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超訳「踊るドワーフ」#3

「君は素晴らしい踊り手だ」私は彼に叫んだ。「君は音楽そのものだ」
「ありがとう」少し気取った感じで彼は答えた。
「君はいつもこんな風にやるのかい」
「まあね」と彼は言った。
そしてこのドワーフは足の爪先で美しい回転を行い、彼の柔らかな波打つ髪は風に流れた。私は拍手した。私はこれまで、これほど完璧なダンスを見たことがなかった。曲が終わるとドワーフは敬意をこめたお辞儀をした。彼はダンスをやめ、タオルで汗を拭いた。針がレコードの中心部でこつこつ音をたてている。私はプレーヤーのアームを持ち上げ、スイッチをオフにし、そのレコードを一番手近にあった空のジャケットに入れた。

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超訳「踊るドワーフ」#2

だが、こうしたゴタゴタはドワーフには何の問題もないようだった。かかっている曲が何であれ、それで踊ることができれば、彼は満足だった。その時彼が踊っていたのはチャーリー・パーカーのレコードで、そいつは「クラシック・ギター・グレート・セレクション」というジャケットに入っていた。彼の体は竜巻のように回転し、それはまるでチャーリー・パーカーのサキソフォンから注がれる荒々しい音のつむじ風を吸い上げているかのようだった。ブドウを食べながら、私は彼が踊るのを眺めていた。
彼は汗をかいていた。彼の頭がスイングするたびに彼の顔から汗が飛び散り、彼の腕が波打つたびにその指から汗が放射された。だが何者も彼を止められなかった。レコードが終わるたびに私はブドウの入ったボウルを新しいブドウのボウルに取り換えた。そして彼は踊り続けた。

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道徳の形骸化と「通俗道徳」

ブック・オフで買ってきた何冊かの漫画を楽しんで読んだのだが、以前にアニメでも見た「弱キャラ友崎くん」が、アニメにも劣らず面白かった。まあ、人間関係における演技力と演出力の重要さとその訓練の重要さをテーマとした作品だと私は理解したが、演技や演出と言うと、「本心ではない」つまり不正直な行為だ、と思う人が多いかもしれない。(主人公の友崎くんも最初はそういう思考をしていた。)特に私のように怠惰さから人間関係における演技を最初から放棄した人間はその種の思考をしがちだと思う。つまり、自分は正しい、世間は間違っていると思いたいナルシシズムの為せる業だ。
で、その正直さが、実は演技を面倒くさがることから来る怠惰さに他ならないわけだが、「正直さ」というのは道徳の最たるものと一般的には理解されている。正直さの意図やもたらすものが何かを考えず、ただ「正直」という概念が空虚なまま、つまり形骸化して肯定されている類のものを「通俗道徳」とするなら、これまで私がその使用を否定的に捉えていた「通俗道徳」という言葉の使用も肯定すべきかもしれない。だが、一般的な意味での「通俗道徳」とは明治以降の「立身出世」主義などを攻撃する言葉として使われていると思うが、それ自体、概念の形骸化ではないか。
要するに、「何のために立身出世をするか」が問題なのであり、立身出世それ自体が否定されるのはおかしいわけである。立身出世することでしか、世の中を良い方向に大きく変えることはできないから立身出世するならば、それは最高に道徳的な行為だろう。
大久保利通が薩摩藩主(というより藩主の後見人である父親で、薩摩の実際の最高権力者)に近づくために囲碁を習い、囲碁の相手をすることで相手と会話ができる仲になり、藩内でも出世したのは有名な話だが、彼は死んだ時に財産をほとんど持たなかったほど清廉潔白な人間で、その「立身出世」は、日本を良くしたいという目的からひたすら出たものだったわけだ。さて、そうすると、立身出世は否定されるべきものでないのは自明だろう。何のために立身出世し、何を為すかが問題であるだけだ。
「正直さ」も同じことであり、嘘をつくことで何万人の命が救える場合に、「自分は正直でありたい」ということで嘘を拒否して何万人が死ぬなら、その正直さは究極のエゴイズムだろう。

