[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
気の赴くままにつれづれと。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
先ほどの「マルコによる福音書」は、この映画の中に出てきて、当時聖書など知らない私は、この下りをこの映画ではじめて知ります。映画での場面の説明的に書きますと、以下のように出てきます。
エクソシスト3の場面より説明
老刑事が、悪魔的な殺人事件の現場で、「部分的に焼かれている聖書」を見つける。刑事は「聖書の焼かれている部分」に着目し、その部分を家にある聖書で読み直す。
刑事 「イエスは悪霊の取りついた男の名を聞かれた。その者は答えて言った。レギオン・・・大勢だから・・・」
刑事 「・・・大勢・・・・・」
このように、刑事は、
「大勢」
という言葉を呟くのですけれど、これが意味するところは、
「悪魔の代行者がこの世にはたくさんいる」
という意味でもあるはずで、つまり、
「この世は、悪魔の手先のような存在で満ちている」
と。
では、
「どのような存在が悪魔の手先なのか」
ということについて、エクソシスト3では明確に書かれているのです。それは、
「一般の人間」
なのです。
どんな人間なのかといいますと、その内容が、今のような時代には大っぴらには表現しにくいかと思いますが、
「心の弱い人間たち」
なのです。
エクソシスト3では、途中から精神病院が舞台になりますが、
・精神を病んでいる
・意志が弱い
・良心が弱い
というような人たちは容易に悪魔にコントロールされるというような雰囲気の描写が続きます。
08 | 2025/09 | 10 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
28 | 29 | 30 |