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「君子は豹変すべし」

「君子豹変(す)」という言葉があるが、あれは「君子は豹変するものだ。そうであるべきだ」というのが本来の意味だと昔何かで読んだような気がするような気がする。まあ、自信は無いが、いい加減なのは私の常だからそのまま書いておく。(一応、手元の国語辞書で調べると「君子はあやまちに気づけば、すぐに改めて心や行いを正しくする」ことだ、と書かれていて、私の記憶は正しかったようだ。)
で、公の場で、自分の過ちを認め、その謝罪をするとか言動を改めるというのは難しいものであるようだ。私は自分の頭の悪さや記憶力の無さには自信があるので、間違ったな、と思ったらだいたい即座に「間違いました、テヘペロ」とするが、これは私が君子だからではなく、そもそも書いたり言ったりしていることの正解率は、平凡人で40~60%、秀才で50~75%程度だと思っているからだ。まあ、だいたいのことは常識的な推移をするから、誰でもその程度の正解率はある。
一番厄介なのは、自分の間違いを誰からも指摘されず、気づかないことで、権力者の破滅の多くはそこから生じるようだ。安倍元総理など、その代表だろう。取り巻きにチヤホヤされ、自分がただの馬鹿だと気付かないで、周囲にも利用され、自分の悪行にも無反省だった。
私は、下の記事(「隠居爺の世迷言」)に書いてあるような、「安倍総理は平和主義者だった」みたいな発言は、それこそ世迷言の最たるものだと思う。「平和主義者」がなぜあれほど軍備拡張を主張し、身近に高市のような超右翼を侍らせていたのか。もちろん、安倍がアメリカに対して面従腹背だった可能性もあるが、それなら心中の推測ではなく、明白な事実を基に論じるべきだろう。(一回目のゲリピー辞任は、「日本独立」を匂わせた結果の気配もある。)
下の記事は、書かれたことの大半が「他人の心内まで推測」し、その推測を基に意見を組み立てるという、論理上超基本的な禁足事項で成り立っている。というわけで、まあ、アメリカ批判は当然としても、単なる傀儡の岸田や石破を「否定する」と最初に立場を決めた以上、その路線で行くしかない、と思っているのではないか、と隠居爺氏の心中を推測するというアホな自家撞着言論を披露しておく。念のために言えば、私は氏の人柄も文章も好きなので、できれば、今後は「あまり自分の過去の主張に固着した、読み苦しい記事」は控えたほうがいいのではないか、と思うが、まあ、余計なお世話だろう。好きなことを好き放題に書くのがネット言論の楽しみなのだから。

(以下引用)



 形勢が悪くなったことから、日本を含めた西側欧米諸国はあわててウクライナへの追加支援をしているところですが、それももはや限界となったようで、先の見通しは立ちません。敗戦を待つしかないというところではないかと思います。

 こんなはずではなかったのでしょうね。ウクライナ戦争に経済制裁を併せることでロシアは疲弊し、プーチンは政権の座を追われ、その後に欧米資本が乗り込んで行って、2000年前後の頃のようにロシアを食い物にする予定だったのでしょう。すっかり当てが外れてしまいました。そればかりではありません。日本では2年ほどの間に主食である米の価格が倍以上になるなどという、敗戦国特有の悲しい現実が生じるようになっています。一番の戦犯は岸田元総理ですね。積極的にウクライナ戦争に加担しましたので。

 私は実のところ安倍元総理を評価していません。利権政治を推進する悪人でしたので。ただし、戦争は嫌っていました。そこだけはいいところでした。まあ、矛盾しているのですけれどね。盛んに戦争のできる国作りをしておいて、内心は戦争をしたくなかったのですから、それならそもそも戦争のできる国にしなければよかったと思います。軽薄といえば軽薄でした。それに加えて、おそらくアメリカに「戦争は良くない」と物申したのでしょう。あっさり消されてしまいました。

 それを見ていたせいなのかどうか、岸田文雄は戦争を積極的に推進する総理大臣になりました。日本から戦争を仕掛けるために、増税、軍備拡張を始めました。とんでもなく独裁的な人で、「ああ、自民党というのはこんなにも独裁性を内包していたのか」と思わせました。

 まあ、日本人というのは元来がそのような民族なのかもしれません。大東亜戦争中は鬼畜米英で凝り固まって、やれ特攻隊だ、やれ竹槍訓練だと意味のないことに熱心になる国民でしたからね。そのようなことが好きなのかもしれません。マスメディアも政府以上の煽りで国民を煽動するのは、大東亜戦争中も、現在も、全く同じです。