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ミスをした生徒に上半身の服を脱ぐように命令www

「ほほう、運動部顧問が部員への懲罰に上半身の服を脱ぐように命じるとは斬新な懲罰方法だ」と思って記事を見ると、何のことはない、男子バレー部である。そのどこが懲罰だよ。(何を期待していた)
まあ、運動部顧問にサディストが多いのは、下のような体罰事件が耳タコであることから分かる。そもそも、スポーツは、勝利だけを目指せばただの闘争になるのだから、それに適した人材(兵士)を鍛えるのは軍隊式が一番だろう。試合では、例のラグビーの「やれ」となる。

(以下引用)

生徒のミスに怒り、上半身の服を脱ぐよう命令…逮捕の市立船橋バレー部顧問


配信

読売新聞オンライン

顧問の逮捕を受け、記者会見で頭を下げる津田宣彦校長(中央左)ら(27日、千葉県船橋市で)











18: それでも動く名無し 2023/02/27(月) 15:28:57.69 ID:1IESmwcb0
こういうので生徒が反撃してボコすのないんか?
さすがに不祥事上塗りすぎて隠されてるんかな

42: それでも動く名無し 2023/02/27(月) 15:35:24.56 ID:77rxTfk5r
>>18
逆の場合は少年院なるんちゃう?教師の場合は何故かそのまま教師続けるけど

60: それでも動く名無し 2023/02/27(月) 15:38:42.44 ID:2eTf+FiH0
>>42
いきすぎた指導だったとか言っといたらそれで終わりなんだろうな

23: それでも動く名無し 2023/02/27(月) 15:30:48.34 ID:P+tz+6iNd
強い高校ほど体罰多いのは何でなん?

29: それでも動く名無し 2023/02/27(月) 15:32:12.13 ID:TkcLgYUL0
>>23
強豪校は教師もじゃなくて学年間でもしごきが普通にあるからな
勝つためには厳しくの名のもとに好き放題行われている

34: それでも動く名無し 2023/02/27(月) 15:33:00.32 ID:t6bm7/hs0
>>23
強いチームにしなきゃいけないという義務感で暴力を正当化し始めるから
チームは強くなるから他人も文句言いづらい

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超訳「踊るドワーフ」#1

一人の(一匹のと言うべきか)ドワーフが私の夢の中に現れて、ダンスを踊ってくれと私に言った。
それがただの夢だと私は知っていたが、その時の私は現実生活と同様、夢の中でも疲れていた。そこで私は非常に丁重にお断りした。ドワーフは気分を害した風もなく、自分ひとりで踊りだした。
彼は地面にポータブル・プレーヤーを置き、音楽に合わせて踊った。レコードはプレーヤーの周りに散乱していた。そのうちの幾つかを私はあちこちの山から拾い上げた。それらはまったくの音楽的ごた混ぜで、まるでドワーフはそれらを目を閉じて手に触れた限り集めたかのようだった。そしてどのレコードもその正しいジャケットの中に入っているものはなかった。ドワーフは演奏半ばのレコードをターンテーブルから取り上げ、ジャケットに入れもしないでレコードの山の上に投げ、その後でいい加減に手あたり次第のジャケットに入れた。グレン・ミラーのジャケットの中にローリング・ストーンズのレコードがあり、ラベルの「ダフニスとクロエ」の中にミッチ・ミラー合唱団があったりした。




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超訳「踊るドワーフ」前置き

別ブログに載せてあった記事だが、せっかくやった作業なので、これからあまりまとまった作業もできないだろうから、死ぬ前にこちらにも載せておく。65回くらいになる予定である。一度に1回にするか、数回分を一度に載せるかは気分次第だ。まあ、最初は一度に1回とする。
各回の文章量は少ないので、「日刊酔生夢人新聞」の小説欄と思ってくれればいい。

