせ、最後に小声で言った。
「鷲郎、ともかくここをすぐに離れよう。こうしている処を見つかりでもしたら、吾等ともども、命が危ない」
これを聞くと鷲郎もすぐ合点し、
「よし。よいか、黄金丸、俺の背中に乗れ。乗れるか」
「うむ、どうにか。鷲郎、かたじけない」
「何を言う、そんな話はここを落ち延びてからでも遅くはない。さあ、行くぞ。よいか、しっかりつかまっておれよ、黄金丸」
鷲郎は深傷を負い動くことさえままならぬ黄金丸を素早く背負うや、先ほど通り抜けた生け垣の穴を抜け、棲み処の寺へと急ぎ戻るのであった。
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