 加えて、それに接している国民も " 見猿聞か猿言わ猿 " を決め込んでいて、大東亜戦争中と同じです。いいんですよ、それで無事に乗り切れるのであれば。しかし、大東亜戦争はどうなりましたか? 広島、長崎に原爆を落とされ、東京は大空襲で焼け野原、日本人が全部で300万人以上死んだといわれています。同じことをまた繰り返したいのでしょうか。

 合理性がないというのか、道理に暗いというのか、日本人は救いようがありませんね。それはコロナ騒動でも嫌というほど感じさせられたことで、被害もない風邪に対して、危険なワクチンを打ってバタバタと死んでいくのですから。悲劇といえば大悲劇なのですが、滑稽といえば大変に滑稽な見せ物でした。すでにワクチンで殺された人は30万人程度になっていると私は推測しています。

 ここでもう一つ疑問が浮かんできます。それは、新型コロナ騒動の目的が仮に戦費調達だったとして、ワクチン接種でそんなにたくさんの人を殺す必要はなかっただろうにという疑問です。

 自然な疑問です。副作用の少ないワクチンなどいくらでも作れるのですから、そのようにすれば良かったはずです。どのみちインチキなワクチンだったのですから。なぜ人がバタバタと死んでいくようなワクチンを接種したのでしょうか。

 その答えは難しいのですが、私は「遊びだったから」という解答になるように思います。アメリカ人というのは、あるいはアングロ・サクソン人というのは、あるいはユダヤ人というのは、そのような人種なのですよね。広島・長崎への原爆投下だって、遊びといえば遊びです。瀕死の日本に対して原爆を投下する意味など何もなかったのですから。それでも、実際に原爆を落としたらどのようなことになるのか、それを自分たちの目で見たかった、実験したかったのでしょう。

 今回の新型コロナ用ワクチンでも同じことが起きました。アメリカ人は、アングロ・サクソン人は、ユダヤ人は " お医者さんごっこ " をして遊んだと考えるといいように思います。きっと十分楽しんだと思いますよ。劣等人種とみなしている私たちを騙して殺すことに、純粋な喜びを感じたことでしょう。そうか、ハンティング(狩り)だったのかも。

 そして、日本の場合に深刻だったことは、日本人や日本を守ることが最も重要な仕事であるはずの日本政府や国会議員らが、アメリカ人や、アングロ・サクソン人や、ユダヤ人の手下になってしまい、日本人を殺すことに協力したことです。そういえば、日本の多くの医者も手下になって日本人をたくさん殺しましたね。人の命を救うのが医者の使命であるはずですが、よく平気な顔をしていられるものだと思います。


 


 アメリカ人や、アングロ・サクソン人や、ユダヤ人などが、人を殺して楽しむ様子は、アメリカの「マーズ・アタック!(Mars Attacks!〕」(1996) というSFコメディ映画をご覧になるととってもよく理解できると思います。全員とは言いませんけれど、あれがアメリカ人の本性なのですよね。平和など糞食らえです。現在のイスラエルはあの映画を地で行っています。


 


 さて、新型コロナ騒動とウクライナ戦争の関係について、私のように推測している論は読んだことがありません。同様の推理をしている人はあまりいないのでしょうか。しかし、私が気がついたくらいですから、似たようなことを考えている人は暗数としてたくさんいると思います。




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とある素人評論家の「村上春樹」評

かなり的を射た素人評論だと思う。(ここでは「素人」はけなす意味ではない。今どき、プロの文芸評論家がいるとも思えないので、一応、「素人」と書いただけだ。)
私はフィッツジェラルドの良い読者ではないし、彼の成功作は「偉大なるギャッツビー」だけではないか、と思う。そのフィッツジェラルドを土台として「村上春樹文体」を作り、いわばフィッツジェラルドを現代に蘇らせたのは素晴らしい功績だと思うが、両者とも、実は「書きたいこと」をさほど持っているわけではなかったと思う。だから、村上春樹の長編の中には、「何のためにこれを書いたのか」不思議になる作品が数点あり、私の中では、彼の「打率」は高くない。
彼の一番の傑作は「踊る小人」だと思う。この作品を世界傑作選集のひとつに選んだ外国の編集者は慧眼である。この作品は彼以外の誰にも書けない作品だと思う。ホラーとファンタジーとシニカルなユーモアがこれほど見事に結実した小説はほかにないのではないか。なお、私はこの作品の英語訳を、自分で日本語に訳しながら読んだので、オリジナルは読んでいない。さほど評価が高いように聞いてもいない。英語で読んだから面白かったのだろうか。

(以下引用)

