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「二瓶のソース」か「二瓶の調味料」か

ロード・ダンセイニと言えば、殿堂入り的な古典的名短編推理小説の作者として有名だが、その短編集を新古書店で見つけたので買って読んでいるが、その題名が、かの殿堂入り作品の名前である。
問題は、それが「二壜(瓶)の調味料」となっていることで、これは昔から「二瓶のソース」と訳されていたと思う。そこで、原題を見ると「The Two Bottles of Relish」と書かれている。

確かに「relish」は「調味料」と訳できるし、中学生レベルの英和辞書には「味、調味料」のふたつくらいしか載せていないものもある。しかし、沖縄の人間ならよく知っているように、何やら得体の知れない緑色の(小さな赤色も点在する)物体を詰めた瓶詰の瓶の表示が「relish」であるわけだ。さて、かりにそれが「調味料」という漠然とした表示なら、それが塩なのか醤油なのか、砂糖なのか、さっぱり分からないではないか。それで買う人がいるのか。
そこで、少し程度の高い英和辞書で調べると、relishは「①趣、面白み、味わい②(ホットドッグに載せる刻んだピクルス、パプリカなどの)香味料、薬味 etc」とあり、この推理小説のrelishは明らかに、この②である。訳するなら「二瓶の香味料」だろう。(「薬味」は、子供だと「薬の味」かと思うかもしれないww)まあ、「ソース」という言葉も「薬味」的な意味で使うこともあるから、昔どおりの「二瓶のソース」が正解なのではないか。
海外書の新訳には、こういうことがわりと多いのである。物、新しきがゆえに尊からず。

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これが昔の日本男児の顔

今どき、こういう顔の日本男児がいたら、モテモテだろう。
この人物が誰かは、数行、間を開けて解答を書く。



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こたえは、三船久蔵である。空気投げで有名な伝説的柔道家だ。



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転んだブス?

娯楽中心の別ブログに載せるべき内容かもしれないが、そちらは画像(動画)転載が困難なので、こちらで試してみる。
まあ、私はこのバンドを知らないし、バンド名(追記:バンド名ではなく曲名らしい)が「コロンブス」なら、物凄くダサい名前だなあ、と思うし、このMV(というのか)の内容も幼稚、無神経だと思うが、一応、若者への警鐘となる話題ではないか。

(以下引用)
「コロンブス」のMusic Videoを制作するにあたり、
・年代別の歴史上の人物
・類人猿
・ホームパーティー
・楽しげなMV
という主なキーワードを、初期構想として提案しました。
類人猿が登場することに関しては、差別的な表現に見えてしまう恐れがあるという懸念を当初から感じておりましたが、類人猿を人に見立てたなどの意図は全く無く、ただただ年代の異なる生命がホームパーティーをするというイメージをしておりました。

しかしながら、意図とは異なる伝わり方もするかもしれないと思い、スタッフと確認し合い、事前に特殊メイクのニュアンス、衣装、演じ方のフォロー、監修をしていたつもりではおりましたが、そもそもの大きな題材として不快な思いをされた方に深くお詫び申し上げます。

決して差別的な内容にしたい、悲惨な歴史を肯定するものにしたいという意図はありませんでしたが、上記のキーワードが意図と異なる形で線で繋がった時に何を連想させるのか、あらゆる可能性を指摘して別軸の案まで至らなかった我々の配慮不足が何よりの原因です。
https://mrsgreenapple.com/news/detail/20374

※詳しくは上記リンクより


>>r1 なにをだらだら言い訳してんだよ。がっつり人種差別動画だよ。ネイティブアメリカンの歴史に死体蹴りする動画だよ。


>>r1 コロンブス = 植民地主義の象徴 現地の文明化 = 宗主国、現代の多国籍企業が現地を搾取する時の詭弁 白人コスプレ = 西洋の猿真似をした明治以降の日本も同じだと言う皮肉  あえてコカコーラのキャンペーンソングでこの全方位攻撃 まさに”ロック”やね


