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哲学の「普遍的思考」と思想の「普遍主義」

世界が唯一絶対の秩序をもち、したがってこれを正しく捉える唯一絶対の観点が存在するはずだ、と考えること、これをあえて思考の「普遍主義」と呼ぶことはできる。(中略)哲学の普遍的思考とは、さまざまな共同体を越えて共通了解を作り出そうとする思考の不断の努力だが、思想の「普遍主義」とは、唯一絶対の観点が存在するという一つの独断的信念にすぎない。(竹田青嗣「プラトン入門」より)

まあ、これ(上記の引用された言説全体)も竹田青嗣の独断的信念かもしれないが、確かに、「主義」化した思考はすべてドグマ(狂信)になる、あるいはドグマに近いものになる、という用心は世界を認識しようとする者(哲学者)には必要だろう。そして、そのドグマの中でも上に書かれた「普遍主義」は、あらゆる宗教の土台であり、狂信の土台であるわけだ。しかも、それは哲学でもあまりにしばしば生じるのである。その信仰や信念に自らを投企する勇気こそが偉人と凡人を分けることもあるだろう。ただ、竹田の定義による「普遍的思考」は常に自分の思考を疑い確認する作業が絶対的に必要であるのに対し、「普遍主義」は最終的にはその懐疑と確認を打ち切ることで成立することから、前者は哲学の支柱となり、後者は主に宗教となるのだろう。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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