2024-10-14

村上春樹について思うこと数点

追記


ブクマカありがとうございます


冒頭書かせていただいている通り村上春樹を数冊読んだ程度の人間コメントなので、ハルキストの皆さんの春樹評とはもしかしたら乖離があるかもしれません。


現実だと作家作品感想を交換する場はなかなかないので、この投稿への感想含め皆さんで自由村上春樹について話すきっかけになれば幸いです。


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Xで盛り上がっているので便乗。


増田村上春樹好き嫌いがはっきり分かれるタイプ作家だと思う。


全部読んだわけじゃないけど数冊読んだ者として魅力と好きになれない点を書く。


スマホから操作なのではてな記法は使わない


【魅力】


•特徴的な文体


よくネタになってる突拍子もない比喩と気取った語り口の主人公が織りなすおしゃれっぽい会話、そして英文和訳のような文体の作り出す雰囲気の良さが唯一無二


世界観


性にあけすけな人間特に女性)がよく登場する。村上春樹世界に登場する女性孤独を抱える自由人が多くて失踪するパターンが多いと感じる。


Xでも指摘されているように大学生位までに読まないと村上春樹世界に登場する人々の青さに共感したり憧れたりするのは難しいと増田は感じている。


•実は短編面白い


代表作が長編からまり語られないが増田村上春樹は対談や短編集の方が面白いような気がしている。


文章力が高くて大きな出来事がないストーリーでもあっさり読ませる力のある作家なのでコンパクトにまとまってる作品は読みやすさと満足度がかなり高い。


【好きになれない点】


大人になってから読むと気持ち悪い


やはりこれ。性に対する忌避感なんだろうか。自分が通り過ぎた若さを見せつけられている気恥ずかしさなんだろうか。大人ぶって気取った高尚な趣味の会話をする主人公ややたらねちっこい性描写が読んでいてストレスになることが多い。


•あの比喩がダサく感じられる


フィッツジェラルドに憧れていたという逸話を目にして増田フィッツジェラルド作品もいくつか目を通してみた。


結果村上春樹比喩力が圧倒的に安っぽい二番煎じに感じるようになった。


世界観を寄せてるだけで表現力が追いついていないのだ。


英語ならではの言い回し日本語に落とし込んで誰が読んでも村上春樹と言わしめる文体を産んだセンスは間違いなく天才所業


ただ英語を操る天才作家センスまでは真似しきれなかったんだなという印象を増田は受けている。


――――――――――――――――――――――――――――


一般的に言われるのは村上春樹が凄かったのは男らしさ女らしさがステレオタイプ化していた時代に性にあけすけな若い女性や繊細な若者男性主人公として作品に登場させたこと。


多様性が叫ばれる今の時代に読めば目新しさがないのは当然なので今から村上春樹を読む人は単純に文体世界観好き嫌いを決めるのがいいと思って魅力として書いてみた。


村上春樹ユーモアがあって博識でオシャレな人だし村上春樹と同じ系統趣味で固めている層にはど真ん中で刺さると思う。


最後まで読んでくださった皆さんの読書人生が豊かになりますように。


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「仁」と「人」、「理」と「里」

かなり前に新古書店で宮崎市定の新訳による「論語」を買ったので、気が向いた時に、気が向いたページを少し読んでいるが、宮崎市定という人はかなり自信家で、その新訳も強引な印象が強い。好きな学者ではあるが、信頼できる発言ばかりとは限らないので、半分は眉に唾をつけて読んでいる。
で、「里仁編」を少し読んで、「仁」という概念についてあれこれ考えたことを思いつくまま書いてみる。読むのが面倒な人は、赤字部分だけでも読むといい。これは、儒教とは無関係な、「世界の思考的把握」に関する私自身の創見による画期的思想である。

先に「仁」という「儒教の最高善とされる倫理思想」についての私の基本解釈を書けば、これは「ヒューマニズム(人間尊重主義)(→必然的に「平和主義」)」であり、「仁」という漢字を偏と旁に分ければ、「人偏(ニンベン)」に「二」である。つまり、人が二人存在すれば、そこに必然的に生まれる、あるいは生まれるべき感情が「仁」だ、というのが私の解釈だ。

「里仁編」の冒頭、「子曰里仁為美」を宮崎市定は「子曰く『里は仁なるを美と為す』」と書き下し、「里」とは村の一区画の意味だとして「『家を求めるには人気のいい里がいちばんだ』という古語がある。」と訳しているが、これはかなり呆れた解釈だろう。宮崎は「論語」の意味不明箇所の多くは古語の引用だ、としているが、これはその暴走だと私は思う。この解釈だと、続く「択んで仁に居らずんば、焉(いずく)んぞ知なるを得ん」が実に俗臭に満ちた「どんなに骨を折って探しても、人気の悪い場所に当たったら、それは選択を誤ったと言うべきだ」と解釈している。まるで、孔子の時代の人間(主に農民)が自分の居住区を勝手に選べたような言いぐさである。ただし、「仁」が「人」の意味に通じるという根幹は正しいとは思う。