>>r1 動画消えてたから何かと思ってたらそういう事ね コロンブスの所業を皮肉ったド直球の中傷で稼ごうってのは流石に節度無さ過ぎでしょ


>>r1 風刺ですでええやんけ


>>r1 日本で言えば琉球の末裔や アイヌ族を猿扱いする様なもんだと気付かなかったのかな  スタッフとやらは誰も知らなかったのか? 電通は絶対にわざとやってるけど


>>r1 たぶん炎上してるような意図は本人にはなかったかもしれん。単純に、本当に馬鹿で幼稚なだけやったんちゃうかな。もちろん悪い意味で。オカマみたいなカッコでワーキャーなファンしかおらんから少し尖ってみたくなっちゃったんかな。


>>r1 日本を含む世界中でジェノサイドやったアングロサクソン(英米系の白人)こそ人類の敵だわ。 当時、2000万人以上いたと言われるインディアンに天然痘ウイルスを付着させた毛布を渡して25万人まで激減させた。  ・ブがインディアンを虐殺して作った国がアメリカ ・ブリカスがイヌイットを虐殺して作った国がカナダ ・ブリカスがアボリジニを虐殺して作った国がオーストラリア ・ブリカスがマオリを虐殺して作った国がニュージランド  アメ公は未だに「リメンバー・パールハーバー」と叫んでいるが、ハワイも先住民を虐殺して奪った土地。 


>>r1 アジア人がコロンブスで猿役が白人なのは猿の惑星へのカウンターやろwww


>>r1 こいつら本当に日本人なのかえ?


>>r1 言い訳ダラダラだっせえバンドだな 媚びねえと売れねえんだろうけど


>>r1 Diggy-MO'「クリストファー↓コォロンブース↑」


>>r1 コロンブスの使い方がなってねぇよ。SOLDOUTさん見習えよ。


>>r1 コロンブス自体には国によって評価だったりが違うからまだわかるんだけど、そのアメリカ大陸を発見し原住民に様々な事をしたコロンブスが類人猿をこき使ったりしてる構図が最悪過ぎた


>>r1 えた非人


>>r1 しょうもないことで叩きすぎやない?自分の人生が上手く行ってないからってストレス発散の手段にしちゃダメやろ〜


>>r1 自分達を白人と勘違いしてそう 白人から見たらアジア人は猿側だっていうのに インディアンとアジアのDNAはほぼ一緒だよ


>>r1 コズミックトラベルもポリコレされるかと思うと悲しい


>>r1 今もう、コロンブスの悪行が知れ渡ってて、アメリカでもコロンブスの像が倒されたりして、そういう時代なのに無知すぎるな


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冨の私有と不平等の制度化(ルソーの「人間不平等起源論」)

ルソーの「人間不平等起源論」はだいたいの人が名前は知っているかと思うが、その具体的内容を知らない人が多いと思うので、ウィキペディアから抜粋して転載する。まあ、正直言って、私もまともに内容を知ったのは初めてであるww
マルクスなどよりよほど早い「資本主義批判」であり、その歴史的意義もマルクスより大きいと思うが、あちらは「科学的」という衣装をまとって人々を幻惑したのである。

(以下引用)下線部は夢人による強調で、まさにこれが資本主義の本質だろう。

『人間不平等起源論』の執筆[編集]

1753年、ディジョンのアカデミーが再び「人々の間における不平等の起源は何であるか、そしてそれは自然法によって容認されるか」という主題のもと懸賞論文を募った[54][55]。ルソーは論文執筆のためにサンジェルマンに行った。かの地で、ルソーは彼にとってさらに本質的な問いに対して『人間不平等起源論』(Discours sur l'orgine de l'inégalité parmi les hommes, 1755)を著した。ルソーは『学問芸術論』の論文の文明批判の思想を更に展開させた。『人間不平等起源論』は41歳にして書き上げたルソー初の大作であり、懸賞論文への解答であった[56]


