第二十二章 イライジャの死
「そういう訳でしたか」
ヤクシーの話を聞き終わって、イライジャは溜め息をついた。
「なんというご苦労をなされたのでしょう。お可哀想に」
「もう終わったことよ。これまで、王宮でぬくぬくと贅沢をしていた罰が当たったのね」
「そんな……。パーリ王ほど善政を敷かれた方は無いのに」
二人の会話を聞いていたピエールが口を挟んだ。
「天道是か非か、ってところだな。愁嘆場はそれくらいにして、用件に入ろうぜ。あんた、古代パーリ語を読めるかい?」
「わずかならな。なぜだ?」
イライジャは戸惑ったように聞いた。
ロレンゾが懐から賢者の書を取り出す。
「これを解読して欲しいんじゃ。今、世の中が大変な事になろうとしておる。一国の興亡など話にならん、世界の危機じゃ。悪魔がこの世を支配しようとしておるんじゃよ」
「あんたは?」
「わしの名はロレンゾ。魔法を少々使うが、もともと武士上がりで、生憎、学問が今一つでな」
「古代パーリ語か。難物じゃな。少しお借りして、研究してみよう。古代パーリ語の写本がここには何冊かあるから、それと照らし合わせれば、幾分かは分かるかもしれん」
ロレンゾはイライジャに賢者の書を手渡した。
五人は、神殿の奥の庫裏の一室で、久し振りにベッドで寝ることが出来た。
翌朝、目を覚ますとすぐにイライジャの部屋に行ったロレンゾは、部屋の戸が開いているのを奇妙に思ったが、そのまま中に入った。
そこでロレンゾが見たのは、床に横たわるイライジャの血まみれの体の上にのしかかってその喉首に喰らいついている大猿の姿だった。
ロレンゾは大声でマルスたちを呼んだ。
その声に顔を上げた大猿は、ロレンゾを一睨みすると、側の机の上にあった本に手を伸ばし、それを口に銜えて窓からさっと出て行った。
床の上のイライジャは、既に喉を食い破られてこときれていた。
ロレンゾは窓に駆け寄って大猿の行方を目で追った。
「マルス、弓を取って来い! あの大猿が賢者の書を持って逃げた」
ロレンゾの言葉に、マルスは部屋に駈け戻って弓を手にして外に走り出た。
裏庭につないであったグレイに飛び乗り、大猿を追う。
大猿は今しも林の中に姿を消そうとしていた。
一度後ろを振り返って、自分を追うマルスの姿を見た大猿は、跳躍して林の木の枝に飛びついた。
マルスは弓に矢を番えた。大猿の手が枝に掛かった瞬間、マルスの矢が猿の背中に突き立ち、ぎゃっと一声上げて、大猿は木の下に転落した。
マルスは大猿の落ちた辺りに近づいた。
その時、グレイがいなないて棒立ちになった。大猿が跳ね起きてこちらに向かってきたのである。
マルスはさっと踝を返してグレイを後ろに走らせ、離れた所から、数本の矢を続け様に射た。あっと言う間に大猿の体には何本もの矢が突き立った。
大猿の体がぐらりと揺れて、地響きを立てて倒れた。なんともしぶとい生き物だが、今度こそ本当に死んだようだ。
木の下から賢者の書を拾い上げて、マルスはロレンゾたちの元へ戻った。
「もう駄目じゃな。わしらのせいで、何の罪も無い老人を死に至らしめてしまった」
ロレンゾは後悔するように言った。
「なあに、このくらいの年になりゃあ、遅かれ早かれそろそろお迎えの来る頃さ」
ピエールが口悪く言って、おっと、と口を押さえてヤクシーの顔を見た。
「でも、これで賢者の書を解読する事が不可能になったわけじゃない?」
マチルダがロレンゾに尋ねた。
「そうじゃな。どうしたものじゃろう」
イライジャの死体の前に屈みこんでいたヤクシーが立ち上がって言った。
「もしかしたら、イライジャの弟子が古代パーリ語を読めるかもしれないわ」
ロレンゾの顔がぱっと明るくなった。
「その者の名は何と言う?」
「名前はオマー。でも、あの敗戦で子供と老人以外の男はほとんど殺されたんだから、生きているかどうかもわからないわ。生きているとしたら、多分奴隷になっているでしょうね」
「そういう訳でしたか」