私の解釈は「里」は「理」だというものだ。里の原義が村の一区画だというのなら、「頭の中を区画整理するのが『理』だ」というわけである。
そこで、「里仁為美」とは「理は仁を美となす」となり、「合理的に考えれば、『仁』であることがもっとも賢明(至高)なのである」、という思想になり、これは孔子の思想、つまり「原始儒教」が「仁」を道徳の根本に置いたことと一致するだろう。

ついでに言えば、西洋哲学の根本的欠陥は、「神と人間」、「思考自体」、「政治」については考えたが、「人間対人間(社会道徳)」についてはほとんど考えず、ただ「神への服従」か「神への反抗」かの二者択一だけしか考えなかったことである。それがあの西洋人の「他者(他人種、他民族、他階級)への酷薄さ」「闘争性」「侵略主義」の根本原因なのではないか。知識人は「哲学」によって、考える内容が規定され、それ以外の思考法ができなくなるわけだ。そして、「知識人」の意見や発言が社会をリードし、社会を洗脳するのは昔も今も同じである。

これもついでに書いておけば、幼児は知性が未発達だから、周囲が教えて「人間化」する必要がある。つまり、「生まれつきの善」というのは基本的に不可能であり、周囲の教化によって人は善性を身につけるのである。これを荀子は「偽善こそ善の本質である」という意味のことを書いており、「偽」とは、分解すれば「人為」なのである。何も、心からの善意が自分には生まれない、と嘆く必要はない。善とは「習慣(訓練)で身に付ける」ものなのである。




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駄弁撒き散らし授業(講義形式授業)と「書写」中心授業の優劣

最近はお気に入り動画を転載するだけで、それに関する説明や意見すら書かず、他の部分は日本人(バカ国民)を罵倒するだけのブログと化している孔徳秋水氏のブログだが、少し面白い部分があったので、転載する。
秋水氏は学校側(教師)のこの試みを馬鹿にしているが、私は素晴らしい手法だと思っている。なぜなら、「書写」というのは日本の古来からの学習手段で、その効果の高さは昔の日本の教養人(森鴎外や夏目漱石など)の教養水準の高さで示されているからだ。
書写するには、まずその対象となる文章を読むことが必要だ。読めば、その内容を考えるのが自然の成り行きであり、そして書写という行為によって、対象となる文章が無意識の中に刻みこまれる。現代人が多くの事柄を知るとほとんど同時に忘却することと比較して、書写の効能が高いことは理の当然ではないか。
まあ、黒板に教師が汚い字で書いた板書(内容は、虎の巻の一部)を短い時間で書き写させるよりは、はるかに有益な方法だろう。板書事項は「要点」であり、説明抜きだとほとんど無意味なのである。教科書の文章は、ちゃんと一貫性のある文章だ。そこが全然違う。
三流高校は、試みに「講義だけの授業」を廃止して、「書写」に時間の3分の2を使い、残り3分の1を教師への質問に使ってみたらいい。おそらく、それだけで生徒の学力は五割増になるだろう。ちなみに、私は理科や社会科の教科書を真面目に読んだこともない。しかし、「書写」が義務だったら、たぶんまともに読んで、引っかかる部分は考え、そのうちかなりの部分を自分の脳内の血肉にしていただろう。

(以下引用)



とある高校で、赤点生徒の補習の課題が「教科書の丸写し」だった。


 


あまりにも非生産的で教育効果もないので、ちょっと内容を変えてみた。


 


すると、ちょっと変化があったのだ。


 


だが、その試みは「親からの苦情」で潰えた。





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上(理想・幻想)を向いたらきりがない

政治ブログは基本的に現状批判だし、経済ブログは上級国民に操作された詐欺記事が大半だから、あまりネットばかり見ていると、日本の良さが忘れられてしまうだろう。そして陰々滅滅とした気分になる。
そこで、海外の一般人から見た日本というのでも見て、日本の姿を鏡に映して見るのも、たまにはいいのではないか。「より良いものが良いものの敵(現状の良さを見失わせる)」という言葉があるが、はたして日本より優れた社会(日常生活)の国はどのくらいあるだろうか。
私は、日本という国は、属国のわりにはわりと良く運営されていると思っている。(ある意味、属国だからこそ、敗戦からこれまでは、頭が悪く精神年齢の低い一部の権力者層が軍国化をし、戦争に突っ走ることが防げたのではないかwww)
ただし、新自由主義の侵食で、その日常生活はこれからどんどん悪化していくだろう。最初は福祉制度の劣化と撤廃だと思う。

