キリストの登場には巨大な意味がある。
現在、キリストを教義に利用するため、たくさんのキリスト教を自称する宗教団体が勝手な解釈をして、新約聖書でさえ本質的に歪曲した解釈を押しつけているが、それは旧約聖書を信奉する勢力が、キリストの本当の言葉が、自分たちを全否定するものだからだ。
たとえば、エジプトで、一番新しく発見されたトマス福音書は、死海文書と同じ内容で、そもそも「薪を割ってもそこにいる。石をどけてもそこにいる。石造りの建物に私はいない」
と書かれていたものを、教会キリスト教の全否定と捉えた全世界のキリスト教が、「石造りの建物に私はいない」を世界中の記述から消してしまって、おまけに「偽書」と決めつけて排除した。
新約聖書は、勝手な改竄の上に改竄が積み重ねられている。死海文書も、ファティマ第三預言も、既存キリスト教の権威を揺るがすものだから、決して公開されることはない。
イエスは、本当はキリスト教会どころか、「キリスト教」はいらないと示しているのだ。
モーゼ2戒「偶像崇拝の禁止」は、教会も、その組織も、キリスト像も含むのであって、権威化したキリスト教会のシステム全体を無意味なものと定めている。
ユダヤ人=ユダヤ教徒は、新約聖書が世界に拡散されると、「キリストを殺した人々」と罵られるようになり、キリスト教徒から「ボグロム」という集団虐殺を受けるようになった。(イエスがユダヤ教戒律主義者のパリサイ人と激しく衝突し、パリサイ人の陰謀によって張りつけ処刑された)
ボクロムからユダヤ教徒を守るためにどうしたらいいのか? と考えたユダヤ人たちは、キリスト教の指導部に入り込んで、キリスト教そのものを改竄してしまえばよいと考えた。指導部に入り込んでキリスト教を偶像化(虚構化)させてしまうことで、その意味を失わせようとした。
カトリックの司祭の8割がユダヤ人だという(宇野正美)。これは、カトリックをユダヤ教徒が乗っ取る目的で入り込んでいるものだ。
プロテスタントも同じで、アメリカの近代福音派の指導者の大半がユダヤ人だという。これも、福音派の教義にシオニズムを紛れ込ませて、新約聖書ではなく旧約聖書を重用させる教義に変えてしまう目的があった。
これによって、イエスが存命中、シオニズムなど一度も口にしたことがないのに、なぜかキリスト教プロテスタントは、「クリスチャンシオニズム」と呼ばれるほど、強烈にシオニズムを信奉するようになり、パレスチナ先住民の本当のユダヤ人末裔であるカナン人たちを殺戮し、追放しているイスラエルを全面的にバックアップしている。
つまり、プロテスタント福音派のシオニストたちの正体は、キリスト者ではなくユダヤ教徒なのだ。
彼らは、キリスト教、新約聖書を捨てて、旧約聖書を絶対視するようになった。そして、旧約聖書の核心部分は、トーラー五書であり、それはイエスが徹底的に拒絶した戒律殺人の連続なのだ。
レビ記20章の戒律による処刑指示の連続を見て、吐き気を催さない者がいるのだろうか?
「神は、どれだけ殺したら腹いっぱいになるのか?」
と嘆いた人がいるが、まさに、このような処刑の洪水は、悪魔の所業というしかなく、旧約聖書の神=ヤハウェとは、ルシファー(サタン)であると考える人も多い。
この悪魔の旧約聖書の戒律が、パリサイ人などの戒律派(律法派)と呼ばれる人々によって、ユダヤ人の心を拘束し、いたるところで投石処刑が行われる残酷な社会にイエス・キリストが登場した。
イエスは、旧約聖書の戒律を真正面から否定した。
ヨハネ福音書に示された「罪なき者は石撃て」こそ、戒律否定の神髄である。
旧約聖書は、出エジプト記10のなかで、モーゼの言葉として「汝殺すなかれ」と強く戒めながら、レビ記では「殺せ殺せ」の連続であり、イエスの時代、律法主義を掲げていたパリサイ派が、戒律殺人を奨励し、女性が夫以外の男に誘惑されただけで石で殴り殺していた。
だが、イエスは「人を裁くな」と言った。
これも、旧約聖書とユダヤ教の戒律処刑を全否定するものだった。
イエスは、ユダヤ人に戒律殺人をやめさせるために登場したのだ。
それなのに、今、自称ユダヤ人たちがパレスチナを「自分たちの領土」と決めつけ、ユダヤ人にはシオンの地(約束の地)に帰還する義務があるとして、先住民を片っ端から虐殺して、イスラエル国を肥大させている。
これを全面支持しているのが、アメリカ福音派であり、共和党である。
よって、パレスチナでの自称ユダヤ人による大虐殺をやめさせるために、彼らのバックボーンであるアメリカ福音派を批判し、排除しなければならないことになる。
そもそも、パレスチナを侵略したユダヤ人たちがニセモノであることを何度も書いた。
彼らは、ハザール国由来の自称ユダヤ人(アシュケナジム)であって、旧約聖書の「約束の地」に、ヤハウェによって示された民族は、誰一人含まれていない。
自称ユダヤ人たちが、殺戮し、排除しているパレスチナ先住民のカナン人こそ、ホンモノのユダヤ人であり、ヤハウェがその地に繁栄を約束した人々である。
それなのに、戦後、欧州ホロコーストの恐怖に追い立てられたユダヤ人たちが、勝手にイスラエルにやってきて、「自分たちは2000年前から、ここに住むことを約束されている」として、先住民を追い出し始めた。
リクード党、ネタニヤフに至っては、1980年代のウクライナ極右勢力だった。
たぶん彼らは自分たちがニセモノであることを知り、焦りから強引な手法で自分たちこそユダヤ人であることを世界にアピールしたいのだと思う。
だが、もう取り返しがつかない。イスラエルが崩壊滅亡を免れる要素など一つもない。あと数年で、イスラエルという国家は残酷な形でこの世から消えると、私は確信している。
ガザ大虐殺を全面支持しているアメリカ福音派は、実は、第二次世界大戦では日本への原爆投下を支持した。さらに、ベトナム戦争の北爆への支持も表明した。
アメリカが死刑廃止に向かうなか、頑なに死刑制度を維持し、復活させようとしている州は、すべて福音派が権力を得ている州であり、現在のトランプ政権も、福音派を支持母体としている。
もっとひどいのは、女性の権利を抑圧し、旧約聖書の戒律社会に戻そうとしているのも福音派であり、トランプ政権である。
福音派は、キリストの言葉を否定し、戒律主義を復活させようとしている。
アメリカは、現在、世界的な死刑国家に向かっているが、その主役は旧約聖書の戒律を掲げた福音派である。
キリストは、「殺すなかれ」と言った。だが福音派(モルモン教やエホバも同じ)は、「殺さねばならない」と、寛容の心を排除し、人々の意識を変えようとしている。
人間の心を刑罰と処刑の恐怖で支配しようとしているわけだ。
それは、世界の軍需産業の大半をユダヤ人が経営し、ユダヤ人たちは戦争の人殺しでボロ儲けすることを目的にしているからだろうと私は思う。
戦争殺人を正当化するために、人殺しを正当化する戒律社会が必要なのだ。