ルソーは、原初の自然人は与えられた自然環境のもとでその日暮らしをしており、自己愛と同情心以外の感情は何も持たない無垢な精神の持ち主であったと想像した。冒頭に登場する自然人の描写は「原始人」といってもよい段階である。ルソーは本書において進化論を採用しなかったものの、現代科学でいうなら旧石器時代に現れた化石人類に相当する種をイメージしたと考えられる。先史時代における平等で争いのない自然状態を描きだしていった[57][58]


しかし、こうした理想の状態は人間自身の技術的な進歩によって失われていったと見た。狩猟の道具が高度になり、獲物の数も増え人口も増加した。狩猟採集段階に到達した人類の「自然人」イメージはインディアンコイサン族など現存する未開人をモデルに描かれた。やがて、人々が農業を始め土地を耕し家畜を飼い文明化していく中で、生産物から「余剰」が、すなわち不平等の原因となるが作り出され、富をめぐって人々がしだいに競い合いながら不正と争いを引き起こしていったと考えた[59]。「私有財産制度がホッブス的闘争状態を招いた」と指摘したのである[60][61]。また、文明化によって人間は「協力か死か」という状況に遭遇するが、相互不信のため協力することは難しいと喝破した。これは一般的にルソーの「鹿狩りの寓話」として知られる。


やがて、こうした状況への対処として争いで人間が滅亡しないように「欺瞞の社会契約」がなされる。その結果、富の私有を公認する私有財産制が法になり、国家によって財産が守られるようになる。かくして不平等が制度化され、現在の社会状態へと移行したのだと結論付けた[62]富の格差とこれを肯定する法が強者による弱者への搾取と支配を擁護し、専制に基づく政治体制が成立する。「徳なき名誉、知恵なき理性、幸福なき快楽」に基づく桎梏に人々を閉ざし、不平等という弊害が拡大していくにつれて悪が社会に蔓延していくのだと述べた[63]。ルソーはこうした仮説に基づいて、文明化によって人民が本源的な自由を失い、社会的不平等に陥った過程を追究、現存社会の不法を批判した[64]


不平等によって人間にとっての自然が破壊され、やがて道徳的な退廃に至るという倫理的メッセージを含んだ迫力は人々のこころに恐怖感を煽るほどの強烈な衝撃となった。その後この書はヴォルテールなど進歩的知識人の反発を強めさせ、進歩の背後に堕落という負の側面を指摘する犬儒性の故に「世紀の奇書」とも評された[65]

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有事の出動は自衛隊

読み物として面白い。こういう感じの文体の女流作家がいた気がする。
昔、子供相手の学習塾の教師をしていた時、休み時間に小学生女子たちが、「親から子宮頸がんワクチンを受けろと言われた」という話をしているのを近くで聞いて驚いたことがある。性行為前提だろ、あれって、と思ったからだ。下の記事を読むと、やはり私の考えていたとおりのようだ。

(以下引用)

2024-06-12

齢27。子宮頸がん検診に行く。

母「子宮頸がん検診あるなら行けよ!ガンの家系からな!」


私「確かに~」


健康診断の予約にある、乳がん子宮頸がんの検診にチェックを入れた。


健康メチャクチャ気を使っている。今までもオールA。何も問題なし!運動もして睡眠時間たっぷり食生活ばっちり!