ヤクシーの話を聞き終わって、イライジャは溜め息をついた。
「なんというご苦労をなされたのでしょう。お可哀想に」
「もう終わったことよ。これまで、王宮でぬくぬくと贅沢をしていた罰が当たったのね」
「そんな……。パーリ王ほど善政を敷かれた方は無いのに」
二人の会話を聞いていたピエールが口を挟んだ。
「天道是か非か、ってところだな。愁嘆場はそれくらいにして、用件に入ろうぜ。あんた、古代パーリ語を読めるかい?」
「わずかならな。なぜだ?」
イライジャは戸惑ったように聞いた。
ロレンゾが懐から賢者の書を取り出す。
「これを解読して欲しいんじゃ。今、世の中が大変な事になろうとしておる。一国の興亡など話にならん、世界の危機じゃ。悪魔がこの世を支配しようとしておるんじゃよ」
「あんたは?」
「わしの名はロレンゾ。魔法を少々使うが、もともと武士上がりで、生憎、学問が今一つでな」
「古代パーリ語か。難物じゃな。少しお借りして、研究してみよう。古代パーリ語の写本がここには何冊かあるから、それと照らし合わせれば、幾分かは分かるかもしれん」
ロレンゾはイライジャに賢者の書を手渡した。
五人は、神殿の奥の庫裏の一室で、久し振りにベッドで寝ることが出来た。
翌朝、目を覚ますとすぐにイライジャの部屋に行ったロレンゾは、部屋の戸が開いているのを奇妙に思ったが、そのまま中に入った。
そこでロレンゾが見たのは、床に横たわるイライジャの血まみれの体の上にのしかかってその喉首に喰らいついている大猿の姿だった。
ロレンゾは大声でマルスたちを呼んだ。
その声に顔を上げた大猿は、ロレンゾを一睨みすると、側の机の上にあった本に手を伸ばし、それを口に銜えて窓からさっと出て行った。
床の上のイライジャは、既に喉を食い破られてこときれていた。
ロレンゾは窓に駆け寄って大猿の行方を目で追った。
「マルス、弓を取って来い! あの大猿が賢者の書を持って逃げた」
ロレンゾの言葉に、マルスは部屋に駈け戻って弓を手にして外に走り出た。
裏庭につないであったグレイに飛び乗り、大猿を追う。
大猿は今しも林の中に姿を消そうとしていた。
一度後ろを振り返って、自分を追うマルスの姿を見た大猿は、跳躍して林の木の枝に飛びついた。
マルスは弓に矢を番えた。大猿の手が枝に掛かった瞬間、マルスの矢が猿の背中に突き立ち、ぎゃっと一声上げて、大猿は木の下に転落した。
マルスは大猿の落ちた辺りに近づいた。
その時、グレイがいなないて棒立ちになった。大猿が跳ね起きてこちらに向かってきたのである。
マルスはさっと踝を返してグレイを後ろに走らせ、離れた所から、数本の矢を続け様に射た。あっと言う間に大猿の体には何本もの矢が突き立った。
大猿の体がぐらりと揺れて、地響きを立てて倒れた。なんともしぶとい生き物だが、今度こそ本当に死んだようだ。
木の下から賢者の書を拾い上げて、マルスはロレンゾたちの元へ戻った。
「もう駄目じゃな。わしらのせいで、何の罪も無い老人を死に至らしめてしまった」
ロレンゾは後悔するように言った。
「なあに、このくらいの年になりゃあ、遅かれ早かれそろそろお迎えの来る頃さ」
ピエールが口悪く言って、おっと、と口を押さえてヤクシーの顔を見た。
「でも、これで賢者の書を解読する事が不可能になったわけじゃない?」
マチルダがロレンゾに尋ねた。
「そうじゃな。どうしたものじゃろう」
イライジャの死体の前に屈みこんでいたヤクシーが立ち上がって言った。
「もしかしたら、イライジャの弟子が古代パーリ語を読めるかもしれないわ」
ロレンゾの顔がぱっと明るくなった。
「その者の名は何と言う?」
「名前はオマー。でも、あの敗戦で子供と老人以外の男はほとんど殺されたんだから、生きているかどうかもわからないわ。生きているとしたら、多分奴隷になっているでしょうね」
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