(以下引用)

海外「日本は楽園のようだ…」 NYT紙が伝える『日本社会の驚異的な安定性』に羨望の声が殺到

今回は、現在の日本社会の光と影に迫った、
ニューヨーク・タイムズ紙の記事からです。
早速ですが、要点を以下に。

「経済は数十年間ほとんど成長せず、今や景気後退に入っている。
 人口は縮小し続け、昨年の出生数は最低水準まで落ち込んだ。
 どれだけスキャンダルがあろうと、政治は硬直化しているように見える。
 しかし心配する必要はない。
 ここは日本で、悪いニュースは全て相対的なものなのだから。

 日本で周囲を見回して見よう。
 社会に変動が起きそうな指標を持つ国で予想される、
 社会的不和の兆候は日本ではほとんど見られない。
 未回収によるゴミの蓄積、路面の穴、ストライキなどはない。
 この国は驚くほど安定しており、結束しており、
 未来への絶望感がほとんど存在しない。

 この平穏さは、船を揺るがす必要がないという心構えを反映している。
 「Shouganai」という考え方は、
 ある種の国民的な口癖と言えるだろう。

 人々が無関心である理由は簡単に理解できる。
 失業率は低く、電車は時間通りに運行し、桜は毎春咲き誇る。
 観光客が神社や商店街に殺到し、株式市場は過去最高を記録した。
 インフレーション後でも、ラーメン一杯は7ドル未満で手に入り、
 住宅は一般的に手頃であり、国民皆保険で皆が保険に加入している。
 治安も良く、レストランで携帯電話を忘れてしまっても、
 戻ってきた時にはそこにまだある可能性が高い。

 26歳のパーカッショニストの男性はこう語った。
 『自分の生活環境にはかなり満足しています。
  日本人は自分たちの人生が充実していて問題がなければ、
  むしろ幸せだと諦めてしまう傾向があるかもしれません。
  日本は平和だと思います。
  若い世代は、この国を変える必要があるとは感じていません』。

 日本のその穏やかな安心感は、社会的課題などに悩まされている、
 外の世界との比較によってさらに高まっている。
 某化学メーカーに務める65歳の男性はこう語る。
 『私はよく欧米諸国に出張しますが、他の国に比べて、
 日本の社会や制度は非常に安定していると感じます』」



上記のような日本の安定性などを伝えた上で、
冒頭の「悪いニュース」も伝えているのですが、
多くの外国人にとって日本の強固な社会は夢物語のようで、
コメント欄には肯定的な意見が相次いで寄せられていました。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

「本気で日本化を考えよう」米誌『欧米は日本のような社会を目指すべきなのか』





■ 日本から戻ったばかり。素晴らしい喜びだった。
  ポイ捨てはなく、特定の場所以外は禁煙で、
  公共交通機関も充実していて、大声で話すこともなく、
  列もちゃんと順番が守られていて、
  地元での生活と比べると至福の時だったね。
  食べ物はおいしかったし、円対ポンドで安かった。
  そして一番良かったのは、日本人の親切さだ。
  不景気なのは残念だが、訪れるには最高の時期だ。 +67 ロンドン




■ 「経済」なんて抽象的なものだから。
  俺たちが直面してるような実際的な問題は日本にはない。
  日本は物事を正しく進めてるよ。 +458 アメリカ




■ 自分は今その日本にいるわけだけど、
  日本は世界最高の国であり、
  世界最高の人々がいる場所だと感じてる
  (ちなみにその中の一人と結婚した)。
  そして、そうだね。物価もかなり安いかな。 +19 




■ 日本は100年後も「日本」。
  同じ時間軸で、僕の国はもはやそうではないはず。 +630  イギリス




■ 東京を歩いていても、人手が足りないとか、
  景気が悪いという感じはしないんだけどなぁ。 +147  台湾在住




■ 欧米諸国も同じように人口減少に直面してない?
  もしかしたらもっとゆっくりかもしれないけど。
  だけど、避けられない変化に対して、
  日本人と同じような姿勢で立ち向かえるだろうか。 +8 




■ 私は人生の大半で、日米を行き来して暮らしてきた。
  日本におけるサービスの低下について語るとき、
  日本の水準は現代の欧米の読者のほとんどが、
  想像もつかないような高さに設定されていることを、
  読者にはしっかりと心に留めておいてもらいたい。 +171 ニューヨーク