健康診断当日、何事もなく検診を終わらせていく。乳がん検診がくそいてぇ!!!!!!なのが問題だっただけで特に止められることもない。そして子宮がん検診へと進んでいく。


個室には女性看護師さんが私の情報を見て「血圧計りますね~」と。私は血圧のあれに腕を突っ込む。終わった後にいくつか質問をされた。


看「婚姻歴はなしだね。彼氏はいる?」


私「「は?」


突然すぎる言葉に猫ミームの猫みたいになる。


看「異性の恋人。今じゃなくても過去は?」


か、彼氏?か…………?普段聞かなさすぎる言葉だったが脳がフル回転して過去検索し始める。


私「いないです」


顔色一つ変えずこの言葉が出た。


看「男性の友人で仲いい人は?」


私「いません。女子校だったんで」


看「仕事プログラマーね。水商売とかの副業してないよね?」


ここで気が付く。も、もしや子宮頸がんって…


看「この検診ってね、子宮にぶっさすのよ。綿棒的なものを。それで子宮破裂の恐れってあるわけ。加えて経験のない子はめちゃいてぇ。それに子宮頸がんって基本的には対人もんなのよ。例外はあるけど、経験のない子の場合する必要はないんだよね。危ないだけ。今まで生理不順などもないし、健康的な体している。有事がないならしないほうがいいよ。リスクでかすぎ」


私「つまり、性行為したことないやつは」


看「しなくていい」


私「じゃあしません」


そうか。経験ないとしなくていいのか、これ。無知だった。超音波検査はと思ったがこの健康診断ではなかった。


お辞儀して部屋を出て最後採血へと向かう。あ、採血採りにくいらしいんです。と定型文を言ってぼーっと意識を飛ばす。意識飛ばさんと針を意識してしまって痛いからな。


ネットでやたら見る「子宮頸がんって20代もなるんだよ!検診を受けよう!」的なものを思い出す。そうか、普通経験するのか。そうだよな。普通高校大学彼氏の1人や2人、いるよな。んで、有事も当然あるよな。知ってるさ。(※経験してなくてもがんになる場合もなくはないので一概にはいえないが。生理問題がなければしなくていいのが普通のようだ)


高校の時に子宮頸がんワクチンを受けた。予防できるならしようとワクチンは受けるタイプだった。今のところ恩恵がないということか。そうすっか…。


いつかSNSでみた「女子校男子校に通うと一生の友だちはできるが、一生恋愛ができない」という投稿が笑いながらジワジワ効いてくる。


今回の採血する人めっちゃ下手で両腕真っ青になっちゃった。私の恋愛事情は真っ白だがな。


でもこれは過去の話!そんな私でも今は理解のある彼氏君が!


いたらいいですね!いるわけないだろ。今までも今も、男友達すらいたことない。


そもそも男と喋ったのいつだ…?会社の人や家族ノーカンしたら…店員


検診が終わり、母と食事をした。


母「検診どうだった?痛かった?」


私は「必要ないって言われちゃった~彼氏いたことないからさ」と本音でなんともドアホな返事をした。


母「あ、そう!まじでいないんだ!この前のディズニーは本当に女と行ったの?」


私「ネットの女友人」


母「この前の温泉旅行は?」


私「女子校ときからの友人」


母「じゃあ年越しのお泊まりは?二人っきりって言ってた女子はまじで女子?」


私「そやつも女子校の友だち」


あとはなんとなく話して健康診断の話は終わった。


そして電車に揺られて考える。


母は当然子宮頸がんがどんな検査をするか知っている。つまり私に子宮頸がんの検診を持ち出したのも「この子もいい年だし、有事くらいはしてるでしょう」ということか?


すまん。母。私はな、27年クリーンで無事だ。


なんだか申し訳なくなった。と同時に「経験しなきゃ子宮頸がんならんのか」という考えも生まれた。むしろ経験したら子宮頸がんリスクあんのか!」と怖くもなった。「ってことは子宮頸がん受けたやつってみんな経験済みか!?」と馬鹿な考えになった。「え、じゃあ母は27の段階でもう…」と思って考えるのをやめた


ふと目の前を見ると、座っていたカップルが本格的にイチャイチャしていた。「こいつらやってんのかな」と思ってしまい、いろいろと恥ずかし、情けなさを感じた。


こんな馬鹿思想から喪女なんだよなぁ、どあほ


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倫理とは何か

前の二つ(あるいは三つか?)の記事がたまたま倫理に関係する話なので、私自身の「現代倫理学」の末節を自己引用しておく。

(以下引用)