(以下自己引用)これ以降はこの「自己引用」という説明は抜きにする。
ちょっと妙な試みをしてみようと思う。昨年イギリスに旅行に行った時に買った「BEDTIME STORIES」という本の中に村上春樹の短編小説が載っていたのだが、同じ本に載っている他の作者を見るとナサニエル・ホーソンとかR・L・スチーブンソンとかモーパッサンとかロード・ダンセイニなどの大物がほとんどで、新しいところではウラジミール・ナボコフとかアーシュラ・K・ル・グインなど、やはり知名度の高い作家ばかりである。その中に入っているのだから、村上春樹も大したものである。
私は実はどちらかと言えば村上春樹の作品は苦手で、あまり読んだことは無いのだが、この中に入っていた「ダンシング・ドワーフ」を少し読んでみると、これがなかなかの傑作であると思われた。そこで、英語からの重訳という形で、この作品を訳してみようと思う。
もちろん、私はこの作品の日本語原作は読んでいない上に英語も不得意なので、誤訳がたくさん出てくると思うし、実は真面目に辞書を引く気もあまり無い。辞書を引くのは必要最低限にして、知らない単語の大半は推測で訳すつもりである。だから、村上作品のまったくのパチモンになるわけだが、それでも村上作品のテイストが少しは出ることになるのか、ひとつの実験である。
とにかく、この作品のファンタジー風味はたいしたもので、村上春樹は短編作家としてのほうが才能はあるような気がする。と言っても、先に書いたように私は彼の作品はほとんど読んでいないのだが。
なお、著作権の問題は、先に書いたように、これは英文からの翻訳であり、村上作品そのものではない、ということで見逃してもらいたい。むしろ、作品の宣伝になる、くらいの広い心を原著者にはお願いしたい。

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日本語話者であることのメリット

日本製アニメを翻訳無しで見られるのが日本語話者の最大のメリット、という話のついでに見たスレッドだが、我々日本人は日本語の良さを知らないで英語に憧れすぎていると思う。
たとえば、同音異義語の多さはビジネス的には誤解を生むデメリットもあるが、話者同士はそれを熟知しているから「化学」を「ばけがくの化学ね」と説明したりする。そして、そのデメリットよりも、日常生活で駄洒落が限りなく作れるというメリットのほうがはるかに大きい。駄洒落と馬鹿にする人もいるだろうが、これは和歌の「掛詞」という高度な技法にもなるのである。現代の短歌はともかく、昔の和歌では掛詞を含まない歌のほうが少ないくらいだろう。

ついでに、昨日の散歩中に野原に朝顔が咲いているのを見て作った俳句を書いておく。別に掛詞を使ってはいない。旧暦だとまだ二月初旬だが、語調で新暦にした。幾つもの意味で季感が滅茶苦茶である。短歌は絵筆の絵画だが俳句は鉛筆スケッチだから、作るのが楽だ。

南国の朝顔咲くや 二月尽

(以下引用)
科学哲学たん/敷衍真理 @kagakutetsugaku

意外というか、母国語で学問やるメリットはまさしくこれが真髄だと思う。 初見の専門用語でも母国語で説明可能な環境というのは、学問のリテラシーの大幅な底上げになると思う。 twitter.com/ent_univ_/stat…


  2022-06-08 18:34:41
ナツ @ew386

漢字は東洋版のラテン語なのかなぁ…と考えてます。「心筋梗塞」といえば「心」の「筋」が「梗塞」したものとわかる。英語だと「Myocardial Infarction」というラテン語(Myo=筋、Cardio=心、Infarction=梗塞)なので患者さんに伝わりにくく「Heart Attack」とする。つまり英語圏でも母国語ではないです twitter.com/ent_univ_/stat…


  2022-06-08 16:04:04
一住連令奈 @xgF8Wwye0cacS2f

日本語でずっと学べることがとても大切なことだと幾つものtweetに出会うけれど、医者にかかって普通に医療の話を受けられることは母国語で皆が学んでいるという良い点が現れていることなんだなと。 twitter.com/ent_univ_/stat…


  2022-06-08 11:11:16
yunayuna @yuna_straw_bear

@ent_univ_ ああ…これ、他の学問にも言えるそうです。日本ではすべての授業を日本語でやるから、理科や数学の概念を小学生から日本語で深く学ぶことができる。母国語でない英語で理科や数学を学ばないといけない国では、まず英語の習得にハードルがあり理科数学の習得にまで至らない。


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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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