■ 自分の奥さんは日本人なんだけど、
  義理の両親を訪ねるのは常に素晴らしい体験になってる。
  日本は安定した美しい島国だ。
  現状として二重国籍を持つ子どもたちは、
  いずれは日本に家を持つ事になるだろうし、
  100年後も日本は日本であり続けるだろうね。
  一流の公共交通機関があり、安全で、
  コンビニで手頃な値段で健康的で美味しい食べ物が手に入り、
  安い費用で質の高い医療を受けられて、
  1000年前からある神社仏閣が街中にある。
  他の先進国?
  まぁ「幸運を祈る」としか言えないね……。 +137 アメリカ

「日本はどうなってんだ」 日本の病院で緊急治療を受けた米国人の医療費に驚愕の声



   ■ 自分は幸運にも、ここサンディエゴにあるソニー本社で、
     日本人の重役たちと仕事をする機会に恵まれた。
     ソニーは僕たち社員一人一人に対して、
     6週間の語学と文化のレッスンを提供してくれたんだ。
     彼らは礼儀正しく、控えめで、ユーモアのセンスに富み、
     この地域に強い興味を持ってくれていた。
     「週末には子どもたちを連れてどこに遊びに行けばいい?」
     なんていう質問をよく受けたし、
     メジャーリーグの試合、バルボア・パーク、美術館、
     そして色々なビーチに興味を示してくれたんだ。
     それまで日本を訪れたことはなかったけど、
     このオリエンテーションに参加したことで、
     日本の人々の素晴らしさを認識したよ。 +27 アメリカ



■ 日本経済は弱いと言うより、停滞してる。
  衰退も成長もあまりないという感じ。 +50 オランダ




■ 同時に、日本の証券取引所は史上最高値を記録した。
  豊かで複雑な歴史を持つ日本にとってさらなる朗報だ。
  いとこや友人を訪ねるのを楽しみにしてる。 +13 アメリカ




■ 結論として、日本はいい状態にあるって事さ。 +16 




■ 良い面と悪い面が相殺し合ってる感じで、
  全体としては悪くない感じだよね。 +9 




■ 2023年4月に日本に行ってきたんだけど、
  その体験が俺の人生を変えたんだ。
  特に衛生に関する見方に関してはね。
  みんな家では靴を脱ぐ。その文化が大好きだ。 +30 オランダ

「これが日本って国なんだ」 在日外国人の価値観を変えた日本での体験に感動の声




■ 日本人は勤勉に働いてるのに経済成長はしていない。
  多くの人がその事を疑問に思ってるはず。 +17 アメリカ




■ この記事は何十年も遅れてる。
  SNSと海外旅行の増加のおかげで、
  外国人は日本の良さを知ったばかりだ。
  日本の良さは何年も前から変わらない。
  何年か前までは大勢の観光客はいなかったし、
  ラーメン1杯が700円だったからもっと良かった。
  だけど残念なことに、日本は発見されてしまった! +17 




■ このニューヨーク・タイムズ紙の記事は一読の価値あり。
  だけど日本の人口は1億2500万人で1940年代の約2倍だ。
  社会問題を増やしてまで人口を増やす必要はない。 +3549  



   ■ 全くもってその通り。
     経済の収縮は文明の瓦解とイコールではない。 +33  



   ■ 自分も同じことを主張してきた。
     日本人の数が8000万人から9000万人に縮小しても、
     あるいはそれ以下になったとしても、
     日本は日本のままであり続けるわけだし、
     それなら未来をコントロール出来る。 +18



■ 僕は幸運にも日本に2年間住み、仕事をすることができた。
  70カ国以上働いたり訪れたりした中で、
  日本は「好きな国リスト」の一番上にある。
  記事にあるように日本は安全で清潔で、生活の質が非常に高い。
  魅力的な文化と美味しい食べ物があることも付け加えておきたい。
  日本人は社会の調和を保つために、
  振る舞いについて厳しい制約を受けている。
  だけどよっぽどのことがない限り、
  外国人に同じような制約を課すことはない。
  他のアジア人も日本の秩序と清潔さを賞賛してるよ。 +92 アメリカ

「日本では普通の事なのに…」 フランスの作家が日本で感動した体験の数々が話題に




■ 日本人は「しょうがない」と口にするのに対して、
  イスラエルの人たちは「En Brera」、
  つまり「選択の余地がない」と表現する。
  違いを理解するための鍵になるかも。 +16 イギリス




■ GDPは生活の質を測る良い尺度ではないよね。
  それに仮に人口が毎年0.5%ずつ減少するとすれば、
  人口が現在の半分になるまでには130年以上かかることになる。
  日本は数年前からロボットによる介護を導入してるし、
  急速な進歩を続けてるという側面もある。 +45 