現代倫理学(4)


「道徳・倫理の発生機序」




「道徳・倫理の発生機序」

道徳や倫理(この違いは明確ではないが、「倫理」に「理」という字が入っている以上、「道徳」を「合理的なもの」として集成した体系が「倫理」だと思われる。)は「禁止の体系」だと言われる。そして明らかに部族や社会の秩序維持手段として発生し成長したと思われる。
その根幹となる「禁止」は何か、と言えば、総体的には「欲望の禁止」だろう。ほとんどすべての道徳や倫理、あるいは宗教で「欲望」は禁止対象となっている。
だが、欲望の充足こそは人間が最も求めるもので、人生の目的と言っていい。それが禁止されるのが道徳や倫理だから、普通人が道徳や倫理、あるいは宗教を敬遠し、嫌うのは当然であり、中で「意識の高い人間」たちが、「道徳や倫理や宗教のような『人間性の自然に反するもの』がこれほど歴史の中で重視されてきたからには、それには単なる欲望の満足以上の貴重な精神的価値、人生的価値、社会的価値があるのではないだろうか」と考え、深く考察してきたわけだ。私のこの小論もそのひとつだ。
幼児や小児は道徳や倫理を知らない。そこで、彼らは自分の欲望を満足させるために泣いたり喚いたりして大人を困らせる。この、「欲望の達成は他者の迷惑になる」ということが倫理や道徳の発生機序だろう。大人は幼児や小児が何かを求めて泣きわめくと、それを与えて黙らせるか、脅すか叩いて黙らせる。この「脅し」が宗教での「地獄」などである。「叩くこと」が一般社会の「法律」である。他人の物に手を出す(盗む、奪う)と刑法で罰せられる。これは小児を叩くのと同じである。言葉で説得して相手の行為を止める(黙らせる)のが「道徳」や「倫理」である。だから、基本的に幼児や小児には通用しない。ただ、幼児や小児が欲望の対象として求める物は高価なものではないから、通常はそれを与えるだけで済む。
道徳や倫理は法律より「運用が困難」である。法律の背後には政府があり、警察や軍隊という暴力装置がある。しかし、道徳は基本的に「自分自身が自分の法律であり、法秩序の維持者」なのである。誰の心の中にも「自分ルール」があるが、それは自分の知った大人の影響や、自分の読んだ本の影響でできている。そうした個々人のルールの平均的なものが社会秩序の維持に役立つ場合、それが社会道徳となる。(「公衆道徳」は、普通は公の場でのルールだから、社会道徳とは少し違う。社会道徳は、ひとりでいる時も、個人を規制していることが多い。)
たとえば、「他人に暴力をふるってはならない」というのは基本的な社会道徳だろう。だが、それを守らないどころか、あえて無視する人間もいる。つまり社会の中の野獣だ。学校という治外法権の小世界では、よく見られる人種である。また、刑務所の中などでは、「ルール」はあっても「道徳」は無いだろう。道徳とは自ら進んで服する自己規律なのである。刑務所のような下層社会でなく、逆に社会の上位者の世界には特殊な「自分たちに都合のいいルール」があるようだ。これも「道徳」ではない。道徳の大半は、「他人への肉体的精神的危害を禁じる」もので、それを厳しく守ると他人より上に行けないものなのである。戦争という殺人行為は明白に道徳に反するが、しかし国家の命令では兵士はその殺人行為に従事するしかない。戦争において「戦争反対」を叫んだ宗教者は驚くほど少ないのである。つまり、彼らの「殺すなかれ」は大嘘であるわけだ。
「道徳」は普通は「人生を良く生きるためのアドバイス」であることが多い。しかし、大多数の人にとっては、その背後に道徳の履行を強制する「創造主」のような絶対的存在が無いから、その道徳を守るかどうかは個人の選択に任されている。

まあ、まだ言い落としていることがあるかもしれないが、とりあえずここで筆を擱くことにする。

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欧米上流階級の性的放恣

「副島隆彦の学問道場」記事の一部で、元記事の脱線部分と言っていいと思うが、むしろ私はここが興味深い。乱交は欧米上流階級(昔は王侯貴族)の「普通の姿」だったということで、これはルイ14世についての記述などと一致する。
それが現代でも同じだ、というのを暴露したのがスタンリー・キューブリックの「広く開かれた目(アイズ・ワイド・シャット)」である。この映画が遺作となってキューブリックが死んだのは、あるいはこの暴露のために殺されたのではないか。

(以下引用)末尾の「プロテスタント運動の本質」についての記述が面白い。


オッペンハイマーはウーマナイザー(womanizer)、女たらしだ。ケンブリッジ大学にいたころから、そしてドイツの ゲッティンゲン大学とか、フランクフルト大学とか、ハイデルベルク大学とかにも行っている。1、2年でどんどん大学教授の職を別の大学に異動する。優秀な学者は次々と招かれて雇われく。行った先の大学教授の奧様たちと寝ちゃうんですよ。とにかく有名な大学教授の奥様と寝ちゃう。それがオッペンハイマーの真実で、そのことは割とみんな知られているよ。


しかし、このことを、さらに私、副島隆彦が、深く解説すると、本当のことを言うと、優秀な大学教授たちは仲間内で、フリーセックスをやっていた。今もそうだ。これは秘密結社の儀式の一種です。ハーヴァード大学の教授たちも、進歩的人間たちだから、奧さんたちも進歩的人間たちだから、乱交パーティーをやっている。ディオニュソスの祭り(Dionysiaques)をね。これはギリシャ語。ローマ語ではバッコスの祭り(The Bacchanal バカナール )と言う。古代も中世もヨーロッパの貴族たちは乱交パーティーをやっていい。今もやる。私の知っているある東大教授が、ハーヴァード大学のパーティの後、「君はいいから、先に帰りなさい」と言われたんです(笑)。

ディオニュソスの祭り


ハーヴァード大学で、パーティで、日本からの客としてスピーチした。その後で、一緒に彼らについていこうとしたら、「君は帰りなさい」と言われた。みんな奧さんたちを連れて、そういうパーティーの後は乱交パーティーの夜会に行く。この欧米の貴族と学者たちの、文化、伝統のことを日本では誰もしゃべらない。だいたい日本人はその夜会に入れてもらえない。


欧米の白人の大学教授たちは、そろってユニテリアン(Uniterian)だ。彼らは、一応教会に通うんだけど、どこの大学も、ヨーロッパ、アメリカで、理科系の大学教授たちでも、一応クリスチャンですというふりをする。そして、大学のそばにあるユニテリアンの教会にゆく。そこは裏側は、フリーメイソンの儀式を行う部屋が有る。この話はもうしません。裏側は秘密結社でもある。この映画の中で、オッペンハイマーは、「ロスアラモスにもすぐに教会をつくれ」と言っていた。

ハーバード大学ユニテリアン・ユニーヴァサリスト教会


ユニテリアンの教会です。そして子供たちがぼこぼこ生まれる。ロスアラモスに、家族を連れて来ていますからね。だから男と女の恋愛は自由だ。これがプロテスタント運動の思想の根幹だ。このことは、この間私が書いた『教養としての ヨーロッパの王 と 大思想家たちの真実』(秀和システム刊) にたくさん書いた。


プロテスタント運動というのは、男女の愛を認めよ、性欲の解放をせよということです。あとは金儲けの自由を認めろ。と金貸し業のユダヤ人まで全部集めて人間を楽しませろ、という思想。このことを私は書いて本にした。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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