■ こっちで日本のように安定した地域で暮らすには、
  一生懸命働いて大金を稼がないと……。 +8 アメリカ




■ ここで指摘されてる日本のネガティブな要素は、
  どれも欧米的な価値観の指標からするとでしょ。
  日本の基準では物事はかなり上手く行ってるよ。 +5 オーストラリア




■ 今日本にいる。素晴らしい国だ。
  無理やりに人口を増やす必要なんてないさ。
  むしろそうしてはいけないとさえ思う。 +36 




■ 人口減少って言うけど、俺はよく考えるんだ。
  人口約5000万人だったローマ帝国が、
  いかに偉大なことを成し遂げたのかをね。 +27 

「日本は現代のローマ帝国だ」 日本のふとした日常の光景にイタリアから驚きの声




■ こっちの社会と比べたら、
  日本はまるで楽園のようじゃないか……。 +49 アメリカ




■ 経済よりも大切なことは間違いなく存在する。 +35  イギリス




■ 日本は大丈夫だ。日本の事は日本に任せておけばいい。
  他の欧米諸国よりうまく運営されてるんだから。 +42  




■ 記事を読んで感じたのは、なんて美しい国なんだろうって事。
  日本の未来に、最高の希望があらんことを。 +16 欧州

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夜間頻尿と筋肉老化の関係

「週刊現代」記事で、理屈は正しいと思うが、その対策は、もっと単純化したほうがいいと思うので、図解は載せない。(転載しにくいし。)
要は、「日中に下半身に溜まった水分が、夜に横臥位で寝ることで膀胱に行く」のを防ぐということだ。それには、太ももの内側の筋肉引き締めや、肛門括約筋の引き締めなど、普通は意識していない筋肉を引き締めることが重要だ、ということである。
老化の特徴が、筋肉劣化であり、しかも、ふだん使わない(意識しない)筋肉から劣化していく、というのは重要な知識だろう。そこで、前に書いた「筋肉体操」が大事、となる。つまり、一般の筋トレのように、「見せる筋肉」の鍛練ではなく、「見えない筋肉」をこそ鍛えるのである。まあ、鍛えるといっても、三石巌流ならわずか6秒の「引き締め」である。

(以下引用)

2022.03.15
# 週刊現代# 医療・健康・食# ライフ

快適な睡眠は「ふくらはぎ」が決める…!「夜のトイレ」と「こむらがえり」はこう防ぐ

膀胱を安定させる

良質な睡眠は健康づくりの要と言っていい。だが、これを大きく妨げる要因が2つある。夜中に何度もトイレに起きてしまう「夜間頻尿」と、ふくらはぎがつって激痛で目覚めてしまう「こむらがえり」だ。


これらを防ぎ、朝まで目覚めることのない快適な睡眠を取り戻すためにはどうすればいいのか。


まずは「夜間頻尿」の改善法について見ていこう。横浜市立大学医学部客員教授で、泌尿器科医の関口由紀氏が解説する。


「年を取ると筋力が衰え、下半身から上半身への血流が滞ります。すると、ふくらはぎなど下半身に余分な水分が溜まってしまうのです。これは本来であれば腎臓へと流れ、尿となるはずなのですが体内に溜まったままになります」


こうして溜まった水分は、日中は下半身にとどまり続ける。しかし、いざ寝ようと思い横になると、下半身から腎臓へと送られていく。


「腎臓に送られた水分は、寝ている間に尿へと作り替えられます。これが膀胱に溜まり、尿意を催すことで夜中に何度もトイレに起きることにつながるのです」(関口氏)

( 中略)


「太ももの内側にある内転筋など、大きな筋肉を鍛えると下半身の血行が良くなります。そのため余分な水分が溜まりにくくなり、夜にトイレに起きる回数を減らしてくれます」(関口氏)


この体操は夕方から夕食後にかけて行うと、就寝前に水分が腎臓へと届けられ、余計な水分を尿として出し切ることができる。


寝ている間だけでなく、日中からトイレが近いという人は加齢により膀胱が収縮し、尿が溜まっていなくても尿意を覚えてしまう「過活動膀胱」を患っている可能性が高い。


これを改善するために役立つと考えられているのが2.骨盤底筋トレーニングだ。関口氏が続ける。

(中略)

「夕食の味噌汁」が危険

膀胱の周りを通る血管の血流を良くすることも、夜中トイレに起きる回数を減らすことにつながる。神奈川歯科大学客員教授で泌尿器科医の奥井伸雄氏が語る。


「へそから指3本分ほど下にある丹田という部分を、小型の湯たんぽやカイロで温めることで、膀胱の周りの血流が良くなります。こうすると膀胱の柔軟性が取り戻され、尿を溜める能力が高まるのです」


食事に関しても気を付けたいポイントがある。それは、塩分を摂取するタイミングだ。


「夕食に塩分の高いものを食べると、塩辛さを和らげるため、一緒に水分を多くとると思います。身体にとっては余計な水分を取り込むことになり、それが下半身に溜め込まれることでも夜間頻尿が引き起こされるのです」(関口氏)


汁に含まれる塩分が高いため、そばやうどん、味噌汁といった汁物も夜に食べるのは控えるほうがいいだろう。


これらを継続することで、快適な睡眠を手に入れることができる。奥井氏が語る。


「私が診療した中では、75歳の女性が下半身の運動と食事の改善に3ヵ月間取り組んだことで、夜中トイレに起きる回数を6回から1回に減らしたという例があります。夜間頻尿は決して治らないものではありません」




もう一つの安眠を妨げる大敵である「こむらがえり」は何が原因となって起きるのか。清水整形外科クリニック院長の清水伸一氏が語る。


「こむらがえりが起きる原因は、筋肉に疲労が溜まったり、血流が悪くなったりすることで筋肉の収縮を抑える腱紡錘という部分の機能が落ちることにあります。


腱紡錘の機能が低下すると、寝返りを打った際などに少し体が動くだけで筋肉が過度に縮み、足のつりを引き起こすのです」


こむらがえりは激痛を伴ううえ、つりが戻った後も鈍い痛みが続く。そのため、また寝付くまでには時間がかかり、睡眠の質を大幅に低下させてしまう。


これを予防するためには、こむらがえりを起こすふくらはぎをはじめとした下半身の筋肉をほぐすことが必要だ。


筋肉をほぐすといっても、難しい動作はひとつもない。テレビを見ながらなど、空いた時間に簡単にできる動きばかりである。


こむらがえりは、膝裏の筋肉が固い人が起こしやすい。清水氏は、これを解消するためには下図中の1.ふくらはぎ伸ばしがおすすめだと語る。


「30~50cmほどの台の上に片足を乗せ、台に乗せた側の膝に両手を置きます。台の上の足の重心を前に傾け、地面に接しているほうの足のふくらはぎを伸ばします。これを左右30秒ずつ行います」


こむらがえりを起こすふくらはぎの筋肉(腓腹筋)に加えて膝裏の筋肉も伸ばされるため、効果を実感しやすい。このような大きな筋肉を通る血管の血流が促進され、腱紡錘の機能が保たれることが期待される。


足首の柔軟性を保つことも、腱紡錘の機能を落とさないためには重要だ。これには下図中の2.足首ほぐしが効果的である。

(中略)


1と2を行った後に取り組むと効果をより高めてくれるのがふくらはぎ揉みである。


床に腰を下ろし軽く膝を立てて、足首から膝裏にかけて優しく手で揉みほぐすだけだ。ストレッチができなかった場合は、入浴後など筋肉が温まっている時に行うと、ほぼ同じ効果を得られる。


「『第2の心臓』と呼ばれるふくらはぎを揉むことで、さらに全身の血流が促進されます。下半身の筋肉にもまんべんなく血がいきわたり、こむらがえりを予防してくれます」(出沢氏)


ここでポイントとなるのは、ふくらはぎを揉むことは、余分な水分を腎臓に送る効果もあるということだ。つまり、ふくらはぎを伸ばしたり揉んだりすることは、こむらがえりと夜間頻尿のどちらの改善にもつながるのである。


体内のミネラルが不足することも、こむらがえりを招く原因となる。なかでも、マグネシウムが不足すると筋肉のけいれんが起こるため日々の食事で意識して摂るべきだ。出沢氏が語る。


「マグネシウムは手に入りやすい食材だと玄米や納豆、ほうれん草などに多く含まれているため、これらを食事に取り入れるのがおすすめです」


これでも症状が改善しなければ、漢方薬に頼るのも手である。


「こむらがえりに効く薬として知られているのが、『芍薬甘草湯』です。これは筋肉の緊張を緩める効果があるため、就寝前に服用するといいでしょう。しかし、常用すると高血圧を招く危険性があるため、あくまで運動や食事による予防を目指すべきです」(出沢氏)



快適な睡眠は、簡単な体操と少しの生活習慣の見直しで手に入れることができる。それが健康を取り戻し、あなたに幸せを運んでくれることは間違いない。

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ちょっと面白い人相なので、あなたの人物鑑定眼テストに利用するといい。

(「鳶の羽」から転載)


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酔生夢人
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考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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